私たちの体は、何からできているかご存じですか。
そう、水です。体は重量にして6〜8割が水であり、細胞の中身は85%もが水。これだけの水があってはじめて生きていけるのが生物です。
ジャボジャボの水環境の中で化学反応が起こっていて、それにより生命が維持されています。水がなければ化学反応が進まず、生きていけません。
地球は水の惑星であり、海という水だらけの環境で生命が発生しました。だからこそ細胞の中は水だらけだし、細胞は組織液という水にひたされています。陸に上がった私たち人間のような生物も同じです。生物は水に住もうが陸に住もうが、水っぽいものなのです。
生物は約38億年前に海で誕生し、それからもずっと海の中で暮らしてきました。陸へ上がったのはわずか4億5千万年前。それもきわめて限られた仲間が上陸に成功したにすぎません。
植物がまず上がり、それから昆虫が、そして最後に四肢動物が上陸しました。魚から両生類(イモリやカエルの仲間)が進化し、彼らが陸に進出したのです。ただし、両生類は水から完全には離れられず、幼生は水の中で育ちます。爬虫類や哺乳類になって、真に陸の生物になったのです。
古代の海のイメージ photo by gettyimages
上陸にあたっては、解決しなければならない問題が山ほどありました。しかし、それらをすべて解決し、私たちはいま大地の上で生きています。これは本当にすごいことなのです。
なんといっても、水の問題を解決しなければなりませんでした。
体は水の入った器(うつわ)のようなものですから、放っておけば水は蒸発してなくなってしまいます。そこで陸の動物は、体の表面を水を通しにくいものでしっかりと覆いました。爬虫類なら鱗(うろこ)、鳥は羽毛、けものは毛、そして私たち人間の場合は皮膚です。皮膚にはセラミドという脂質が含まれており、これが水の逃げるのを防いでくれます。
ただし、それでも水は逃げていきます。とくに、呼吸するときに肺の表面から逃げていきます。だから私たちは水を飲まねばならないのです。
水不足で干からびるリスクは、とくに体の小さい時期(卵・精子・胎児の時期)に大問題になります。水を蓄える体が小さいわりに表面積が大きいので、水が逃げていきやすいのです。
では、どうやってそのリスクを回避しているのでしょう。
じつは、陸の動物は交尾によって精子を直接メスの体内に送り込み、精子を外気にさらさないようにしています。受精した卵は、そのまま母の胎内で育てるか、立派な殻をつくってその中で育てます。
さらに、生まれて(外気にさらされるようになって)からも、ある程度育つまでは、乳ややわらかくしたエサを親が与えます。陸の食べものは消化しにくいからです。
このように、子づくり・子育てはまことに面倒なのですが、それは陸に住む者の宿命です。海の中では、親は卵や精子をただ放出するだけで、とくに面倒をみなくても、自然に受精して育っていきます。
陸では、生物が体を支えるのも大変です。地球の重力に押しつぶされないよう体の形を保つためには、しっかりした骨格系が必要になります。
骨格とは、力が加わっても体がへしゃげないように、体の形や姿勢を保つ堅固な構造物のことです。重力や風のような外からの力に抵抗して姿勢を保つだけでなく、筋肉を使って自らが出す力を外界に伝える役目ももっています。
足の骨がへにゃへにゃしないからこそ、私たちは筋肉で脚を動かして大地を蹴ることができるのです。
一方、水の中だと浮力が働いて、重力をほとんど打ち消してしまうため、それほど立派な骨格系は必要ありません。
そして水の中だと、動くのもじつに楽です。体がふわふわ浮いており、無重力状態のようなものですから、ヒレをさっと動かすだけで体が進みます。さらに水の流れに乗ってしまえば、何もしなくても長距離移動ができてしまいます。
陸では体重という重荷を背負って進まねばなりません。そのうえ、ただ前に体を運ぶだけではすまないのです。
べったりと地面に体をつけたまま進むと、地面から大きな摩擦抵抗を受けます。そこで四肢をはやし、体を持ち上げながら進むわけです。持ちあげるだけでも結構なエネルギーが必要なのに、さらにそれを動かすのだから、大変なことです。実際、歩いたり走ったりするのは、泳ぐのに比べるとじつに10倍近いエネルギーが必要になります。
動物はエサを探さないと生きていけないので、大変だから歩かないというわけにもいきません。
陸の食べものは手ごわい、とくに植物は大変な思いをして歩きまわって、いざ食物が手に入っても、そこから先が大変です。
陸の食べものは手ごわい。とくに植物は。え、動物の間違いじゃないかって? 植物だってとても手ごわいのです。ポイントは「消化」です。
動物の腸の長さを比べてみると、消化の大変さがよくわかります。人間だと、腸は身長の4.5倍ほど。魚ではずっと短くて、体長と同程度です。植物を食べるウシではなんと体長の30倍、60メートルもあります。
植物の細胞は、1個1個が硬い細胞壁で包まれています。ちょうど弁当箱に入っているような感じです。この箱をどんどん積んでいくことで、植物は重力にも風にも負けない体をつくっています。だからこそエサとしては扱いにくいのです。
細胞のイメージ photo by gettyimages
細胞壁は丈夫なセルロース繊維でできています。動物はセルロースを消化する酵素をもっていませんから、細胞壁をむりやり砕いて壊さないと、中身を食べられません。細胞1個ごとに壁を壊すのですから、手間がかかります。
私たちは立派なアゴをもっており、そこに挽き臼のような歯が生えていますが、それでよく噛み砕きます。それでも完全には破砕しきれませんから、長い腸で時間をかけ、細胞の壊れた隙間から消化液をしみ込ませて、じょじょに消化していくのです。
もちろん、陸の動物を食べるのも、簡単なことではありません。
体が丈夫なクチクラ(昆虫の場合)や毛皮で包まれていますから、これを取り除かねばなりません。それに、頑丈な骨をもっているし、筋肉を包む丈夫な筋膜や腱もあり、これらも取り除かねば、おいしい肉にはたどりつけません。
それに比べて、水の中では、食べるのも非常に楽。水中の生物は立派な骨格や、乾燥を防ぐ表皮をもっていないからです。
水の中には、ものすごく楽な食生活を送っているものたちがいます。アサリやホタテ、ホヤなどです。彼らは海水中にただよう有機物の粒子を濾しとって食べる「濾過摂食者」です。
水中では浮力が働きます。だから、死んだ遺骸は分解されて小さな粒子になってただよっているし、生物の卵も幼生もプランクトンも浮いています。なので、流れのあるところに網を張って待っていれば、食べものが自然と集まってきて一網打尽です。すでに細かくなっていて噛み砕く必要がないので、頑強なアゴもいりません。
魚の祖先は濾過摂食者で、アゴをもっていませんでした。捕食魚になってはじめて、アゴが登場したのです。
陸では糞をたれ流しにできない
ところで、私たちの腸には、小腸と大腸がありますね。魚にはその区別がありません。小腸は消化吸収をおこなう腸ですが、魚はこれだけ。四肢動物になってはじめて大腸ができました。陸上では排泄物をためておく必要があるからです。
水中ならば、水洗トイレの中にいるようなものだから、消化しきれなかったものはそのまま体から出せば、水に流されて四散します。
陸の場合はそうはいきません。もし点々と排泄物を出しつつ歩いていけば、それを手がかりにして、捕食者に跡をつけられるおそれがあります。だから、排泄物はまとめてたまに捨てる用心が必要です。そのためにためておく場所が大腸なのです。
また陸上では、水は貴重品ですから、体内にためておく糞から水をできるだけ回収します。微生物を大腸に住まわせ、自分で分解できないものを微生物に消化してもらい、栄養の足しにすることも行われるようになりました。
人間の場合、腸内には100種以上100兆個もの細菌がおり、その多くは大腸にいます。草食動物の場合、さらに多くの細菌を消化管に住まわせています。
温度変化に耐えることの大変さ
けものは毛皮を、鳥は羽毛をまとっています。体の表面から水が逃げていかないようにするのと同時に、体温を保つ役目があります。陸では気温の変化が激しいから、私たち人間の場合は、防寒コートがいるのです。
空気は水に比べ、温まりやすく、冷めやすいものです。同じ体積の水と空気とで比べると、温度を1度上げるのに、水は空気より3500倍も多くの熱を加える必要があります。だから水温は安定していて、季節の移り変わりに伴ってゆっくりと変わるくらいなのです。
冬でも水温はマイナス1.8度以下にはなりません。この温度だと海水は凍りますが、南極や北極であっても、凍るのは海の表面だけです。氷が水に浮いて断熱材として働くため、海上でマイナス60度のブリザードが吹いていても、氷の下は凍らない温度に保たれるのです。
エサ集めに苦労し、消化に苦労し
陸の気温は夏と冬とで大きく異なるだけでなく、昼と夜でも10度ほど違ってきます。日なたと日陰でも差があります。また、地面は空気よりもさらに温まりやすく冷めやすいため、腹のすぐ下に地面がある小さな動物は、地面の温度の影響をまともに受けてしまいます。だから、陸では体感する温度変化がきわめて大きくなってしまうのです。
さて、生きているということは、体内で化学反応が進んでいることを意味し、化学反応の進む速度は体温に強く影響されます。外界の温度が変わるごとに体温が変わり、化学反応の速度がふらふらと変動するようだと、じつに始末の悪い事態となります。
したがって、まわりの温度が大きく変わりやすい陸上は、生物にとってまことに住みにくい環境なのです。
この問題を解決したのが鳥類や哺乳類でした。これらは恒温動物であり、自分で積極的に体温を一定に保っています。まわりが寒くなれば食物を燃やして発熱します。暑い時には汗をかいて体から水を蒸発させ、その気化熱で体を冷やします。
ただし、そのためには大量のエネルギーが必要となるうえ、陸上では貴重品である水を失うことにもなります。
恒温動物は陸に住むものですが、そのために変温動物の10倍ものエネルギーを使っています。そしてそれをまかなうために、せっせと苦労して食べにくいエサを集め、さらに苦労して消化しているのです。
まだまだ語りきれないほど、陸での生活には大変なことがたくさんあるのですが、それを大変とも感じずに私たちは日々暮らしています。これはすごいことです。体は文句もいわずに、こんなすごいことをし続けています。けなげだなあと思いませんか。
最近、「成人の4人に1人が自殺したいと考えたことがある」というニュースがありました(平成28年度自殺対策に関する意識調査、厚生労働省、2017年3月21日公表)。住みにくい世の中を反映した話なのでしょうが、これほど多くの人が死にたいと思うのは、やはり異常というほかないでしょう。
「夢をかなえよう」「私らしく生きよう」「自己実現しよう」という言葉をよく耳にします。何者かにならなければ意味がない、ただ存在しているだけでは無意味なんだ、と考える方が多いからなのでしょう。
でも夢を実現するのは簡単ではありません。だからこそ、死にたいと思う人が出てくるのだろうと思います。
私は生物学者です。生物を見ていると、生きているだけでもすごいことだ、余計なことなど何もしなくてもいい、こうして生きていることに、ものすごく意味があるのだと思えてきます。
もちろん人間はただ生きているだけではなく、もっと高級なこともやっているのですが、それでもまず、生きていることをじゅうぶん尊重する。そのうえで、より高級なことを考えるという順番を踏むべきだと思うのですね。
「精神の健康のために、自身の体のすごさを、ときどきは思い出すのがいい」とは、老生物学者からのアドバイスです。 現代ビジネスより
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