今、アメリカで北朝鮮への軍事攻撃の機運が高まっている。将来の脅威を排除するため、北朝鮮国内にある核関連施設やミサイル発射施設などを破壊するなら今しかないというものだが、実際に攻撃が実施された場合、北朝鮮はどのような反撃に出るだろうか。CIAや米国防省をクライアントに持つシンクタンク「ストラトフォー」の予測を詳しく紹介する。
高まる朝鮮半島の地政学的リスク
前回のメルマガ(2016年5月27日号)では、アメリカによる北朝鮮軍事攻撃の可能性について詳しく解説した。
これまで、北朝鮮のキム王朝による軍事独裁体制は、中国にとってもアメリカにとっても好都合な存在であった。中国にとっては在韓米軍から本土を守るバッファーであったし、アメリカにとっては東アジアの脅威を煽ることで、米軍が日韓に駐留する口実にすることができた。
しかし北朝鮮が、水爆実験と核爆弾の小型化、そして北米西海岸に到達可能な大陸間弾道弾の開発に成功すると、北朝鮮の脅威は高まり、これまで米中両国が享受していたメリットはもはや主張できなくなる。北朝鮮の脅威がメリットを吹き飛ばしてしまう。
そこでアメリカは、キム・ジョンウンの体制を軍事的に崩壊させる検討を始め、2014年ころから軍事攻撃を時間をかけて準備するようになった。米軍と一体化した自衛隊の海外派遣を可能にした「安保法制」の可決もその準備である。
また、すでに米中両国の間では、キム・ジョンウンの失脚以後、すぐに南北を統一するのではなく、親中派の政権を樹立し、中国版の「改革開放」モデルを適用して経済発展させることで合意が成立しているとされている。
高的中率を誇る「ストラトフォー」の予測
そのようななか、CIAと米国防省を最大のクライアントに持つシンクタンクの「ストラトフォー」は、北朝鮮の軍事的な攻撃を検討する5回シリーズの長文記事を発表した。
「ストラトフォー」の配信する有料記事のなかには、将来現実となる軍事作戦を早期に予告する内容のものがある。イラク侵略戦争の開始は2003年3月20日であったが、その半年も前の2002年9月に「ストラトフォー」は、来るべきイラク侵略戦争の軍事作戦の具体的な内容を評論する記事を掲載した。半年後に実施された作戦は、まさに記事にある通りのものであった。
このように「ストラトフォー」は、予測なのかリーク情報なのかははっきりとしないが、将来実施される軍事作戦の内容を出してくるケースが多い。
今回の北朝鮮の攻撃に関する長文の記事も、北朝鮮攻撃が迫っていることの示唆として読むことも十分にできる。アメリカは、多数のB-2ステルス爆撃機とF-22戦闘機を使って北朝鮮国内の核関連施設とミサイル発射施設をすべて叩くとしている。
きな臭い韓国軍の特殊部隊創設
その後も、こうした攻撃の実施が近いことを示唆する情報が出ている。
まずひとつは、韓国軍が、有事の際に敵の中心人物を取り除く「斬首作戦」を遂行する特殊部隊の創設を決め、火力の補強などのため計300億ウォン(約27億9000万円)の予算を組んだことである。
これによって韓国軍は、特殊戦司令部の配下にある一部の部隊を再編成し、有事の際に「敵の核心標的」を打撃する独立作戦を遂行する準備をしている。「敵の核心標的」とは北朝鮮の首脳部、核施設、ミサイル基地、大量破壊兵器関連施設などのことだ。特殊部隊は一個旅団規模を検討している。
さらに韓国とアメリカは、斬首作戦を遂行する特殊部隊の合同訓練も強化するという。米軍は最近、朝鮮半島に「グリーンベレー」と呼ばれる陸軍の主力特殊戦部隊「第1特殊部隊グループ」、海軍特殊部隊ネービー・シールズなどを派遣した。これらの部隊は、韓国軍の陸軍特戦司や海軍特殊戦戦団などと合同訓練を実施した。北朝鮮の要人を除去して北朝鮮の大量破壊兵器や指揮・通信施設を攻撃する訓練は、昨年だけでも計10回にわたって行われたという。
さらにこのようななか、韓国空軍の首脳部からも「有事において、北朝鮮最高指導部の『物理的除去』を核心任務のひとつとすべきだ」との提案が飛び出している。「物理的除去」とは、すなわち「殺害」を意味する。
提案を行ったのは、韓国空軍の戦略立案を担う空軍本部のユ・ジェムン戦略企画課長(大佐)。5月25日のセミナーでの発言に先立ち、前日に配布した資料の中で上記のように説明し、北朝鮮指導部、すなわち金正恩氏らに対する「斬首作戦」の必要性を強調した。
米韓合同軍+日本による北朝鮮攻撃
このように、いま軍のレベルでは、北朝鮮攻撃に向けた機運が次第に高まりつつあるようだ。やはりこれは、いつとは断定できないが、比較的に近い将来米韓合同軍による北朝鮮攻撃が近い可能性を示唆しているのかもしれない。そのような攻撃が実施されると、日本には「集団的自衛権」があるので、機雷掃討やロジスティックスを担当する後方部隊として自衛隊も戦闘に参加することになるのは間違いない。
前回メルマガの記事では「ストラトフォー」による米軍の北朝鮮攻撃のシミュレーションを見た。韓国と日本の米軍基地から飛び立ったB-2ステルス爆撃機やF-22攻撃機の部隊、そして潜水艦から発射される巡航ミサイルによる空爆で、北朝鮮国内にある核関連施設やミサイル発射施設などを一気に破壊してしまうというものであった。この攻撃に対する北朝鮮の反撃は、どのようなものになるのだろうか?
「ソウルは火の海にはなる」は本当か?
日本では北朝鮮の攻撃が始まると、北朝鮮のミサイルと戦闘機が一斉にソウルを攻撃し、ソウルは焼け野原となって廃墟と化すと喧伝されている。下手をすると核がソウルに打ち込まれないとも限らない。
しかし「ストラトフォー」の評価では、そのような大規模な反撃の可能性は比較的に低いという。それというのも、北朝鮮が反撃すると、米韓合同軍に北朝鮮の攻撃拠点の位置が明らかになってしまうため、攻撃拠点のほとんどは最初の反撃の後徹底して破壊されてしまうからだ。したがって、反撃が有効なのは最初の一回だけであり、ソウルの被害もそれだけ限定的になる可能性が高い。
しかし、それでもそれなりの被害は覚悟しなければならない。北朝鮮の反撃は以下の手段で実施される。
火砲による砲撃
北朝鮮は相当な数の火砲を保有し激しい砲撃が可能である。これは韓国にとって脅威となることは間違いない。北朝鮮は韓国国境にかなりの数の砲台を準備している。
だが、そのうち実際にソウルに射程が届くものは「コクサン170ミリ自走砲」、ならびに「240ミリと300ミリ多弾頭ロケットシステム」の2つだけである。これらでも北朝鮮国境からソウルの中心街に着弾することは不可能で、せいぜい被害はソウル北部の郊外に限定される。
北朝鮮はこの他にかなりの数の火砲があるが、それらは時代遅れであり、射程も相当に短い。北朝鮮国境からソウルには到達できない。また、これらの古い火砲の不発率はかなり高く、「ストラトフォー」の調査では25%にも及ぶ。最近、火砲の近代化が図られているものの、それでも不発率は15%程度とされている。
このような状況を見ると、火砲による反撃がソウルに壊滅的な被害をもたらすとは思われない。しかし、ソウルの被害が限定的なものにとどまったとしても、防空壕への市民の避難など、大規模な準備は必要になるはずだ。
ミサイル攻撃
北朝鮮は「ワソン」「ノドン」「テポドン」の3種類の移動式ミサイルを約1000発保有している。これらのミサイルの射程距離は長く、ソウルを含め韓国のどの地域も射程に入る。しかし、最近の「ノドン」の発射実験失敗から分かる通り、これらのミサイルは決して安定していない。一度でも発射に失敗すれば、米韓合同軍の反撃の対象となり、壊滅させられる。
「VXガス」「サリン」等の化学兵器による攻撃
北朝鮮は2500から5000発の化学兵器の弾頭を保有している。これらは「VXガス」と「サリン」だ。しかし、化学兵器の劣化のスピードは早く、現在保有している弾頭は相当に劣化し、使いものになる水準ではないと思われる。
また、これら化学兵器の弾頭を搭載可能なミサイルの数は非常に少なく、化学弾頭の約1%程度しか発射する能力がない。
このように見ると、北朝鮮の化学兵器は実践的な兵器というよりも、韓国に与える心理的な影響のほうが大きいと見て間違いない。
一方、北朝鮮の生物兵器は開発が始まったばかりだ。まだ、実戦配備できる状況にはない。
特殊部隊と破壊工作部隊による攻撃
北朝鮮の反撃の中心となり、もっとも効果的なのは特殊部隊と破壊工作部隊を用いた攻撃だ。長い間北朝鮮は韓国との軍事的な非対称性を認識しており、そのギャップを埋めるために、トンネル、潜水艇、アントノフAn-2のようなスパイ機などを用いた破壊工作活動を強化してきた。
攻撃が始まると、北朝鮮はこれらを使って韓国の中心的なインフラを破壊する恐れがある。それは韓国にとって大きな打撃となろう。また、韓国軍は特殊部隊の撃滅に兵力を集中することから、北朝鮮の主力部隊の攻撃に対して手薄となろう。
さらに北朝鮮の特殊部隊は、韓国軍の制服を着用して侵入し、韓国軍同士の同士討ちを誘導するだろう。
北朝鮮空軍
北朝鮮は800機の戦闘機を保有している。しかしながらこれらの戦闘機はあまりに時代遅れであり、またスペアパーツの不足とパイロットの訓練不足から使いものになる水準ではない。したがって、空軍の脅威は限定的となろう。
それでも大量の戦闘機でソウル攻撃に向かい、そのうちの数機はソウルまで到達する可能性はあるが、ほとんどが撃墜されてしまうだろう。
また北朝鮮は、無人機を使った攻撃にも力を入れているようだが、無人機も完成度が低く、米韓合同軍の防空網を突破することは実質的に不可能だ。
北朝鮮海軍
北朝鮮海軍は魚雷艇やミサイル艦など小規模の艦艇を保有しているが、やはり空軍と同じく時代遅れの兵器だ。しかしそれでも、米韓の海軍に対してヒットアンドランの攻撃は実施可能だ。だが米韓合同軍の反撃が強まるにしたがい、これらの艦艇は一掃されるだろう。したがって、北朝鮮海軍の脅威も限定的なものにとどまる。
海軍でもっとも大きな脅威となるのは、北朝鮮の潜水艦部隊である。北朝鮮海軍は70隻のディーゼルエンジンの比較的に小型の潜水艦を保有している。ただ、こうした潜水艦は遠洋航海には向いておらず、活動範囲は朝鮮半島の沿岸部に限定される。したがって、むしろ潜水艦の攻撃対象となるのは商船になるだろう。活動範囲は日本海も含まれる。
北朝鮮潜水艦部隊は長期の隠密任務を遂行することが可能だ。だから、戦闘が終了しても長期間にわたって商船の脅威となる可能性がある。
北朝鮮サイバー攻撃部隊
北朝鮮のサイバー攻撃部隊の存在はよく知られている。この部隊の過去の攻撃記録を分析すると、無意味なデータを大量にサーバに送って停止させる「DDoS」攻撃が一般的な手段になっている。しかしこの攻撃方法は比較的に原始的なサイバー攻撃で、サーバを一時的に停止させる能力しかない。
他方、北朝鮮は「ダークソウル」と呼ばれるトロージャン型の強力なスパイウエアを持ち、インフラシステムをクラッキングすることができる。2013年、このスパイウエアを介して韓国の金融機関のシステムがクラッキングされ、一時的に停止した事件があった。これは確実に脅威となることは間違いない。
しかし、戦争状態でこうしたクラッキングの有効性は疑問である。スパイウエアを介したクラッキングでは、ターゲットとなるインフラやサーバに関する情報を時間をかけて収集し、サーバの動作を把握しなければならない。戦闘状態ではこうした情報を収集する時間はほとんどないので、クラッキングがどこまで成功するかは分からない。
北朝鮮軍の反撃は限定的だが日本にも被害?
以上の分析から明らかなように、北朝鮮軍の反撃は限定的であり、軍のすべての能力を使用することはできない。しかし、それでも北の反撃は韓国に甚大な被害を与えることになる。多くの民間人の人命が失われ、韓国経済は長期にわたって低迷することだろう。
また、日本も攻撃対象となり被害が出るはずだ。
では北朝鮮との戦争は現実になるだろうか?非常に近い将来、北朝鮮は核弾頭を搭載できる大陸間弾道弾の開発に成功してしまい、戦争を先延ばしにすると将来もっと悲惨な核戦争が起こる危険性が増す。この核戦争を回避したいのであれば、攻撃のタイミングは今しかない。
だが、北朝鮮はこの状況をよく承知しているため、自分から攻撃の引き金を引くことはないであろう。時間を引き伸ばして、その間に実戦で使用可能な核兵器の開発を完了させるつもりのはずだ。攻撃の口実は作らないだろう。
他方、アメリカも選挙の年であり、オバマ大統領も「北朝鮮攻撃を失敗させた大統領」として歴史に名を残したくないはずだ。北朝鮮攻撃が失敗するリスクがあるうちは攻撃に慎重にならならざるを得ない。
したがって、いつ攻撃が行われるかは断定できない。しかし、攻撃のタイミングを逸すると将来の核戦争の危険性が高まるので、アメリカとしても攻撃するとしたら今しかないのではないか。
「ストラトフォー」は凡百のシンクタンクではない
長くなったが、これがCIA系シンクタンク「ストラトフォー」による北朝鮮攻撃のシミュレーションである。結論部分にあるように、将来の本格的な核戦争を回避したいのであれば、攻撃の時期は今しかないと早期の攻撃を促す内容になっている。
先にも書いたように、「ストラトフォー」は専門家が情報を分析し、それを報告書として出している一般のシンクタンクではない。「ストラトフォー」はCIAの元主席分析官であり、いまも米政権の外交政策に大きな影響を及ぼしているジョージ・フリードマンが設立したシンクタンクである。
「ウィキリークス」からのリークで、「ストラトフォー」がCIAと一緒になり、海外で多くのインフォーマント(内部情報提供者)を使い諜報活動をしている実態が明らかになっている。
このように「ストラトフォー」は、CIAと国防省に特殊なつながりを持つシンクタンクである。だからイラク侵略戦争の半年も前に、アメリカの軍事戦略の詳細もシミュレーションできたのではないかと思われる。もちろん実際に攻撃が行われるのかどうか、またいつ行われるのかはまだ分からない。しかし注視しなければならないことは確かだ。 MONEY VOICEより
ストラトフォー(英 Stratfor)は、アメリカ合衆国の民間シンクタンクかつ出版社。 正式名は「ストラテジック・フォーカスティング有限会社」(Strategic Forecasting, Inc.)。インターネット・サイトで情報配信を行う。
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2016年6月10日金曜日
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