日本初の女性総理・三崎皓子の組閣人事から、この政治経済小説は始まります。
主人公の皓子が初めて登場したのは、『スケープゴート』。政界は女性の活躍が遅れており、政治家や官僚の方々からは、「日本で女性総理はまず無理」と断言されてきました。ならば小説で誕生させてみよう、と。
大学教授の皓子が民間人として金融担当大臣に登用され、与野党の対立の中で「当て馬」として総理になる話を書きました。この作品がテレビドラマ化された際、「総理として活躍する姿も見たい」とリクエストされ、「お任せください」と約束して書いたのが本作なのです。
皓子が組閣を行うタイミングで、荒川上流の秩父地方に局所的な集中豪雨の予報が出され、内閣の船出に大洪水が襲いかかります。
災害に対する備えについて、読者の方と問題意識を共有したいという思いがありました。近年は自然災害が過激化し、大規模な被害をもたらすようになっています。実際に、'15年には鬼怒川が決壊した大水害がありましたよね。同様のことが、東京が下流域にある荒川で起きたら。
東京は、地下鉄網や地下街が高度に発達した過密都市です。荒川水害の可能性について調査、取材をしてみると、仮に北千住近辺で堤防が決壊した場合、水はストローの中を進むように地下鉄網を猛スピードで流れ、目黒あたりまで被害が一気に広がる可能性があることがわかりました。
現場の河川事務所が懸命に対応しているから、平安に感じられることでしょう。でも、作中のような災害はいつ起きてもおかしくないんです。それに、都心のインフラは'60年代に整備されたものが多く、老朽化していることも危険性を増大させています。
私は'00年に、国債市場の暴落を描いた『日本国債』を書きました。これはセンセーショナルな内容だと国内外から注目していただき、もう17年も経過するのにいまだに反響があるんです。そしていま、日本の累積債務残高は増加する一方です。
国の借金の残高は当時400兆円でしたが、現在は1000兆円を超え、2・5倍に膨らんでいます。これは、子や孫の世代が得られるはずの税収を先遣いしているということなんです。
しかし現在、新発国債のほぼすべてを日銀が買い支えているため、危機的状況は国民に見えにくくなっています。つまり、日銀は金融市場にとって「スーパー堤防」のような存在になっている。一般の人が「決壊」の脅威を感じられないほどに危機が取り繕われ、隠されてしまっています。
財政や国債の問題に警鐘を鳴らすことは、私のライフワークでもあります。災害の問題と一緒に、多くの読者の方に知ってほしいと考えました。
なにか起こった時ではもう遅い
三崎総理は、内閣危機管理監・中本から報告を受け、「緊急事態宣言」を発令しようとしますが、これは困難を極めます。
調べてみると、日本ではこうした未曾有の危機の場合の法整備も遅れている。意外な盲点です。
「災害対策基本法」がありますが、これは災害が発生してからの対策についての法律で、発生前の予測に基づいた発令は前例がありません。
欧米では大統領が緊急事態宣言を事前発令できますが、日本の災害応急対策は、基本的に自治体に任されており、避難勧告は首長の責務となっています。
様々な経済活動、社会活動が複雑に入り組んだ首都圏では、確固とした方針のもと一気通貫に対策をする必要があります。でも、いまのところ法的な整合性をもってそうした対応をできるようにはなっていないのです。
対策が始まってからも、皓子は様々な困難に直面します。議員が保身に走り、関係閣僚会議が紛糾するシーンは現実のやり取りのようでした。
あそこ、ある政界の重鎮から「かなりリアルだね」と感想をいただきました(笑)。
国交省大臣が「おれは土木の専門家だ」と言って現場を混乱させる場面は、福島第一原発事故時の総理の発言を思い起こさせます。
その大臣の発言を受け、担当者が「現場は必死です。これ以上ディスターブしないでやってください!」と言うシーンですね。あれはあの時のみなさんの記憶を喚起したいと、有名になった発言をあえて使いました。
11年の東日本大震災でも'16年の熊本地震でも、あまたの人に不幸が降りかかり、多数の方々が犠牲になりました。しかし、まだまだ日本の災害対策は十分とは言えない。過去の大惨事を教訓にして、次に備えるのはとても大切なことです。
作中では、中本危機管理監が「危機管理の大原則は想像と準備」と語ります。われわれの持てる想像力と感性を総動員して想定を立てること、それに対して具体的な準備を怠らないこと、この両方がカギになります。危機を克服するため政治家も私たちも、災害が起きることを前提に、感度を高めておかなくてはなりません。その必要性が伝われば嬉しく思います。 週刊現代より
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