2016年2月21日日曜日

沖縄の独立派可能か

日本領になって100年


沖縄独立はじっくり論じる甲斐のある話題だと思います。どういう条件が整えば独立は可能なのか、どういう条件が独立を妨げているのか、それを頭を冷やして吟味することは「国民国家とは何か?」という問いについて根源的に思量する絶好の機会だと思うからです。

歴史を確認しますが、沖縄はもともと独立王国でした。沖縄が「琉球処分」で明治政府に併合されたのは1870年代のことです。それまでもたしかに島津藩に事実上服属してはいましたが、同時に清朝にも朝貢していました。両国のどちらに服属しているのかが明らかでないという点で言えば、華夷秩序の周辺国はそういうところはいくつもあります。日本だってある意味ではそうです。足利義満は対中国では「日本国王」を名乗っていましたが、「国王」というのは中華皇帝が辺土の支配者に与える官名です。琉球も台湾も朝鮮も形式的には中国の属国でした(中華皇帝に朝貢し、代わりに下賜品と官名を受け取るという関係です)。だから、琉球処分で日本領土としたときに、清ははげしく抵抗したのです。

結局、日清両国に同時的に帰属していた「琉球王国」という政治的アイディアが失効したのは日清戦争のあとに、負けた清が琉球に対する日本の主権をしぶしぶ認めたからです。

沖縄は日本領土になってからまだ100年あまりです。そして、そのうち30年は米軍が施政権を有していたので、1972年の施政権返還までは本土から沖縄に渡航するためにはパスポートの申請が必要だったのです。

ぜひ連邦制の実験を


基地の存在が沖縄の観光地としての価値を大幅に損なっている(イラスト: しりあがり寿)

もともと日本領土であった土地で、言語も宗教の祭祀も食文化も芸能も「だいたい同じ」である地域が「中央政府と折り合いが悪いから独立する」と言い出すのにはかなり無理がありますから、賛成する人は少ないと思います。

けれども、沖縄の場合はもともと「別の国」です。17世紀に薩摩藩に服属したといっても、軍事的に侵攻して力ずくで支配下に置いたに過ぎません。

そして、その後も琉球は一貫して差別と収奪の対象でした。ですから、日本人は沖縄の人々を久しく「同胞」だと思っていたという主張に僕は与しません。それは沖縄戦における民間人への非道なしうちを見れば、あるいは米軍の軍事基地として「差し出した」事実を見れば明らかです。だから、沖縄が「もう耐えられない。日本から独立したい」と言い出しても、その心情は僕には理解可能です。
もちろん、現在の国際関係から考えて、沖縄が完全な独立国になることはむずかしいでしょう。でも、沖縄の歴史的特殊性に鑑みて、他の都道府県とは違う種類の自治権を認めるというあたりの落としどころは可能だと思います。日本と沖縄で「連邦」を作るのです。アメリカの州のように、教育や医療については沖縄が独自の仕組みを持つことができる。国会には沖縄「州」から選出された議員を送る。通貨や外交は「連邦」政府の専管事項とする。

アメリカの連邦制は世界史上でも例外的な成功をおさめた統治形態です。他のことでは何でも「アメリカでは」という人たちがなぜ、連邦制についてはその導入を論じないのか僕はつねづね不思議でした。この機会にぜひ日本も連邦制の実験を試みればよいと思います。

沖縄「州」からは米軍基地は撤去していただく。日米同盟のために在日米軍基地は絶対必要だという政治家たちは自分の選挙区への基地設置を公約に掲げて立候補すればいい。「基地は必要だが、うちの裏庭には困る」という言い分は通りません。

1972年の施政権返還のときにも沖縄独立論はありました。「いいアイディアだな」と思いましたけれど、独立論はごく夢想的なものに過ぎませんでした。その時点での沖縄には自立できるほどの経済力がなかったからです。日米安保に基づく基地経済と、日本政府からの助成に依存しながら、同時に「独立」を要求することはできません。

でも、今の沖縄はもう経済的に自立できます。基地関連収入はすでに沖縄経済の5%にまで縮小しました。最大の産業は観光ですが、土地を基地が占領しているせいで、観光資源が活かし切れていない。基地があるせいで直線に道路を通せない、鉄道を敷設できない、美しい海岸が立ち入り禁止になっている、オスプレイやハリアーが轟音を立てて市街地の上を飛行している。

基地の存在が沖縄の観光地としての価値を大幅に損なっているのです。この障害が除去されれば、沖縄は東アジア最大のリゾートになる可能性があります。現に、沖縄には台湾や韓国や中国から観光客が続々と来ている。まず観光立国で財政基礎を築き、それを原資に研究機関や医療機関を集めて、沖縄を東アジアにおける「学びと癒やしの拠点」にする。それくらいのスケールのアイディアなら十分に検討に値すると思いませんか?

沖縄で連邦制がいけそうだとわかったら、他の地域も「州」として独立してみたらどうでしょう。今の道州制構想というのは完全に中央集権的な発想ですけれど、連邦制はそれとは発想が違います。

歴史に必然性はあったのか

日本史では教えませんけれど、長崎港を領有していた大村純忠は領土を保全するために1580年に領土をイエズス会に寄進しています。荘園の実質的な支配者が名目的に中央の貴族や寺社に荘園を寄進して、その保護を受けるというのは平安時代からあったことです。純忠が、「強力なバック」を求めてイエズス会に自分の領土を寄進したのも同じロジックによるものです。

そのあと、豊臣秀吉が長崎を直轄領にしますけれど、たぶん「純忠みたいに日本中の大名が次々とイエズス会や教皇に領土を寄進したのではたまらない」と思ったからでしょう。秀吉の天下統一がなければ、戦国時代の日本は「このへんはポルトガル、このへんはスペイン、ここはイエズス会、ここはベネディクト会」というような状態になっていたかも知れません。日本人自身もマニラやシャム(タイ)に進出して街を作り、政治家になっていた時代ですから、戦国末期の日本は今よりずっと「グローバル」だったんです。

歴史上のさまざまな分岐点を経由して現在の日本はたまたまこういう形になっていますけれど、もののはずみでは「長崎がイエズス会領」で「沖縄が独立王国」であるような日本のかたちもあり得たのです。世界は今あるようなかたち以外にも、いろいろなかたちを取る可能性があった。なぜ、世界は今あるようなものになり、別のかたちにはならなかったのか?その分岐には必然性があったのか、それとも偶然の結果に過ぎないのか?そういう想像力の行使を怠るべきではないと僕は思います。  東洋経済ONLINEより

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