2017年5月27日土曜日

アベノミクスが抱える「金利上昇」という「爆弾」

推理小説の殺人事件のように、金融、財政の世界でも、別々の事柄が1本の線としてつながり、非常に大きな意味を持つことがある。
 
1月25日と26日、日本経済新聞に日本銀行、財務省、内閣府を主語とする記事が掲載された。1つは、日銀が25日に市場が予想していた国債買い入れオペを見送ったことで、いよいよ日銀が「テーパリング」(量的金融緩和の縮小)を開始するのではないか、との思惑が市場で強まり、長期金利が一時0.080%まで上昇したというもの。2つ目は、財務省の試算によると、長期金利が1%上昇すると2020年度の国債費が3.6兆円増加し、2%上昇すると7.3兆円増加するというもの。そしてもう1つが、内閣府が経済財政諮問会議に提出した中長期の財政試算で、2020年度の国と地方の基礎的財政収支は8.3兆円の赤字になるというものだ。

金融政策と国債費と財政政策。実はこの3つの事柄は、すべて今国会のメインテーマである「2017年度予算案」につながり、そして深く関わっている。

財政健全化」のカラクリ


昨年末に閣議決定された2017年度予算案。一般会計の歳出額は97兆4547億円と5年連続で過去最高額を更新した。

歳入面では、税収を2016年度当初予算よりも1080億円多い57兆7120億円と見込んだ。しかし、この税収見込みは、ほとんど“とらぬ狸の皮算用”に近い。事実、2016年度予算は、当初予算で見込んでいた税収を大幅に下回ることになった。為替が円高基調をたどったことで、輸出産業を中心に企業業績が伸び悩み、これが法人税を中心に税収の伸び悩みにつながった。

この穴を埋めるため、政府は2016年度第3次補正予算で税収の見込み額を1兆7440億円引き下げ、その不足分の見合いとして1兆7512億円の“赤字国債”の追加発行を決めた。今年1月31日、2016年度第3次補正予算は成立している。

にもかかわらず、2017年度予算案では、2016年度の税収見込み額をわずか1080億円上回る程度の増加で、なぜ過去最高額の予算案を組むことが可能だったのか。そこには “カラクリ”がある。

実は、2017年度予算案では、外国為替資金特別会計(以下、外為特会)の運用益(俗に言われる「埋蔵金」の1つ)の全額を一般会計のその他収入に繰り入れた。これにより、2017年度の「その他収入」は、2016年度の同収入に比べ6871億円も増加し、5兆3729億円が計上された。

この“秘策”によって、2017年度の新規国債発行額は、2016年度を622億円下回る34兆3698億円と、当初予算としては7年連続で減少した。また、歳入に占める国債の割合は35.3%で、2016年度より0.3ポイント低下する見込みだ。つまり、外為特会という“埋蔵金”を掘り尽くしたことで、何とか「財政健全化」を進めているという格好をつけたわけだ。

崩れ去る2017年度予算案の「前提」


一方、歳出の中で大きな比率を占める社会保障関係費は、昨年夏の概算要求段階では約6400億円の増加が見込まれていたが、70歳以上の高額療養費の自己負担の引き上げ、事実上の介護保険料の引き上げなどにより、その増加額を約1400億円削減し、32兆4735億円とした。

さらに、もう1つの大きな歳出項目である国債費(償還、利払い費)は、2016年度より800億円超少ない23兆5285億円に抑制した。実は、この国債費の抑制にもカラクリがある。財務省は、2016年度には年1.6%と想定していた国債の金利を、2017年度は年1.1%に引き下げた。これにより、国債の利払いが減少することで、国債費を抑制することができた。この国債の想定金利引き下げの背景には、「日銀の金融緩和政策」がある。

昨年9月に日銀が長期金利をゼロ%程度に誘導する「長期金利操作付き量的・質的金融緩和」を実施したことで、国債の利回りを引き下げ、年1.1%と想定することが可能になったわけだ。

ここでお気付きだろう。すなわち、冒頭で触れた「金融政策と国債費と財政政策」に関して別々に報じられた事象は、まさしく「金利が上昇することによって、2017年度予算案の前提が崩れ去る」ことを意味しているのだ。

日銀の金融政策が市場をコントロールできずに金利が上昇すれば、歳出の国債費は膨張を始め、2017年度予算案の「歳出抑制」の目論みは崩れ去る。すでに外為特会という埋蔵金は掘り尽くしているため歳入の当ては底をつき、その埋め合わせには“赤字国債”を発行するしかなくなる。赤字国債に頼る財政資金の調達は、財政健全化を益々困難にする。

“曲がり角”を迎えたアベノミクス


しかし、本当の最悪のシナリオは別にある。これまで財務省は、金利の急上昇により国債の利払い財源に不足が発生しないよう、ある程度の上昇を見込んだ国債の金利設定を行い、変動に耐えうる余裕を持たせて予算計上してきた。結果として、毎年度、多額の国債費の余剰が発生し、これを補正予算の財源に組み入れてきていた。

だが、2017年度予算案では、国債の想定金利を引き下げたことで、国債費の余剰は発生しない可能性が高い。逆に、想定外の金利上昇があれば、国債の利払い財源が不足する可能性すらある。もし、2017年度の途中で不測の事態が発生し、補正予算を組む必要が出た場合、外為特会の埋蔵金は掘り尽くし、国債費の余剰金はほとんど見込めない状況では、補正予算の財源がないのだ。つまるところ、またぞろ“赤字国債”に頼らざるを得なくなる。

これまで金利低下と円安・ドル高効果により、企業収益面には貢献した“アベノミクス政策”は、2016年度予算の税収を見る限り、“曲がり角”を迎えたことは明らかだ。さらに、保護主義政策を前面に打ち出し、米国企業の保護のため日本の「円安政策」を強烈に批判するトランプ米大統領が誕生した。2月10日に行われた日米首脳会談では、麻生太郎副総理とペンス副大統領をトップとする「日米経済対話」を新設し、2国間貿易の枠組みについてや、財政政策、金融政策などマクロ経済政策の連携についても緊密に話し合いを進めることで合意した。が、トランプ政権の方針からすれば、今後も円高とともに、金利が上昇する可能性が高まっているのは間違いないだろう。

「指値オペ」という「緊急手段」


そもそも冒頭の1月25日の日銀のオペ見送りは、2~5年債の市中残高を減らさないことに狙いがあった。このゾーンは、もともと日銀の保有割合が高かったためだ。だが市場は、日銀が国債の買い入れ額を縮小するテーパリングを開始したと疑った。

これに対して、日銀は1月27日、国債買い入れ額を予定の4100億円から4500億円に増額し、市場の思惑を消しにかかった。これにより、10年物長期国債金利はいったん0.070%まで低下した。

しかし、市場の金利上昇懸念は燻り続け、2月3日、日銀は午前中のオペで、再び、国債買い入れ額を予定の4100億円から4500億円に増額していたにもかかわらず、10年物長期国債金利は約1年ぶりに0.150%まで上昇した。

さすがに慌てたか日銀は同日午後、事前に指定した利回りで市場から国債を無制限に買い入れて金利の上昇を抑える「指値オペ」に踏み切り、市場の水準より低い0.11%という金利(高い価格)で、7239億円分の国債を買い入れなければならなかった。この「指値オペ」は、前述した昨年9月の「長期金利操作付き量的・質的金融緩和」政策を決めた際、急激な金利上昇を抑え込む「緊急手段」として導入されたが、実際に発動されたのは、昨年11月に次いで2回目だった。

ある日銀OBは、「日銀の国債買い入れという量的緩和手法が、いずれ限界にくることは明らかだ。日銀にも、国債買い入れ額を縮小したいという気持ちがある。そのために日銀は昨年9月に緩和政策を導入したわけで、事実上、金利の操作に金融政策の舵を切ったのだ」と解説する。

日銀のジレンマ


確かに、国債を買い入れ、市場に大量の円を供給する量的緩和は、円を安くすることにつながる。しかし、直接金利をコントロールするのであれば、金利政策は各国中央銀行の役割であり、トランプ大統領の通貨安誘導という非難を回避できるかもしれない。

だが、金利上昇を抑え込むために、結局は「指値」で無制限に国債を買い入れるのは、円を大量に市場に供給することになり、量的緩和と変わらない。そこには、日銀のジレンマが見え隠れする。

米国が利上げ態勢に入っている現在、日本国内の金利も上昇しやすい環境が続く。さらに、トランプ大統領の戦略という不確定要素が加わった。

政府は“金利上昇という爆弾”を抱えながら、これからの財政運営を行っていかなければならない。日銀はどのようにして、この金利上昇という爆弾を“不発弾”にしていくのであろうか。
JiJi.comより

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