不自由な生活、足りない物資。14日以降に九州を襲った地震で、熊本県内の避難者は16日、9万人を超えた。多数の家屋をのみ込んだ自然の猛威。人々は懸命の救出作業を、かけがえのない人の無事を祈りながら見守った。南阿蘇村では生き埋めになった大学生が犠牲に。「いつまで続くのか」。収まらない余震や大雨、暴風への強い不安に被災地は覆われた。
■給水に3時間待ちの列
16日の「本震」などを受け、同県益城町の総合体育館への避難者は千人余りに膨らんだ。前日の倍以上となり、滞在スペースが足りない。人々は疲労の色を濃くした。
家族4人で避難した同町の男性会社員(54)は「次第に人が増え、廊下で毛布にくるまりながら寝ている人もいる。これからどうなってしまうんだろう」と不安を隠さない。
被災地では16日夕から雨が降り始めた。体育館の担当者は「度重なる強い地震で建物はダメージを受けている。大雨に見舞われても避難生活に影響がないよう、24時間態勢で見守りたい」。
荒天への恐れだけでなく、やむことのない余震への不安が消えない。熊本市中央区の市立城東小学校。壁に亀裂が入った校舎が余震できしむたびに避難者の間から悲鳴が上がり、夜間は校庭に止めた車中に寝泊まりする人も少なくないという。
同区の白川公園では昼ごろ、市上下水道局による給水に数百人が長蛇の列を作った。待ち時間の長さから地べたに座り込む人も。途中で諦めて立ち去る人の姿もあった。
パートの女性(59)は1人3リットルまでに制限された水を手に入れるため、約3時間待った。「こうして毎日並ばなければいけないと思うと気が遠くなる」。会社員、井手上隆史さん(48)は「この量では飲料水として使える程度。体も洗いたいし、早く復旧してほしい」と訴える。同区のホームセンターでも、食料や水などを求めて約100人の行列ができた。
燃料不足も深刻さを増し、1人当たりの購入量を制限する店舗も。区内のガソリンスタンドでは16日以降、来店者数が通常の8~9倍に急増した。男性店員(27)は「明日も営業しますか、といった問い合わせが相次いでいるが、既に燃料タンクは底をつき始めている」と漏らした。日経新聞より
政府はアメリカ政府に支援を要請した。物資の空輸を行って欲しいということである。アメリカ軍は東日本大震災でも「トモダチ作戦」を行い各地の地域に物資を届けた。
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