1975年8月4日、一幹部が金正日総書記に呼ばれた。執務室に足を踏み入れた彼は、思わず緊張した。総書記の怒気を含んだ目が自分をにらんでいるのである。こんなことはついぞ経験したことのない彼であった。
続いて、行事や集会のたびに私の歌を歌っているということは本当ですか、という総書記の厳しい声が部屋中に響いた。
彼は返答に窮した。
当時、『親愛な金正日 同志の歌』をはじめ、総書記をたたえる歌が創作され始めていたが、それらの歌はたちまちのうちに全国に流行して、老いも若きも、幼い子どもたちも喜んで愛唱し、行事などの際は、『金日成将軍の歌』とともに総書記をたたえる歌も歌わされていたのである。
総書記はそのことを知って、彼を呼んだのであった。
「私は君に、一切の行事と集会では『金日成 将軍の歌』だけを歌うようにと指示しているが、それが一向に守られていないのだ。
君は、幹部が行事のたびに気ままに私の歌を歌わせるようなことを二度としないようにし、そんなことを企画した者が出たら処罰せよと指示したにもかかわらず、自分の一存で黙殺してしまった。……君が私の指示を好き勝手に解釈して、実行をさぼったのはよくありません」
こう叱責した総書記は、今後は無条件歌えないようにすることだと厳しく指示した。
彼は、こうなったからには事情をありのままに説明して、了解を得るほかないと思った。
「指導者同志、人民が心の底から喜んで歌っているものを、私がどうやって禁止することができましょうか。私には歌を禁止する措置を講じるだけの才幹がありません。それに、たとえなんらかの措置を講じたとしても、人民は絶対に受け入れないでしょう」
「何と言ってるんです」
総書記はきっとなって、自分の最大の念願は金日成 同志をたたえる歌声が国中にみなぎるようにすることだけだ、私の歌は絶対に歌えないようにしなさいと厳命し、こう続けた。
「今後、会議や行事の際は他の歌は歌わず、『金日成 将軍の歌』だけを歌うようにすることです。私の指示を再び違えたら、君を解任するほかない」
総書記は、自分と一緒に最後まで革命を行うつもりならば、指示を無条件実行しなさい、手の施しようがなくなる前に、直ちに必要な措置を講じることです、と厳しく命じた。
彼は執務室を辞して街路へ出た。たまたまその時、一団の児童が列をなして歩きながら元気よく歌っていた。
白頭の気象一身に抱き
朝鮮の空に輝く日ざし
革命の赤旗を高だかと
チュチェの祖国輝かす
ああ 親愛なる指導者同志
その名輝け金正日 同志
彼は歩みを止めて考えた。
(心の底から湧き出るあの歌を禁止する? いかなる方法をもってそんな指示が実行できようか) 朝鮮中央通信より
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