日本は素晴らしい国だが、投資はできない
ジム・ロジャーズは、一貫してアベノミクスを非難しています。
アベノミクスが始まったのは2013年からです。ロジャーズは、安倍首相がアベノミクスを宣言した直後から日本株を購入して、アベノミクス相場の初動では利益を拾っています。
ロジャーズ自身はとても日本のことが好きで、文化的には素晴らしい国だと評価しているのです。
しかし、日本経済の将来の見通しについて尋ねると、急に顔を曇らせて、「全否定」をし始めます。ロジャーズは、「私たちのような投資家にとっては良いかもしれないが、長期的に見れば、このような政策は破たんを招く」と言って譲りません。
本稿では、その一貫してぶれないロジャーズの発言を、関連する経済データと合わせて検証してみます。
アベノミクスの失敗を予言(2013年10月)
アベノミクスの一本目の矢とされる「日銀の異次元緩和」は、2013年4月4日に実施が発表されました。「2%の物価安定目標」を達成するまで継続することが決定されます。
- 物価安定の目標は「2%」(CPI前年比)
- 達成期間は「2年」を念頭にできるだけ早期に
- マネタリーベースは2年間で「2倍」に
- 国債保有額・平均残存期間は2年間で「2倍以上」に
「2」という数字をキャッチフレーズに、アベノミクスはのろしを打ち上げました。そのアベノミクスの開始から半年後の2013年10月15日、『THE WALL STREET JOURNAL』に掲載されたジム・ロジャーズの発言が以下です。
Q:
日本についてはどうか?
A:
日本株は相場が上昇した後の5月に売却したが、それでも少し早過ぎたかもしれない。というのも、これだけの流動性があれば日本株はもっと上昇し得るからだ。パーティー会場を後にした後、そこに戻るべきか否か考えていたが、自分が疑わしいと思っていることにかかわって良かったことはあまりない。
Q:
日本にとっての長期的な問題とは何か?
A:
日本の根本的な問題は人口動態だ。移民を受け入れたり、出生率が上がったりすれば、日本はとても魅力的になり得る。しかし、そうはなっておらず、財政出動もやめなければならない。日本は世界最大の対内債務国だが、安倍首相はさらに政府支出を増やすつもりだという。この10年間ほど、世界中の政治家たちが、過剰債務という問題をさらなる債務で解決すべきだと言っていることに私は驚がくしている。
出典:通貨不安に要注意―伝説的な投資家であるジム・ロジャーズ氏に聞く – THE WALL STREET JOURNAL
別に、日本政府は「債務問題をさらなる債務で解決しよう」とは一言も言っていません。しかしジム・ロジャーズは、最初からアベノミクスの本質を見抜いていました。
私たちは、政府筋の情報や経済学者よりも、投資家から情報を収集すべきです。このような本質を見抜く力がずば抜けているため、ジム・ロジャーズは成功してきたのです。
あと、ちゃっかりアベノミクス相場の初動で儲けたことを告白していますね。実は、ジョージ・ソロスもまったく同じ行動を取っていました。
2013年、アベノミクスの量的緩和政策による円安相場で10億ドルの利益を得る。また同年にクォンタム・ファンドは、55億ドルもの利益を上げた。これはヘッジファンド史上最高額であるという。
ジョージ・ソロス – Wikipedia
一流の投資家は、こういうチャンスを絶対に見逃しません。
ジム・ロジャーズ「安倍首相の施策は日本を破壊」(2014年11月)
2014年11月12日、日本経済新聞に「安倍首相の施策は日本を破壊」という、少し過激なタイトルの記事が掲載されました。次にその一部を引用します
Q:
日銀が追加的な金融緩和を発表するなど、アベノミクスを巡る新たな動きが目立ちます。どのように評価していますか。
A:
安倍首相の施策は日本を破壊している。日銀による追加的な金融緩和はさらに円安を進めて市場を喜ばせ、安倍氏の再選を狙うものだろう。私のような投資家や、一部の輸出企業には良い。だが、若者をはじめとする大半の日本人には悲惨なことだと思う。日本は対外的には債権国だが、対内的な巨額の債務を賄いきれなくなっている。なのにもろもろのコストは上がり、生活水準が低下するからだ。
歴史的にみても、自国通貨安で本質的に経済が救われた例はない。欧州や南米の様々な国が試みたが、一時的な刺激にはなれど長期的には成功しなかった。年金資産の運用見直しや少額投資非課税制度(NISA)導入など、投資家にとって良い政策もあった。
だが、大きな流れを誤っており、あの時にお札を刷りすぎて問題を深刻にしたのだと10年後に振り返ることになるのではないか。
出典:ジム・ロジャーズ氏「安倍首相の施策は日本を破壊」 – 日本経済新聞
「自国通貨安で本質的に経済が救われた例はない。欧州や南米の様々な国が試みたが、一時的な刺激にはなれど長期的には成功しなかった」この点はとても重要でしょう。
歴史的なデータを重視するのが、ロジャーズの思考法です。結局、人類の歴史は同じことを繰り返している、という主張が根底にあります。バフェットもロジャーズと同じように「歴史」に着目しています。
「我々が歴史から学ぶべきなのは、人々が歴史から学ばないという事実だ」とは、ウォーレン・バフェットの言葉です。
ジム・ロジャーズ「トランプ大統領で世界経済は変わらない」(2016年12月)
こうして過去の発言を振り返ると、ジム・ロジャーズは日本のことが嫌いなのか!? と感じてしまいますが、別にそういうわけではありません。
むしろ、ロジャーズは日本のことが好きで、来年、2人の娘を日本に連れてくる予定だと楽しそうに話していました。
ロジャーズが嫌っているのは、日本政府や企業の「過剰な債務」です。2016年12月3日、ジム・ロジャーズが来日しました。彼は東洋経済のインタビューに応じて、次のように述べています。
Q:
トランプ大統領の誕生で世界経済はどう変わりますか。
A:
一喜一憂をするべきではない。トランプ氏が大統領になったからといって世界経済のファンダメンタルズが大きく変わるわけではない。問題は世界の国々が借金を抱えすぎたため経済成長にブレーキがかかり、今の世代が親世代より豊かになれなくなっていること。その子ども達は、さらに豊かになるのが難しい。
こうした状況の中、世界中の人々が不満を抱えており、そこにシンプルな答えを掲げた人が白馬の騎士のように現れて『救ってあげよう』と言えば、誰もが熱狂してしまう。
米国だけでなく欧州やアジアなど、世界中で同じことが起きている。しかしそれで解決するほど問題は単純ではない。一人の指導者に過剰な期待を持つべきではない。
出典:ジム・ロジャーズ氏「日本株も円も買わない」 – 東洋経済
ロジャーズは、日本のみならず米国政府の抱える負債についても警戒しています。こちらの表は、先進各国の債務残高の対GDP比の推移です。
驚くほどの勢いで、債務残高が積み上がっています。日本の232.4%という値は、世界で最もGDPに比べて債務が大きくなっています。2001年の144.4%という数字ですら、ましに見えてしまうほどです。
また米国の債務残高(対GPP比)は、2001年にはたったの50.7%でした。それが今や111.4%に達しています。日本、米国、英国、フランス、イタリア、ギリシャの6ヵ国は、債務の膨張が止まらなくなっています。
このような状況を受けて、ロジャーズは次のように述べているのです。
Q:
2017年、世界経済はどう推移するでしょうか。
A:
心配だらけだ。中国が債務国になるだろうし、欧州では政治的な混乱が避けられない。おそらく、いくつかの国、いくつかの大企業が破綻するだろう。サプライズの多い年になる可能性があるように思う。
出典:ジム・ロジャーズ氏「日本株も円も買わない」 – 東洋経済
では、そもそも、なぜ政府の債務膨張は止まらなくなっているのでしょうか?
歴史上、政府は「r>g」の状況下で財政破綻を回避できない
2014年から2015年にかけて、トマ・ピケティの書籍『21世紀の資本』が世界的な論争を巻き起こし、一大ブームになりました。古代から現在まで統計データを集め、導き出した結論が「r(資本収益率)>g(経済成長率)」という1つの公式でした。
今までなんとなく、「労働者よりも資本家の方が儲かるのでは?」と感じていた命題を、統計的なデータを使って証明した功績は大きいでしょう。
実はこの公式「r>g」が、今の経済の構造的な問題をよく表しています。
「r>g」の意味を簡単に言うと、株価が上昇すれば投資家は儲けられるが、株式などの資産を持っていない人たちにとっては何の利益にもならない、ということです。
「リストラを実施する」というニュースが流れると、労働者は職を失って、収入が減ってしまいます。一方で、「リストラ」のニュースを好感し企業の株価が上昇して、投資家(資本家)の収益は上昇していきます。
政府も、立場としては労働者と同じで、株価が上がっただけでは何の利益にもなりません。政府の収入源は「税収」のみであり、経済成長率(g)に依存しているからです。
21世紀に入って、先進各国が経済政策を実施しているのに、イマイチ景気が盛り上がらなくなってきました。日本では、バブルが崩壊した1990年前半以降、何をやってもダメでした。
そしてついに日銀は、「日経平均株価に連動するETFと不動産投資信託(J-REIT)を、それぞれ年間8兆円/900億円買い切る」という政策を実施し始めました。
このETF買い入れは、他国の中央銀行が一切手を出してこなかった「禁じ手」です。従来の「量的金融緩和」と区別するために、「質的金融緩和」と呼ばれているものです。しかしそんな禁じ手を使っても、名目GDPはそれほど上昇していません。
<日経平均株価(年次)>
2012年 10,395円
2013年 16,291円 (前年比 +56.7%)←アベノミクス開始
2014年 17,450円 (前年比 +7.1%)
2015年 19,033円 (前年比 +9.0%)
2016年 18,426円 (前年比 +3.1%)
<日本 名目GDP/名目経済成長率>
2012年 475.3兆円
2013年 479.0兆円 / +0.7%
2014年 486.8兆円 / +1.6%
2015年 499.2兆円 / +2.5%
2016年 504.9兆円 / +1.1%
<日本政府 一般会計税収の推移>
2012年 43.9兆円
2013年 47.0兆円 (前年比 +7.0%増)
2014年 54.0兆円 (前年比 +14.8%増)
2015年 56.4兆円 (前年比 +4.4%増)
2016年 57.6兆円 (前年比 +2.1%増)
質的金融緩和により、アベノミクスの初動では日経平均株価が56.7%も上昇しました。その翌年の2014年の税収は47.0兆円から54.0兆円に増えましたが(14.8%増)、「r>g」であることには変わりがないのです。
ジム・ロジャーズが語った「不都合な事実」(2014年3月)
前述のようにジョージ・ソロスは、このアベノミクスを活用して10億ドルもの利益を上げました。ジム・ロジャーズも同様にアベノミクスを活用して儲けたことを明かしていましたが、2014年のインタビューでは次のようにも話しています。
現実をよく見れば、1億人を超える日本人のほとんどが幸せにならずに、一部のトレーダーや大企業だけが潤っている。
それが果たしてよい政策といえるでしょうか。
安倍首相の答えは「イエス」でも、多くの日本人にとっては「ノー」でしょう。
3月11日の会見で日本銀行の黒田東彦総裁は慌てて否定をしていましたが、いま日銀が追加の金融緩和をするのではないかと囁かれています。これも馬鹿げた話です。
追加緩和を実施すれば株価が上がるので株のトレーダーはまた大喜びするでしょうが、多くの日本人にとってはコストアップという形でより首を絞められることになるだけです。
追加緩和への期待感がマーケットでしか騒がれていないことが、いかにも象徴的です。
出典:「世界一の投資家」に独占インタビュー ジム・ロジャーズ「日本経済に何が起きるのか、教えましょう」 – 週刊現代
ここでジム・ロジャーズは、彼の立場であれば別に言わなくても良いことまで、正直に話しています。
国民の大半が儲けられず、一部のトレーダーや大企業だけが儲けても、「税収増」には直接、繋がりません。「質的金融緩和」は、資本家や投資家のためにはなりましたが、国民生活の「質」は何ら向上しませんでした。
ピケティが導き出した「r>g」は、古代から続いており、政府も、古代から破綻を繰り返してきました。ジム・ロジャーズの主張は、現在の経済システムの抱える根幹的な問題を指摘しており、解決が難しいという現実があるのです。
筆者が日本の破綻に備える理由
私は、日本の政策の失敗に備えて、ある程度、「保険」をかけておきたいと考えています。現在、取得価格ベースでIBM株に6,500万円を突っ込んでいますが、有事の際に、これを取り崩して、本チャンをこかすようなことは避けたいなぁ~と思っています。
AI革命が本格化すると言われているのは2020年以降です。今のIBMの業態が転換せず、株価が途中でバブル化しない限り、そのAI革命を見届けたいと願っています。
このホールド戦略をより強固なものにするためには、別の手段でのヘッジが必要だという考えに至ったのです。
ただ、保険とはいえ、例えば「日本国債ベアファンドを買います」と公言してしまっていいのかどうかは、迷う部分も正直あります。
「財政持続が不能になることに賭けている」のではなく、あくまで「単なる保険」であることを理解していただけると助かります。この件については、大まかには方針が固まったので、また別の機会にお話します。
ジム・ロジャーズ講演会で驚いたこと
ところで、今回のジム・ロジャーズ講演会には、株式、通貨(FX)、不動産、商品投資等、様々な投資分野に関心のある人が来ていました。おそらく、ロジャーズの投資対象が幅広いことに関係しているのかもしれません。
それで、たまたま会場の外のロビーで、不動産に投資している方と話しました。その方に「借り入れの際の金は固定ですか?変動ですか?」と聞いたら「全物件、変動金利ですよ(自信満々)」という恐ろしい答えが返ってきました。
もしかすると、ロジャーズが懸念している政府の債務残高の大きさと長期金利の変動を結び付けて考えていないのか…。
投資や経済について何も知らない人が「住宅ローンは変動金利です」というのはまだわかります(※しかし、その選択は間違いです)。現在のような歴史的な超低金利(政策金利が0%前後)の環境で、固定金利の支払いが大変なのだとしたら、元々の損益分岐点の設定を見直した方がよいのです。
固定金利に借り換えしておけば、有事の際には政府、企業、個人の持つすべての負債にリセットがかかって、逆に大儲けになります。そのため、普通の経済感覚の人は「固定金利」を選択しています。
負債を持っていない私でも、財政リスクの保険を検討しているぐらいなのに…。不動産投資をしていて、賃貸経営をやっている専業の経営者で、さらにロジャーズの講演会まで聴きにきていて、なぜ変動金利を選択するのか?
自動車を運転していながら、「自賠責保険に入らない」という選択があり得ないことは言うまでもありません。 MONEY VOICEより
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