2017年5月26日金曜日

アメリカが金正恩を暗殺しない理由〜やる気があるのかできないのか

父・正日のクビは2億円

「金正恩の『斬首作戦』実行は、通常の暗殺ミッションに比べてはるかに難しい。他の独裁者とは違うのです」

こう語るのは、クリントン大統領時代に米CIA長官を務めたジェームズ・ウールジー氏だ。

祖父・金日成、そして父・金正日は、めったに公の場に出てこなかった。だが金正恩は軍事パレードなど、この4月だけで3回、各国報道陣や市民の前に姿を現している。

なぜアメリカはなかなか金正恩の「斬首=暗殺」に踏み切らないのだろうか。

暗殺のプランだけなら、アメリカはとっくの昔に練り終わっている。トランプ大統領がゴーサインさえ出せば、議会の承認なしでいつでも実行できる状態だ。

「トランプ政権が、4月上旬に開いたNSC(国家安全保障会議)で示された『有力プラン』は、以下の2つの作戦です。

一つめは『外科手術』、つまり空爆による暗殺。具体的な手段には、爆撃機による大規模な爆撃、無人機による小規模な爆撃、朝鮮半島近海の戦艦から発射する巡航ミサイルの3種類があります。

もう一つは、北朝鮮内部の協力者に暗殺させる方法。実はこの方法は、金正日時代に少なくとも数回実行されています」(米政府関係者)
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04年4月、北朝鮮と中国の国境の街・龍川の駅で突如、大爆発が起きた。半径500mが廃墟と化し、1500人以上が巻き込まれたこの爆発は、明らかにこの駅を通る予定だった金正日専用列車を狙い、「爆殺」を図ったものだった。

一説には、列車に乗っていたシリア人技術者の中にCIAの協力者がいたといわれる。

事前に中国政府がテロを察知し、金正日に知らせて列車の通過を8時間早め、予定時刻にダミー列車を走らせたため、金正日は間一髪で死を免れたという。

一方で刺殺、毒殺など、古典的な方法による北トップの暗殺も、アメリカ政府内では長年にわたって研究されてきた。

「韓国に亡命してくる脱北者は年間1000人以上いる。その中から政権中枢にコネがある人物を洗い出し、内通者を作らせて実行犯にするのです。

実際、金正日政権下では朝鮮労働党中堅幹部に200万ドル(約2億2000万円)の報酬を提示して殺害を依頼したのですが、『リスクが大きすぎる』と断られてしまった。もちろん、CIAは彼のほかにもこれまでに複数の候補者と交渉しています」(元脱北者)

4月29日には、CIAのポンペオ長官が極秘で韓国を訪れ、北朝鮮問題について韓国政府と協議を行った。このときの真の目的こそ、「CIA長官自ら、元高官の脱北者に『斬首作戦』協力を打診するためだった」と、韓国政府関係者の間で噂されている。

金正日Photo by GettyImages

国家保衛省の内通者

暗殺の実行犯になる人物は、失敗すれば自身も確実に死ぬ。いかにCIAとはいえ、協力者を見つけるのは容易ではない。前出のウールジー元CIA長官が言う。

「まず金正恩に直接会うことができる人物は、本人によって厳選され、徹底的な捜査・身体検査を受けています。北朝鮮国内にいて、少しでも不穏な動きを見せた政権幹部や軍の幹部はすでに拘束されているか、粛清されているのです。

内心で金正恩の暗殺を企てている人物は常にいるでしょう。CIAが間接的に金正恩暗殺を実行するならば、まず情報収集が重要になりますが、脱北した元外交官などが持っている情報が最新のものであるとは限りません。

また、計画を練れば練るほどバレてしまう可能性が高くなるので、仮に暗殺を実行するとなれば、『オン・ザ・スポット(その場)』の判断で行われることになる」

一方、韓国政府関係者によれば、こんな興味深い実例があるという。

「現在、金正恩がおかれている状況は、かつて韓国の朴正熙大統領が暗殺されたときと酷似しているのです。
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70年代末、独裁政権だった韓国政府中枢では、大統領警護室とKCIA(中央情報部)が対立し、朴大統領への『忠誠合戦』に明け暮れていました。

やがて、警護室が優勢になり、KCIAは弱体化していった。この隙をついて米CIAがKCIAにアプローチし、当時のKCIA部長・金載圭に『今、朴大統領を殺せば、あなたが次の大統領になれる』と囁いて、大統領と警護室長を暗殺させたと言われているのです」

当時、朴大統領は極秘裏に核開発を企て、時の米カーター政権から再三警告を受けていた、との説もある。こうした背景も金正恩にそっくりだ。

「現在の北朝鮮でも、秘密警察にあたる国家保衛省と朝鮮人民軍vs.朝鮮労働党組織指導部という構図で内部対立があります。この1月には、金正恩の叔父で『北のナンバー2』といわれた張成沢の処刑を主導した、国家保衛省の金元弘部長以下、局長クラスの幹部4~5名が処刑されました。

米CIAが『斬首』の実行犯を選ぶとすれば、かねてから内通者が存在するこの保衛省関係者から選ぶ手が有力です」(前出・韓国政府関係者)
 
核の発射ボタン

政権の内部対立を利用して、金正恩の首を切るこの方法なら、朴正熙のときの成功体験がある。

韓国や日本の被害を抑えるためにも、また中国・ロシアを刺激しないためにも、空爆という「外科手術」はできるだけ避けたい。

内通者にやらせれば、事が終わった後も、「内部のクーデターだ」と言い張れば済む。

こうしたさまざまな利点から、アメリカ政府は内通者による「静かなる斬首」作戦を、最も現実的な選択肢と考えているのだ。

しかし、金正恩はいまや「最強のカード」を手にしている。そう、核ミサイルである。

〈米国が挑発を仕掛けてくれば、即時にせん滅的攻撃を加え、核戦争には核攻撃戦で応じる〉

4月15日の軍事パレードでは、金正恩側近の崔竜海・朝鮮労働党副委員長がこう述べた。米軍の空爆に限らず、もし自身の命が脅かされる事態になれば、金正恩はヤケクソで核の発射ボタンに手をかけかねない。まさに核が暗殺防止の「抑止力」となっているのだ。

北朝鮮Photo by GettyImages

北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起氏はこう話す。

「アメリカ政府が、本気で金正恩暗殺を実行することはないと思います。

これまで、核保有国の独裁者が排除された前例はありません。また、金正恩を刺激して、もし核ミサイルが在韓米軍や在日米軍に向かえば、『米軍と国民を核の脅威にさらした』として、政権は猛批判に遭うでしょう。不用意に手は出せません」

北朝鮮の核が暴発すれば、アメリカ側も核で応戦せざるを得なくなる。金正恩の「斬首」が、全面核戦争の引き金を引くかもしれない。

さらに、アメリカの政府内部の意見も決して一枚岩ではない。

誰よりも金正恩暗殺計画の早期実行を望んでいるのは、CIAだ。トランプ政権発足以来、米軍は予算を9%上乗せされたが、先の大統領選でヒラリー陣営寄りだったCIAは、トランプ大統領から冷遇されている。金正恩を排除するという「大手柄」をあげて、少しでも点数を稼ぎたいという思惑がある。

一方でトランプ大統領は、表面的には金正恩に対して強硬な発言を繰り返しているが、意外にも「斬首作戦」実行には後ろ向きだという。

「金正恩ひとりを暗殺するだけなら、トランプ大統領は単独で決断することができます。でも、すぐにはやりたくない。

なぜなら、今のような緊張状態が続いてくれたほうが、アメリカの軍需産業には旨味があるからです。実際、トランプ大統領は韓国に配備したミサイル迎撃システム『THAAD』の費用10億ドル(1100億円)を負担しろ、と韓国政府にふっかけています。できる限り危機を煽って、韓国や日本に兵器を買ってもらいたい。

トランプ大統領は根っからのビジネスマン。暗殺してしまうと儲からなくなるし、支持率アップにも利用できなくなる」(前出・米政府関係者)

アメリカがなかなか決断を下すことができない背景には、トランプ大統領の「ビジネスマインド」も深く絡んでいる。

ドナルド・トランプPhoto by GettyImages

すでに2度失敗している

では、北朝鮮内部で、自発的に金正恩を暗殺しようという動きは出てこないのだろうか。

日本ではほとんど知られていないが、朝鮮人民軍は、少なくとも2度にわたって金正恩暗殺を企てている。が、いずれも未遂に終わった。

まず'12年秋、人民軍のある部隊が決起した。同年7月に粛清された李英浩総参謀長の部下であるといわれる。

計画が失敗した後、首謀者は粛清されたが、金正恩は半年間平壌に閉じこもり、護衛の兵士を増やし、さらに自宅を装甲車に警護させるなど、警備を増強した。

2度目は'13年4月、爆弾を搭載した軍の車両が、金正恩の乗るベンツに突っ込んだ。

このときは、車外に投げ出された金正恩に、通りかかった22歳の婦人警官がとっさに覆いかぶさり、爆発から守ったという。その婦人警官は、のちに北朝鮮最高の栄誉である「共和国英雄称号」を授与された。

さらに、金正恩が工場などの視察に出かけたときや、軍事パレードやイベントの際に、相討ち覚悟で飛び出す市民が現れてもおかしくない。

「金正恩が国民の前に姿を現すときには、『大元帥の歌』という金正恩をたたえる曲が必ず大音量で流れるので、誰でも出て来るタイミングが分かる。

また、工場などの視察に行く際には、約1ヵ月前に視察先へ党中央の調査隊が行き、あらゆる施設や職員をチェックして、病気や感染症の者がいれば外し、危険な場所があれば整備させる。
だから、訪問先の職員なら、事前に『この日程で金正恩が来る』と察知できる」(朝鮮労働党関係者)

しかし、金正恩の視察当日には厳重な身体チェックがあるうえ、100人以上の警護隊が帯同しているため、凶器を持ち込んで襲いかかるのは容易ではないという。

「北朝鮮では、70年にわたって金一族が築き上げてきた強固な監視体制が出来上がっています。政権関係者は24時間監視され、毎日日誌を提出し、誰と会って何を話したか逐一報告しなければならない。

齟齬があれば査問され、果ては粛清されてしまう。反乱を企てて殺されるくらいなら、脱北を企てる人のほうが多いでしょう」(前出・高氏)

金正恩が権力を握り続ける限り、日本国民も核ミサイルの恐怖にさらされ続ける。この膠着状態は、意外と長引くのかもしれない。 週刊現代より

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