近代化に向けて歩んだ日本と中国の道のりは大きく違っている。日本は明治維新を成し遂げ、鎖国解除から極めて短期間で世界の列強へと名を連ねたが、当時の清朝は洋務運動を成功させることができず、最終的に滅亡するに至った。
中国メディアの今日頭条は7日、日本と中国の近代化に向けた道のりの違いと、その違いを生み出した要因について考察する記事を掲載し、なぜ、日本だけが鎖国中の立ち遅れた国から「華麗な転身」を実現できたのかを考察している。
記事は、清朝の洋務運動は成功を収めることができず、その後の改革や革命においても苦難の連続だったと主張する一方、日本は長らく鎖国していたにもかかわらず、極めて短期間で国力を増大させ、清朝を一気に超えてアジアの強国になったと指摘し、この違いは一体何が要因だったのかと問いかけた。
続けて、開国までの日本は中央政権が確立されていない封建国家であり、徳川幕府が実質的に国家権力を掌握していたが、名目上は天皇こそが国の最高権力者であるという構造だったと指摘。こうした構造は倒幕と新政府樹立に向けた合法性をもたらしたとし、構造の違いが明治維新と洋務運動の成否を分けた要因の1つであると論じた。
さらに、当時の日本と中国の違いの1つとして「教育水準」の差を挙げ、日本の識字率は世界的に見ても非常に高かったとしたほか、日本は鎖国中もオランダから積極的に知識を導入していたと紹介。一方、中国は長期にわたって愚民政策を実施してきたため90%以上の人が文盲だったと指摘し、洋務運動を行ったのは一部のエリートであり、一般の人びとは文明とは何かすら分からない状況であったため洋務運動は理解されなかったと指摘した。
また記事は、当時の日本はほぼ単一民族国家だったが、清朝は満州民族による王朝であり、その王朝による洋務運動は人口の大半を占めていた漢民族の理解を得られなかったと主張。こうした違いが日本の明治維新成功と清朝の洋務運動失敗につながり、最終的には近代化に向けて歩んだ日本と中国の道のりの違いにつながったと伝えている。
サーチナより
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2018年2月10日土曜日
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