市場崩壊に備える
2016年に入り、ジョージ・ソロスは世界経済の行く末をとても懸念しています。中国経済のハードランディングは「事実上不回避」だとしています。
今や世界第2位の経済大国である中国が落ち込むことで、世界的な不況と、市場の値下がりを予想しています。
今のところ、ソロスの読み通り、人民元(USD/CNY)はどんどん下落しています。また最近の報道で、S&P500の下落に倍賭けをしていることも明らかになっています。
ソロスによるS&P500連動ETFのプットオプション保有数は、2016年3月31日の210万口から、2016年6月30日の約400万口にまで倍増しました。プットオプションとは「売る権利」のことで、株価があらかじめ決められた価格をこえて大幅に下落すればするほど、莫大な利益になります。また金の保有、金鉱株までも大幅にポジションを縮小しています。本来、金のポジションはリセッションがあっても安全だとされているにも関わらず手放したことから、相当な警戒感を持っていることは確かでしょう。
ソロスファンドの最新状況は、11月15日に米SECへの報告により明らかにされますが、その動向にも依然、注目が集まるところです。
そんなソロスは、前回のリセッションにあたるリーマン・ショック(2008年)を的中させ、その前後に2冊の本を上梓しています。この「予言書」とも呼ぶべき書籍を題材に、ソロスは金融危機の前後にどのような予想を行い、どのぐらいの精度で当たったのか?それとも外れたのか?を検証するのが本稿の趣旨です。
2冊の「予言書」
ソロスは、2008年9月15日に発生したリーマン・ショックを事前に予想していました。そして、リーマン・ショック前と後に、次の2冊を上梓しています。
1冊目(リーマン・ショック前)
(書籍名)
『ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ』
(原著名)
The New Paradigm for Financial Markets Large Print Edition: The Credit Crash of 2008 and What it Means
(リリース日)
原著:2008年5月5日 邦訳:2008年9月2日
2冊目(リーマン・ショック後)
(書籍名)
『ソロスは警告する 2009─恐慌へのカウントダウン』
(原著名)
The Crash of 2008 and What it Means: The New Paradigm for Financial Markets
(リリース日)
原著:2009年3月30日 邦訳:2009年6月12日
1冊目の『ソロスは警告する』は、本がリリースされてから3カ月後(日本では2週間後)にリーマン・ショックが発生したことから、当時「予言書」として大いに売れて、世界的なベストセラーになりました。
ソロスは書籍の中で、「世界の現実的な姿」が、本当の世界との間で大きく乖離している点を指摘しました。
そして、サブプライム住宅ローンのバブル崩壊を見事に的中させた翌年、続編となる2冊目の『ソロスは警告する 2009』をリリースしました。この2冊目では、リーマン・ショックの振り返りと総括、自分の行った投資の状況報告、そして、今後の展開予想が述べられています。
2冊とも、ソロスの持論である「再帰性理論」について多くのページが割かれているのですが、本稿ではソロスの予想部分のみを取り上げて検証します(再帰性理論については次回メルマガで詳しく解説します)。
リーマン・ショック前の「ソロス予想」はどれくらい的中した?
1冊目『ソロスは警告する』は、リーマン・ショックの3カ月前にリリースされました。この時点ではソロスも、「リーマン・ブラザーズ」という投資銀行が倒産してしまうところまでは予想していません。
ただ、米国で盛り上がっていた住宅バブルの崩壊に伴って、世界的なリセッションが発生するところまでは予想していました。具体的には次の通りです。
予想1『サブプライム住宅ローンバブルの崩壊と金融危機』
やがて、アメリカ政府は税金を投入して住宅価格の下落を食い止めなくてはならなくなるだろう。その決断がくだされるまで、住宅価格の下落は加速度的に進行し、担保割れ住宅からは持ち主が逃げ去り、破綻する金融機関の数がどんどん増え、ドル離れの動きも不況も悪化するはずである。(P217より引用)
『ソロスは警告する』の中でも、まさに中核となっている警告内容です。この内容はスバリ的中します。
2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが倒産して、高い信用力を持っていたAIG、ファニーメイやフレディマックが国有化される事態にまで発展しました。ベアー・スターンズはリーマン・ショック前の2008年5月30日に、JPモルガン・チェースに救済買収されました。
当時、米国の住宅価格が同時多発的に下落するのは、70年に1度と見積もられていました。破綻した金融機関はサブプライムローンの1年間の破綻確率を70分の1と計算して、1.4%(1÷70)に設定していました。この年間1.43%をベースにCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の価格を設定していました。大雑把に言えば、住宅ローン3000万円の保証を1年間43万円で引き受けていたのです。
しかし元々、破綻確率を時間で割る(タイムスライスする)のは間違っています。なぜならそれは、まるで70発の球数を持つピストルを手に持ち、「70発中、実弾は1発しか入っていないので大丈夫ですよ」と言って、1年に1回、自分に向けて発砲するかのような行為だからです。
3000万円の保証を年間43万円で引き受けられる状況は、ピストルのシリンダーを時計回りに1年に1つずつ回転させていき、70年後に実弾が発射されるという特殊な条件だった場合のみです。それだったら、3010万円(42万円×70年)を得ているので、70年後に生じる3000万円の損失をカバーできます。
しかし、現実にはそんな条件になっているはずもなく、毎年、ピストルのシリンダーをロシアンルーレットのように回転させて、引き金を引いて、1回カチッとやっています。
バフェットはCDSのような金融派生商品を「金融の大量破壊兵器」だとして、広く投資家に注意を呼び掛けています。
最もCDSを売りまくっていたAIGは、保険屋さんの確率理論で、より多くのCDSという保険を売れば売るほどリスクが分散されると勘違いしていました。サブプライムローン自体の損失よりも、このCDSにより、リーマン・ブラザーズ、ベアー・スターンズ、AIG等は破産に向かったのです。
そして、なぜかリーマン・ブラザーズだけが救済されずに倒産してしまいます。ソロスは次の2冊目の書籍で世界恐慌を危惧して、リーマン・ブラザーズも救済すべきだったとしています。
第2、第3の予想はどうなったか?
前ページから引き続き、リーマン・ショック前の2つ目の予想を見ていきます。
予想2『落ちるドル、限界以上に上がり続けるユーロ』
諸外国のドル保有意欲が減退してしまっている。すでにアメリカ国外を流通するドルはあまりにも多く、資産をドル以外の通貨に分散させようと、誰もが必死になっている。その結果、ドルに対する通貨準備の最大の対抗馬というべきユーロの為替相場は、すでに維持不能の高水準まで押し上げられてしまっているのに、まだまだ上昇しそうだ。(P194より引用)
為替の予想が得意なはずのジョージ・ソロスが珍しく外しています。リーマン・ショック後、ドルに対してユーロはどんどん安くなっていきました。
2008/01/01:1ドル=0.6728ユーロ
2009/01/01:1ドル=0.7827ユーロ
2010/01/01:1ドル=0.7339ユーロ
2011/01/01:1ドル=0.7305ユーロ
2012/01/01:1ドル=0.7647ユーロ
2013/01/01:1ドル=0.7340ユーロ
2014/01/01:1ドル=0.7415ユーロ
2015/01/01:1ドル=0.8859ユーロ
2016/01/01:1ドル=0.9228ユーロ
2016/11/02:1ドル=0.9038ユーロ
ドル離れどころか、一貫してドル高が続きました(1ドルと交換するのに、より多くのユーロが必要になっているので「ドル高ユーロ安」です)。ソロスの予想に従ってドルを売っていた投資家は、痛い目に遭ったことでしょう。
予想3『アメリカがくしゃみをしても新興国は大丈夫!』
世界経済のGDPの七割を占める先進諸国がこれまで述べてきたような調子だが、世界経済全体として楽観材料もないわけではない。産油諸国といくつかの発展途上国に、とても好ましい動きがあるからだ。かつて「アメリカがくしゃみをすれば世界が風邪をひく」というのが通例だったが、もはやそういう時代ではなくなったようなのだ。(P199より引用)
※現在では「発展途上国」ではなく「開発途上国」や「新興国」と訳するべきですが、日本語版書籍の文面をそのまま引用しています、ご容赦願います。
実はソロスは、この予想も外しています。当時、「デカップリング」説が強く信じられていました。
デカップリングとは、アメリカ経済が停滞しても、BRICsなどの新興国が高成長を維持しながら、世界経済を牽引していくという現象です。カップリングとは「ある物とある物が連動する」という意味ですが、デカップリングとはその逆に「連動しない」ことを指します。
ソロスは2冊目の書籍で、このデカップリング説を信じたことをとても反省していました(後で詳しく触れます)。
予想4「中国は将来、『アメリカの覇権』に対する挑戦者に」
中国はジョージ・W・ブッシュが大統領に選出された時点で予想されていたよりもずっと早くアメリカの覇権に対する挑戦者になりそうだ。<中略>躍進著しい中国をいかにして国際秩序の中に迎え入れるかかが、アメリカ次期政権の最大の課題になる。(P202より引用)
この予想は見事に的中しています。中国のGDPは2010年に日本を抜いて、世界第2位の規模となり、国際的な地位も向上してきています。
このように、1冊目の書籍で語られたソロスの予想は、金融危機の最大の引き金を引くことになったサブプライムローンバブルの崩壊を的確に予想し、的中させていました。一方で、それ以外の予想の精度には少しバラツキがある印象です。
リーマン・ショック後の「ソロス予想」はどれくらい的中した?
次に、2冊目の『ソロスは警告する 2009』を見ていきます。この書籍では2008年のリーマン・ショックの結果を踏まえて、2009年の見通しを次のように述べています。
予想1『資産は円と金に向かう』
資産家は安全性を求めて日本円と金(ゴールド)に向かうだろうが、それも当局の抵抗に遭遇するのではないだろうか。特に、円高には日本政府は素早く反発するであろう。そして安全性を求める投資家と、為替介入によって輸出を守ろうとする日本の通貨当局の間で熾烈な攻防が起こり、為替市場は大混乱に陥るであろう。(P70より引用)
予想2『アメリカ経済は2009年末に底打ちする
たとえ最良の政策をオバマ政権がとったとしても、アメリカの経済成長は世界全体のそれを下回ることになるであろう。大底は2009年の末ごろになるのではないだろうか。(P71より引用)
予想3『中国経済はいち早く、そして力強く回復する』
中国経済についての見通しという点では、私は中国が最初は深刻な不況に陥るが、短期間で回復を遂げるものと信じている。私の予測では2009年の半ばに中国の景気は底打ち、その後の回復も力強いものとなり、2009年を通しては年率8%の成長を実現できるのではないだろうか。(P74より引用)
予想4『ユーロはかえって強くなる』
ヨーロッパ諸国は共通の通貨を採用したことの利点は今回の危機ではっきりした。だから、ユーロそのものは今回の危機のおかげでかえって強くなるのではないかというのが私の見解だ。ここで注意してほしいのは、「ユーロが強くなる」と言った場合、そこにはユーロ圏の金融機関や規制のありかたの変化も含まれているということである。(P94より引用)
予想1~3までは、概ね当たっています。
ソロスの読みでは「日本の当局は円高に抵抗する」と書いていますが、実際には日本政府は円高を容認していました。しかしながら、世界の資金が金(ゴールド)と日本に向かうという予想自体は当たっています。
中国の急回復も、アメリカ経済の底打ち時期も大的中させています
しかし、予想4は間違っていました。1冊目の書籍でもドルとユーロの見通しを外していたことから推測すると、ソロスの中ではドルとユーロの立場が逆転するという構想を持っていたのでしょう(今はその考えを修正していると思われます)。
結局、ソロスはリーマン・ショックで儲かったのか?
サブプライム住宅ローンのバブル崩壊を的中させたジョージ・ソロスは、結局のところ、どれくらい儲かったのでしょうか?ここが一番、知りたいところでしょう。
結論を先に言うと、ソロスは「あんまり儲けられなかった」と語っています。2冊目の『ソロスは警告する 2009』の1ページ目から、その原因を挙げています。
原因その1『デカップリング説が間違いだった』
もっとも、一つだけ間違えたことがあり、そのために私は痛手をこうむることになった。その間違いとは、新興国経済の好況が、先進国経済のパフォーマンスとは関係なく続くという、いわゆる「デカップリング」説を信じたことである。実際には発展途上国の経済は先進国のそれと密接に関係しており、インド株、中国株は、アメリカ株、欧州株よりもはるかにひどい成績だった。(P1より引用)
これはかなり悔しかったと思われます。ソロスは経済の流れを的確にとらえていたにも関わらず、中国株とインド株で損失を出してしまったのです。この判断ミスが次の原因に繋がります。
原因その2『大きく逆張りできなかった』
中国株・インドでの損失と、外部のファンド・マネージャーが出した損失をカバーするために、私はマクロ口座の資金を大量動員しなくてはならなかったが、その結果もまた好ましくないものだった。取引量を増やしすぎてしまったのです。ボラディリティ(相場の変動率)がどんどん大きくなっていく市場にあって、私がとったポジションは大きすぎ、リスクを抑えるためには、市場のトレンドに対して大きく逆張りすることができなかったのだ。<中略>私自身は空売りの経験が豊富なのだが、それでも何度か踏み上げに遭って、そのため結局2008年の10月と11月にやって来た、最大の下げ相場を逃すことになってしまったのだ。(1~2Pより引用)
このソロスの説明は、ふだん信用取引や証拠金取引をしていない人にとっては分かりづらい内容になっています。
リーマン・ショック(2008年9月15日)直後は、市場が日々、激しく乱高下する状態が続いていました。
基本的なトレンドは下落する方向なのですが、下げ相場でも買いたい人もいるため、株価は上がったり下がったりを繰り返しながら、徐々に下がっていきます(上がる時はその逆です)。
相場がストンと下落すれば、ソロスの利益になったはずですが、実際には買いたい人の抵抗にあって、大きな売りを仕掛けられなったのです。リスクを抑えていたため、10月と11月の下げ相場を逃してしまったという話です。
実際、チャートを確認すると、リーマン・ブラザーズが倒産した2008年9月15日よりも、10月に入ってからの方がドラスティックに相場が下がっています。
ジョージ・ソロスの「当たった予想」「外れた予想」まとめ
最後に当たった予想と外れた予想をまとめます。
<当たった予想>
サブプライム住宅ローンが原因で金融危機に見舞われて、世界の資金が金(ゴールド)と日本円に向かう。そして金融危機後に、中国がいち早く回復して、アメリカの挑戦国になる。
<外れた予想>
金融危機が見舞われても、その影響は先進国だけに留まり、新興国にはほとんど及ばない(=デカップリング説)。ドルが下落して、相対的にユーロが強くなっていく。
さらに、今回取り上げた2冊の書籍ではまったく予想もされていなかった「ノーマークだった出来事」も、2009年後半から起きています。
<ノーマークだった出来事(2009年後半~)>
金融危機がヨーロッパに飛び火して、アイスランドが破綻して、ギリシャ、アイルランドがEUやIMFから救済されることになった。
このノーマークだった出来事は、上記「外れた予想」の「ドルが下落してユーロが強くなっていく」という見通しと関係していると思われます。一言で言えば、ソロスはヨーロッパに対して強気だったのです。
神様ではない、それでも偉大なソロス
ジョージ・ソロスも神様ではないので、全てを見通せるわけではありません。
とはいえ、リーマン・ショックでは世界中の株価が半値になるような下落を演じました。そんな中、2008年のクォンタムファンドの運用成績は年率10%弱だったことを書籍で明かしています。世界中で富が破壊された時期に、この成績を出せるソロスはやはり偉大です。
2016年に入り、ソロスは中国経済をリーマン・ショック前に似ているとして、中国を震源地としたリセッションを予想しています。ソロスの未来を見通す力は確かなので、今後も素直に耳を傾けるべきでしょう。 MONEY VOICEより
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