政府は航空自衛隊の戦闘機に搭載する長射程巡航ミサイルを導入する方針を決め、22日に閣議決定する2018年度予算案に関連経費約22億円を計上した。新たなミサイルは日本から北朝鮮に届く性能を持ち、敵基地攻撃にも転用が可能。来年の通常国会で、国の基本政策である「専守防衛」との整合性を問われることとなる。論争を呼ぶ巡航ミサイルの導入決断の背景を探った。
「国会は大丈夫なのか」。今月1日の首相官邸。安倍晋三首相は長射程巡航ミサイル導入の必要性を説明した小野寺五典防衛相に問いかけた。ミサイルの射程は日本海から北朝鮮・平壌まで届き、政府が否定してきた敵基地攻撃に転用できる能力を持つ。
首相は来年1月からの通常国会で野党の追及をかわし切れるか懸念した。小野寺氏は「自衛隊員の安全を確保しながら日本を防衛するためには必要です」と訴えた。首相は最終的には理解を示し、防衛省は与党幹部への根回しに着手した。
政府が導入を目指すのは、ステルス性能があるF35戦闘機に搭載予定の対地上・対艦艇攻撃用の「JSM」(射程約500キロ)、F15戦闘機に搭載される対地用の「JASSM(ジャズム)-ER」(同約900キロ)、対地・対艦用の「LRASM(ロラズム)」(同)の3種類。空自に現在配備されている対艦ミサイル「ASM2」の射程は約170キロ。新規ミサイル導入で射程が3倍以上に伸びる計算だ。
政府は導入するミサイルを敵の対空ミサイルの射程外から攻撃する「スタンドオフ・ミサイル」と位置づける。杉山良行前航空幕僚長は8日の記者会見で「できるだけ『長いやり』を持つことは、操縦者の安全確保の観点で非常に好ましい」と強調した。
敵基地攻撃について政府は、敵国のミサイルなどの攻撃を防ぐのに「他に手段がない」場合であれば「法理的には自衛の範囲に含まれる」と解釈。1956年に当時の鳩山一郎内閣は「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」と容認する見解を示した。ただ、基本方針である「専守防衛」との兼ね合いから、弾道ミサイルや長距離爆撃機など敵基地攻撃用の「攻撃型兵器」は保有できないと解釈され、長射程の巡航ミサイルも同列に位置づけられてきた。
一方で、各国の軍事技術の進展でミサイルの長射程化が進み「攻撃型兵器」と「防御型兵器」の境界が不明確になっているという現実がある。小野寺氏は「敵基地攻撃能力は、日米の役割分担の中で米国に依存しており、今後も基本的な役割分担を変えることは考えていない」と説明し、あくまで「防御型兵器」だとの見方を示している。
軍事的には、巡航ミサイルの保有だけでは敵基地攻撃は困難だ。標的の位置を捉えるための偵察衛星や、ミサイル迎撃を狙う相手のレーダー網を無力化する電子戦機などの装備体系が必要とされる。政府は現在、6基の情報収集衛星を運用しているが、特定地点の撮影能力は「1日1回」程度とされており、リアルタイムで標的をとらえるのは不可能だ。自衛隊幹部は「相手の『目』(防空網)をつぶすための電子戦能力もないので、簡単に敵基地を攻撃できない」と話す。ただ、裏を返せば、こうした装備を将来的に導入すれば、敵基地攻撃能力の保有は実現することになる。
トランプ政権が追い風
防衛省は今年1月ごろから水面下で、長射程巡航ミサイルの性能や開発状況について調査を始めていた。導入検討が本格化したのは8月上旬だ。自民党安全保障調査会の検討チーム座長として、巡航ミサイルを含む敵基地攻撃能力の保有を提言した小野寺五典氏が防衛相に就任したのが契機となった。
小野寺氏は防衛相就任後、「敵基地攻撃能力を保有する計画はなく、検討もしていない」との発言を繰り返しているが、巡航ミサイルの導入には前向きだった。8月の2018年度予算案の概算要求には間に合わなかったが、年末の予算案策定時に追加要求することを狙い検討を加速させた。
米国で1月にトランプ政権が誕生したことも追い風となった。11月上旬に来日したトランプ大統領は安倍晋三首相との共同記者会見で「日本が大量の防衛装備を買うべきだ」と述べ、日本への装備品売り込みに意欲を表した。
防衛省幹部によると、過去の米政権は日本が長射程ミサイルなど攻撃的兵器を保有することは、地域情勢の不安定化につながるとして、提供には慎重だった。しかし、トランプ政権は同盟国にも応分の防衛負担を求める戦略をとる。武器売却が米国の経済活性化につながるとの思惑もあり、長射程ミサイル売却に異を唱えなかった。
長射程の巡航ミサイルの導入は過去にも政府内で検討されたが、公明党の反対で頓挫した経緯がある。公明党幹部は12月初旬、ミサイル導入への理解を求める防衛省幹部に「うちは『島しょ防衛のため』という説明ではもたない」と消極姿勢を示した。
防衛省は導入の根拠を練り直し、「北朝鮮の脅威からイージス艦を守るため」との「目的」を追加した。核・ミサイル開発を加速化する北朝鮮と関連づければ「世論の理解を得やすい」(防衛省幹部)との狙いだった。この説明で公明党も容認に転じた。
実際には北朝鮮のミサイル艇の対艦ミサイルの射程は100~200キロ程度。「イージス艦の脅威にはならず、長射程ミサイルの導入理由としては不十分だ」(防衛省幹部)との指摘もあるが、「北朝鮮の脅威」という金看板が慎重論を抑え込んだ。
立憲民主党の枝野幸男代表は18日の講演で「敵基地攻撃能力を持つために導入するのか。そうでなければ歯止めはどこにあるのか。国会審議で問いただしていく」と訴えた。自民党の閣僚経験者は「就任前に敵基地攻撃能力の保有を政府に求めた小野寺氏が、『能力保有を想定していない』と答弁して、国会審議に耐えられるのか」と懸念する。
毎日新聞より
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