「パチンコしたら生活保護停止」への
別府市の丁寧な回答
2015年10月、大分県別府市社会福祉課(別府市福祉事務所)に所属する生活保護ケースワーカーたちが、市内のパチンコ店13店および競輪場1ヵ所(以下、遊技場)において生活保護利用者が来店・来場していないかどうかを調査し、来ていた場合には文書による指導を行った。この指導は、生活保護法27条に基づいているということである。
私は2015年1月末、別府市に対して書面で質問を行った。別府市からは2月4日、社会福祉課長名で、丁寧な回答をいただいた。
質問1.
貴市の保護実施体制についてご教示ください。
・福祉事務所(相当)は、市内に「別府市福祉事務所」の1ヵ所のみでしょうか?
・ケースワーカーとして勤務しておられる方々の人数をご教示ください。
・ケースワーカーのうち常勤・非常勤の内訳をご教示ください。
・ケースワーカーのうち、社会福祉士および社会福祉主事の資格を保有しておられる方々の人数をご教示ください。
・訪問調査(法定の最低限は年2回)の回数につき、世帯平均でのデータがありましたらご教示ください。
別府市からの回答(質問1に対しては電話で口頭での回答)
・市内の福祉事務所は、別府市福祉事務所1ヵ所のみ。
・福祉事務所職員は36名。うちケースワーカーは35名。1人は書類発送などの事務処理専門。
・35名のケースワーカーのうち27名が、社会福祉士・社会福祉主事資格を保有。
社会福祉士6名、社会福祉主事21名。両資格ともの保有者1名。
・訪問調査は、2015年の1-12月で、延べ9750回。
対象世帯は3223世帯。
A(年12回=月1回訪問) 169世帯
B(年6回=隔月訪問) 131世帯
C(年4回=3ヵ月おき訪問) 1494世帯
D(年3回=4ヵ月おき訪問) 601世帯
E(年2回=半年おき訪問) 220世帯
F(年1回) 608世帯(長期入院患者。精神科病院が多いとのこと)
むしろ、手厚い対応が行われているように見える。この訪問調査回数は、ケースワーカー1人あたりでは年間約280回となる。精神科長期入院患者の単身世帯など、訪問1回で数十人分の状況把握が可能な「効率的」訪問が行える可能性のある世帯も多いけれども、「まめ」に訪問調査が行われていると見てよいであろう。
なお、ケースワーカー1人あたりの受け持ち世帯数は約90世帯となっており、法定の80世帯よりは若干多い。しかしながら、受け持ち世帯が100世帯をはるかに超え、ケースワーカーが「顔と名前を一致させるのが精一杯」とぼやく地域は珍しくない。数字の上からは、別府市の生活保護行政は、むしろ良心的に手厚く運用されてきた可能性が考えられる。
ただし「パチンコさせない」までの「手厚さ」や、個人の自由であるべき領域に踏み込む「余計なお世話」は、必要なのだろうか? そもそも適法なのだろうか? そういった疑問は残る。
25年続く「生活保護パチンコ調査」という
「伝統」の背景は?
質問2.
今回のパチンコ店等での生活保護受給者調査につき、下記の内容をお知らせください
・計画時期
・パチンコ店と競艇場に限定された理由
・そもそも遊技場への生活保護利用者の立ち入りが禁止されており、禁止にもかかわらず立ち入ったことを理由としてペナルティが課されている。どのように「禁止」されていたのか
・25人の生活保護利用者が発見され、うち6割は高齢の方と市議会質疑で答弁されている。残る4割は?
・遊技場にいた25人の生活保護利用者に対する指導の内容、特に文書による指導指示の内容
・遊技場調査は、2015年以前にも行われていたのかどうか
別府市からの回答
保護開始時に周囲徹底する遊技場誓約書
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・(筆者注:2015年の調査について)計画したのは、平成27年9月初旬です。
・ギャンブル性のより高い遊技場として、パチンコ店・競輪場に限定しており、また過去25年以上、上記2施設を調査対象としている事が理由であります。
・誓約書により、保護開始時において周知しています。
・残りの4割は、障害・傷病・その他世帯の方です。
・面接は基本、私(課長)と査察指導員及び担当ケースワーカーの三名で行っています。パチンコに行く理由について把握したいと思い、口頭にて一人一人にお尋ねしました。その理由としては、殆どの方が昼間する事がなく、刺激などを求めてついついパチンコに行ってしまうとの申出であり、私自身はパチンコにしか生きがいを見出せない、社会的環境等に問題があると感じた次第であります。また、遊技場の立入に関しては面接日に再度事実確認を行い、後日、法27条による文書指導を行っております。(雛形添付)
・調査は25年以上前から行っております。本人の生活の維持向上に必要であると考えるからです。
生活を破綻させるほどのパチンコの背景に「お金入れたら遊んでくれるパチンコ台くらいしか友達がいない」という孤立・寂しさがあること自体は、ありふれた話だ。すべての依存症の背景は、肉体的依存の問題を除いて、ほぼ同様である。ゆえに「社会的環境等に問題」という認識については同感。しかし、問題の位置づけと対処に異論を申し上げたい。「別府市の生活保護利用者のパチンコ問題」ではなく、「別府市のパチンコ愛好者全体の一部に見られる問題」として扱うべきではないだろうか?
そもそも、生活保護利用者だけを対象にして「張り込み」「処分」を行うこと自体が、人権侵害や別となりうる可能性や、そのように見られてしまう可能性を免れない。しかし「別府市の」パチンコ依存問題として対処すれば、市内全体のメンタルヘルスの向上をもたらし、市民全体が恩恵を受ける。また、たとえば「パチンコ依存症」という同じ問題に対して、生活保護を利用している人も利用していない人も協力して取り組めば、「生活保護ならでは」の孤立の問題も解消されやすくなるであろう。
生活保護行政が「市政」の一環であることを考えれば、むしろそのような方向性が目指されるべきなのではないだろうか。パチンコに限らず、「生活保護の人の問題」に見えることがらに対し、「生活保護限定」ではない取り組みによって解決するアプローチを、ご一考いただきたい。生活保護を利用している人々の多くは、さまざまな苦難を経て複合したハンディキャップや困難を背負っており、使えるお金は少なく、孤立しやすい。しかし「生活保護の人々の問題」の多くは、お金や家族がいれば隠しやすくなる社会全体の問題であり、お金がなく孤立しやすいゆえに見えやすくなっているだけなのかもしれない。
なお、25年前から同様の調査が行われていたということ、保護開始時に「遊技場に立ち入らない」という誓約を行わせているということについては、その「25年前」にあたる1980年前後の生活保護政策と合わせて考える必要があるだろう。この時期、1981年に開始された第二次臨時行政調査会(第二次臨調)が打ち出した財政緊縮路線により、生活保護基準の決定方式は、最低限度であっても健康で文化的であることを目指す「格差縮小方式」から、今よりは悪くしないことを最大の目的とする「水準均衡方式」に移行した(正式な移行は1984年と言われる)。また1981年には、厚生労働省が「123号通知」として知られる生活保護利用抑制策を打ち出した。しかし1987年、この流れの中で、3人の子どもを持つシングルマザーが生活保護の申請を断られたことを理由として餓死を選んだ事件が発生した
「生活保護なのにパチンコ」どういうペナルティが?
質問3.
遊技場に複数回出入りしていた方々に対する処分に関して、下記の点をお知らせください。
・処分内容
・処分を受けられた方々それぞれの年齢・性別・世帯類型
・処分機関中の医療・住居・子どもの教育は確保されていたのかどうか
別府市からの回答
処分内容に関して:
・支給停止1ヵ月(30代女性・障害)
支給停止1ヵ月(主(筆者注:世帯主のこと)のみ・60代男性・その他)
・支給停止1ヵ月(60代男性・高齢)
・支給停止1ヵ月(40代男性・障害)
・支給停止1ヵ月(50代女性・傷病)
・支給停止1ヵ月(70代男性・高齢)
・支給停止1ヵ月(70代女性・高齢)
・停止2ヵ月(本人分のみ・30代女性・その他)
・停止2ヵ月(本人分のみ・70代女性・高齢)
上記の措置は正式には保護の変更であり、医療扶助の停止は実施しておりません。(教育扶助対象者は無)
更には、保護の変更期間中に生活が出来ないと申し出てきた世帯には、つなぎ資金の貸付も実施しており、各ケースワーカーにも支給停止期間の生活状況の把握に十分気をつける旨の指示をしております。
筆者コメント
家賃補助(住宅扶助)について明記されていないが、生活費分(生活扶助)についてのみの停止だったのであろう。他の世帯員がいる対象者については、「本人分の生活費分のみ2ヵ月停止」も行われている。
医療が停止されるということはなく、子どもの教育に支障が発生することもなかったようであるが、「だから良かった」とはいいがたい。また、自治体が生活保護利用者向けに提供している「つなぎ資金」の借用が可能なように計らわれていたという。この資金は、生活保護の申請から給付までの期間、生活費の「つなぎ」とするためのものであるが、もちろん、借りたら返さなくてはならない。
いずれにしても、パチンコのペナルティによって「健康で文化的な最低限度の生活」が損なわれたことは事実である、と言うしかないであろう。
違法性は本当になかったか
生活保護費抑制に最も有効なのは?
禁止誓約書 拡大画像表示
質問4.
貴市としての、今回の調査に対するお考えについてお尋ねします。
生活保護法に違反しておらず、違法性は全くないとお考えのことと存じます。その根拠をお示しいただけないでしょうか?
別府市からの回答
・生活保護法第60条を根拠とし、誓約書を交わしたうえで法第27条第1項により指導、指示を行い、法第62条第3項、保護の変更として行政処分を実施しました。
しかし、保護の変更をおこなった9世帯すべてにおいて、適法であったという事につきましては、現在、当市の顧問弁護士等含め精査している状況であり、違法性が全くなかったとは現段階で申し上げられない状況であります。
筆者コメント
この「誓約書」自体の適法性も含め、生活保護の「生命・健康を守る」という第一義的な目的と、「適正に運用される必要がある」のバランス、さらに「適正である」をどこの誰がどう判断すべきなのかも含め、引き続き、弁護士・研究者も含めた検討が必要であろう。
なお本件については、衆議院議員・初鹿明博氏も国会で質問を行っている(質問主意書・答弁)が、別府市の措置そのものの適法性については、明確な回答が避けられている。
質問5.
全国での医療扶助比率がH26年に45%程度であったのに対し、別府市では同年に59%とのことです(注:別府市議会での質問・答弁による。参考:http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20160106-00053161/)。社会福祉課長さんは、背景として「医療機関が比較的充実していて病院にかかりやすい」、対策として後発医薬品の利用促進を挙げられています。しかしながら、全国とくらべて10ポイントもの差は、病院が多いことや後発医薬品が使われないこと、あるいは単純に高齢化に関連する要因では説明しにくいと思います。(以下略・「データをください」という内容)
別府市からは、2012年-2014年の医療扶助の内訳と、精神科入院患者に関する疾病名の内訳を頂戴した。今回、その全てに触れることはできないが、2014年の医療扶助の内訳を見てみると、「入院」と「医科食事」で65%となっている(グラフ参照)。通院と調剤は小さなパーセンテージではないが、個々人に対して「通院を減らさせる」「後発医薬品を選択させる」といった方向性で対策を講じる前に、入院、特に長期入院を見直す必要があるのではないだろうか。
なお、2014年の別府市において、入院件数は月平均462件であったが、うち41%は精神科への入院であり、医療扶助で入院に使用された金額のうち34%が精神科入院で使用されていた。精神科入院の約70%は統合失調症で占められており、逆に「認知症」に含められる可能性のある疾患は10%と比較的少ない。長期入院患者の多数を占めている統合失調症患者の退院と地域生活への移行を推進し、通常の生活扶助・住宅扶助が必要になる代わりに、より高額な医療扶助の入院費が不要になる状況をもたらすことが、医療扶助の抑制におそらく最も効果的であろうと思われる。
次回も引き続き、別府市の「パチンコと生活保護」に対する問題を、専門家の知見とともに取り上
げる予定である。一地方都市を舞台として、生活保護の運用にかかわる論点が濃縮されたような出来事を通じて、生活保護の現在とあるべき姿を、引き続き考えていきたい。
ダイヤモンドオンラインより
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