上越新幹線開業で羽田―新潟線が運休へ
新幹線の開業は航空業界に大きな影響を与えてきた。1980年以降では、82年の東北新幹線の盛岡開業後には航空路線の羽田―仙台・花巻線が、同年の上越新幹線の新潟開業後は羽田―新潟線などが運休の憂き目を見た。新幹線で2~3時間でアクセスできるようになったことで、競合する航空路線をそれまで利用していた人が新幹線に完全にシフトした結果だ。
今では新幹線「はやぶさ」で東京―仙台間の所要時間は最速1時間31分、東京―盛岡間は2時間11分。東京―新潟間も最速列車で1時間37分となっている。これらの路線に飛行機が飛んでいたことを知らない世代も多くなっている。
だが、その後の新幹線開業では変化が生じている。たとえば山形新幹線は92年に山形駅まで開業し、99年には新庄駅まで延伸。2002年にはANA(全日本空輸)の羽田―山形線が運休となったが、翌2003年に旧JAS(日本エアシステム)が1日1往復での運航を開始した。その後、JASは
JAL(日本航空)と合併し、羽田―山形便はJAL便となった。
さらに、航空会社の自助努力のみでは維持・充実が困難な路線で、地域と航空会社による共同提案によって優れた路線に羽田空港の発着枠を配分する国土交通省実施の「羽田発着枠政策コンテスト」があり、2014年3月からこの路線では1日2往復が実現した。2014年度の旅客数は前年度に比べ約2.6倍の7万4687人を記録、2015年度以降も引き続き増加している。
この2往復化が定着した要因はいくつかある。空港サポーター組織「おいしい山形空港サポーターズクラブ」を創設して会員専用の無料ラウンジを設置。ビジネス客を取り込んだほか、最寄りの山形新幹線さくらんぼ東根駅までのワンコイン(500円)タクシーや山形駅を結ぶシャトルバスを充実させた。羽田空港での乗り継ぎを活用した外国人誘致、さらには季節に応じて山形県内の特産品を到着客にプレゼントするキャンペーンも実施するなど、自治体と航空会社の連携が数字に結び付いている。
2便化して羽田発、山形発ともに朝便と夜便が設定されたことで、ビジネス客の姿が多く見られるようになったことも、利用者数を押し上げることになった。
2015年3月に北陸新幹線、2016年3月には北海道新幹線が開業したが、ともに競合する航空路線の廃止には至らなかった。北陸新幹線の長野―金沢間開業で東京から富山駅まで最速2時間8分、金沢駅まで最速2時間28分でレールが結ぶことになったが、航空は減便や機材の小型化で約4割の乗客減となったものの、17年2月現在でも羽田―小松線はANAが1日4往復・JALが6往復の合計10往復、羽田―富山線はANAが4往復を飛ばしている。
運転本数や割引運賃の違いで航空機も存続
航空路線存続の理由はいくつかある。まずは北陸新幹線の運転本数。1時間に6~7本はある東海道新幹線「のぞみ」と違って、おおむね1時間に2本程度の運転間隔となっている。また、大宮駅発車後に長野駅と富山駅のみ停車する速達タイプの全車指定席「かがやき」は、利用者の多い朝と夕方以降の時間帯が中心。日中の時間帯は長野駅から金沢駅間のほとんどの新幹線停車駅に止まる「はくたか」が主体で、東京駅から金沢駅までの所要時間は約3時間に伸びる。そうなると、羽田空港から小松空港へANAとJAL便合わせて10往復を運航する飛行機と所要時間では大きく変わらない。
また、北陸新幹線には大きな割引運賃がないことも影響している。航空は1カ月以上前の購入で片道1万円以下で利用できるANAの「旅割」やJALの「先得割引」などの事前購入型割引運賃や、往復航空券とホテルがセットになったパッケージの活用で、新幹線よりも安く利用できる。
JR東日本のインターネット予約サービス「えきねっと」でも、東北新幹線や上越新幹線などでは14日前までの購入(13日前の午前1時40分まで)で特定列車が最大35%割引になる割引運賃「お先にトクだ値」を設定しているが、北陸新幹線の長野以遠においては、前日(乗車当日の午前1時40分)まで購入可能な「えきねっとトクだ値」の10%割引のみ(東京―金沢間は1万2700円)。
また長年、羽田線を飛ばしていた経験が今でも生きているのが空港アクセス。フライトに合わせて小松空港は金沢駅・福井駅に、富山空港は富山駅などへのバスが運行しているが、利用者を長く待たせることなくスムーズに移動できる。さらに両空港とも高速道路のインターに近く(小松空港、富山空港ともに10分以内)、駐車場も小松空港では普通車1日最大500円、富山空港では無料で駐車できるため、飛行機のほうが便利という声もよく聞かれる。
富山県では県庁職員の東京出張は飛行機を積極的に利用させ、東京へ飛行機出張をする地元企業に対して空港ラウンジの無料利用の特典を設けるなど、現行便数を維持するために努力をしている。
九州新幹線が変えた九州内の移動スタイル
他方、JALは羽田―小松線の全便で機内Wi-Fiサービスを完備し、今年2、8月は無料で利用できるキャンペーンを実施する。中途半端につながったりつながらなかったりするくらいなら、電波が入らない機内でゆっくり眠りたいというビジネスパーソンも多い。
北海道新幹線開業の影響がほぼなかったのが羽田―函館線。東京駅から新函館北斗駅まで最速列車でも4時間2分かかるため、「4時間の壁」の言葉どおり、羽田―函館線の航空路線の利用者に大きな変化がなかった。新函館北斗駅から函館駅までは在来線の快速「はこだてライナー」でさらに15分以上要することから、飛行機からの利用シフトは限定的であった。北海道新幹線開業はむしろ新規の旅行需要を創出することになった。メディアなどが函館を取り上げることが増え、訪れる観光客数が伸びたためだ。
その一部は飛行機を使っている。往路は北海道新幹線で青函トンネルを使って函館入りし、復路は函館空港もしくは周遊して新千歳空港から羽田へ戻るといったルートで旅行している人も多い。羽田―函館線はANAが5往復(エア・ドゥ運航の共同運航便を含む)、JALが3往復を運航し、さらに2月からはLCC(格安航空会社)のバニラエアが成田―函館線を就航させた。やはり「4時間の壁」という言葉は今も健在である。
東日本大震災の翌日となる11年3月12日に、九州新幹線が全線開業した。かつては特急列車で4時間弱かかっていた博多駅と鹿児島中央駅が最速1時間17分で結ばれた。空路の福岡―鹿児島線は1日最大13往復の時代もあったが、新幹線開業によって大きく減便されて現在では1日1往復のみ。鹿児島空港から奄美大島や屋久島など県内離島路線への乗り継ぎがメインとなっている。それ以外にも影響が出たのが大阪―熊本線。新幹線開業で新大阪駅から熊本駅までを最速3時間1分で結ぶことになり、航空客の一定数が新幹線にシフトし、利用者が減少することになった。
九州新幹線開通では、思わぬ航空路線にも影響が出た。飛行機1機のみで運航している地域航空会社の天草エアライン(熊本県)が運航する福岡―天草線である。ほかの離島と大きく異なり、天草の島々は「天草五橋」で結ばれており、時間はかかるが福岡から陸路でも行ける場所だ。以前は在来線特急に乗って熊本駅からバスを使うと4時間近くかかっていたのが、九州新幹線の開業によって博多―熊本間が最速33分で結ばれたことにより、約3時間で博多駅から天草へ移動することができるようになった。
もちろん所要時間だけをみれば、1日3往復を運航している天草エアラインを使えばわずか35分で移動可能だが、料金での差は圧倒的。天草―福岡間は新幹線とバスの組み合わせが6850円、天草エアラインは1万3200円と陸上ルートの倍もかかる。
そこで天草エアラインが考えたのが、「観光」での集客に力を入れること。天草には観光スポットが数多くあり、グルメも堪能できる。地域の交通手段にとどまらず、観光の交通手段としての価値を高めていく戦略だ。機体は親子イルカを描いたかわいらしいデザインにしたほか、観光での集客のためにパッケージツアーの商品を強化。往復航空券に地元グルメのランチをつけたプランを8500円で売り出すなどした結果、観光客の取り込みに成功した。
ここ数年、新幹線開業後も減便や機材の小型化(ダウンサイジング)はあっても航空便が運休にならないのは、乗り継ぎ需要があることが大きい。特に羽田発着路線にその傾向が強い。
乗り継ぎが利用を後押し
乗り継ぎは、国内線・国際線双方に一定の需要がある。地方空港から羽田に到着した乗客は必ずしも東京が目的地ではなく、羽田空港から国際線に乗り継いで海外へ行く人、また国内線に乗り継いで地方空港から直行便が就航していない都市へ乗り継ぐ人も多い。特にこの5年で羽田空港発着の国際線が拡充し、国内線と国際線との乗り継ぎが増えたことも追い風となっている。乗り継ぎ客は新幹線で東京や品川で乗り換えるよりは、飛行機同士を乗り継いだほうが楽だ。
ANA、JALでは、国際線乗り継ぎの国内線を片道5000円で利用できるなど運賃面のメリットも多く、インバウンド(訪日旅行客)増加にも寄与している。その象徴が羽田―中部線。新幹線を使えば東京―名古屋間は1時間40分程度だが、羽田空港からの国際線増加でJALが2往復、ANAが1往復を運航しており、安定した搭乗率を記録している。
新幹線開業後も、災害などによって新幹線が数日以上運転できない際は、新幹線開業によって運休した航空路線および既存路線の臨時便が運航される場合が多い。11年の東日本大震災時においては、ANA、JALの両社が羽田―仙台・福島・山形・花巻などへの臨時便が運航された。
中越地震の際には羽田―新潟、熊本地震の際には福岡―鹿児島などの臨時便が運航された。
新幹線では1~2時間で行ける場所であっても、新幹線や高速道路が遮断されると陸上ルートで最大半日近く時間を要してしまう可能性もある。そんな場合も、到着地の空港が閉鎖されていなければ飛行機で移動することが可能になり、飛行機の存在感が増すことになる。
リニア開業で羽田―伊丹はどうなる?
将来的に航空路線に大きく影響を与える可能性があるのがリニア中央新幹線(以下リニア)。2027年に開業予定の品川―名古屋間は40分、 大阪まで全線開業すると品川―大阪間は67分で結ばれるようになる。現在、ANA、JALともに1時間に1本を運航する羽田―伊丹線は、2027年のリニア名古屋開業段階で減便される可能性も十分に考えられる。
ただ、前述した乗り継ぎ需要に加えて、名古屋でのリニア新幹線(地下ホーム)から東海道新幹線(地上ホーム)への乗り換えには15分かかるという想定で、荷物を持って移動しなければならない。時間が短縮されるとはいうものの、大阪まで乗り換えなしに行ける現状の東海道新幹線「のぞみ」と比べて手間もかかる点などを考慮して、リニア開業後も航空路線には一定の需要があると考えられる。
それでもさすがに2045年予定の新大阪駅開業の暁には、品川―新大阪間の所要時間が67分になることで、リニアに旅客需要は完全にシフトするだろう。その際は、羽田―伊丹線は、羽田での国際線乗り継ぎ目的の一部便のみになる可能性が高い。今後もリニアを中心に新幹線が開業するたびに、航空路線には減便・機材の小型化、さらには路線撤退といった影響を及ぼすことになるだろう。 東洋経済ONLINE
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