2017年6月2日金曜日

史上最強「ステルス・キラー」を実現させる日本の素材、情報通信技術


F3の設計・開発に使われる2種類のデジタルモックアップ(3次元モデル)。「23DMU」(左)と「24DMU」(防衛省技術研究本部提供)

大空の戦闘に革命ともいえるほどの技術変革が起きている。相手のレーダーなどに探知されにくいステルス性能を備えたハイテク戦闘機の登場により、既存の戦闘機が一気に無力化されるとみられているのだ。防衛省はステルス機全盛時代の幕開けをにらみ、航空自衛隊の戦闘機「F2」の後継機として開発する「F3」(仮称)を、敵ステルス戦闘機を封殺する「ステルス戦闘機キラー」とする計画だ。日本のお家芸ともいえる最先端の素材技術や情報通信技術を戦闘能力に変える研究が着々と進められている。

第5世代開発しのぎ

「古い戦闘機は戦闘が始まったことにすら気付かないうちに撃ち落とされてしまうだろう」

マーク・ウェルシュ米空軍大将は欧米など9カ国が共同開発したステルス戦闘機「F35」を特集したCBSの番組でF35の隔絶した性能をこう強調した。F35は相手に見つかる距離の5~10倍遠くから敵を攻撃できるという。

ステルス性能は「第5世代戦闘機」と呼ばれる最新鋭戦闘機の最大の売り物だ。現在、世界で開発済みの第5世代戦闘機は航空自衛隊にも2017(平成29)年度以降、42機が配備されるF35と、「世界最強の戦闘機」とされる米国製「F22」の2機種だけだが、ロシアは試作機を開発済みで、量産機の開発を急いでいる。中国も試作機を公開しており、量産機を2020(平成32)年までに50機、2025(平成37)年までに200機程度配備するとの分析もある。

こうしたなか、防衛省は「戦闘機は防衛の中核であり、高い性能が求められる」(経理装備局航空機課の池松英浩課長)として、F3に海外のステルス機をしのぐ戦闘能力を持たせる方針だ。野心的なF3開発計画は海外の軍事関連サイトでも「ステルス戦闘機を殺すステルス戦闘機」と、関心を集めている。

防衛省が高性能戦闘機にこだわる背景には、2015(平成27)年度に約8869億元(約17兆1970億円)もの国防費を計上するなど軍備増強を急ぐ中国の脅威がある。

2014(平成26)年版防衛白書によると中国には近代的戦闘機(第4世代機)が689機あるのに対し、十分な防衛費を確保できない日本の第4世代機(「F15J」とF2)は合計約300機と「数的な劣勢」(防衛省)を強いられている。これを戦闘能力の高さで補おうというわけだ。

果たして日本のステルス技術は世界的にどれほどの水準にあるのか。同技術を研究している同省技術研究本部(技本)幹部は「ステルス技術は秘匿性が高く、外国と比較するのは困難」と前置きした上で、「海外に比べ、日本の技術が一歩進んでいる可能性はある」と説明する。

ステルス性能を測る物差しの一つに、レーダーに映る正面からの断面積(RCS)がある。例えば、RCSを10分の1に低減させると相手に発見される距離を60%に短縮できるという。これをどれだけ小さくできるかが、空中戦の勝敗を分ける。

防衛省も他国と同様、RCSの具体的な情報を秘匿しているが、海外の軍事関連サイトでF3開発に向けた試験機「先進技術実証機(ATD)」のRCSは「スズメなどの小鳥より小さい」とされている。これが事実とすれば、「野球ボール並み」とされるF22に匹敵する。

日本のステルス技術を支えているのが、世界に誇る素材技術だ。ステルスには一定の強度や耐熱性を確保しながら高い電波吸収能力を持つ戦闘機の機体表面向け素材を作る技術と、相手が発射した方向に電波を反射させないよう形状を工夫する「形状ステルス技術」がある。

中でも日本の素材技術は、カーボンナノチューブやシリコンカーバイドなどの原材料選定や加工、出来上がったパネルの配置方法などの組み合わせで無限の広がりを持つ。「ステルス機用材料を輸入している」(関係者)とされる中国にはまねのできない強みだ。

抑止力に効果絶大

ステルス性能がものをいうのは空中戦だけではない。第5世代機は「マルチロール(多用途)戦闘機」が主流で、対艦、対地攻撃にも対応できる。例えば弾道ミサイルで日本を攻撃する動きがあった場合、探知されずに内陸部に侵入し、ミサイル発射基地を先制攻撃する能力を潜在的に保有することにもなり、抑止力への効果は絶大だ。

ステルス・キラーとしてのF3の売り物はステルス技術にとどまらない。今夏にも始まるATDによる飛行試験では、コンピューター制御により直進しながら機体の向きを自由に変えられる「高運動性」を検証する。旋回して機首を相手に向けなければ火器を使えない第4世代までの戦闘機に比べ攻撃機会は格段に増える。

これは「実戦が行われたことはなく、どうなるのか予想がつかない」(防衛省幹部)とされるステルス戦闘機同士の空中戦にも威力を発揮する。互いをレーダーで捕捉できないまま近づき、出合い頭に至近距離での撃ち合いになる可能性があるためだ。高運動性を備えていれば、すれ違いざまに攻撃できる。ただ、高運動性はレーダーに捉えられやすくなる弊害もあり、飛行試験を通し、ステルス性とどう両立させるかを探る。

F3には、日本の高度な情報通信技術も盛り込まれる。その一つが「クラウドシューティング」だ。F3部隊を構成する一機一機を「僚機間データ秘匿システム」と呼ぶ高速無線通信網で結び、各機の位置や速度、残弾数などの装備の状況、敵の移動コースといった膨大なデータを空中で瞬時にやりとりする。

ドローンも導入へ

ステルス機は正面からレーダーで捉えにくいため側面から捕捉できるようにするとともに赤外線で捕捉する「赤外線捜索追尾システム(IRST)」を盛り込むなど対ステルス戦闘機戦に照準を合わせた。

敵機を発見した機からの連絡を受け、最も攻撃しやすい位置にいるF3が瞬時に射撃を行うことで攻撃のチャンスを増やし優位に立つことができる。

F3配備後、まずは外国機への緊急発進(スクランブル)に導入。42年以降は、空中戦の司令塔となる早期警戒管制機(AWACS)や前衛で敵の位置を把握するドローン(無人機)を加えた大規模運用を目指す。

綱渡りの開発基盤

このように、F3には多くの最新技術が盛り込まれるが、戦闘機開発基盤を将来にわたり維持できるかは不透明だ。政府や関連産業の関係者の間には、戦闘機の開発基盤が失われれば安全保障への深刻な脅威になりかねないと懸念する声もある。

「F2製造が終了すれば製造を経験した人材が散逸し、将来の生産再開は極めて困難」

戦闘機メーカーなどで構成する日本航空宇宙工業会はF2の製造計画が完了するのを前にした2009(平成21)年6月、窮状をこう訴えた。関連企業への調査結果を踏まえ、戦闘機開発がなくなれば、育成に約20年かかるという熟練工が維持できなくなり、機体軽量化を実現する複合材一体成形技術やステルス技術など、最新戦闘機の重要技術が失われると警告した。

F2の製造完了後、関連企業は2009(平成21)年度から予算がつけられたATDの開発や2011(平成23)年3月の東日本大震災で津波にのまれた航空自衛隊松島基地(宮城県)のF2修理などでかろうじて戦闘機の開発・製造ラインを維持している。関連企業各社がF3を受注し開発・製造体制を組んだとしても、製造が完了すれば元のもくあみだ。

経済産業省製造産業局の飯田陽一・航空機武器宇宙産業課長は「防衛産業には『次の国産戦闘機の開発が行われる』との暗黙の了解があって研究開発を続けてきた。『次』が確実にあり、さらに『次の次』がなければ今後の研究や人材育成に投資しなくなる。長期的な展望が必要だ」と指摘した。

用語解説】第5世代戦闘機

(1)レーダーに捉えられにくいステルス性の高い機体表面を持つ(2)断面積が小さく、アフターバーナーを使わずに超音速巡航飛行(スーパークルーズ)ができるエンジンを搭載(3)味方戦闘機とのデータリンクができる(4)複数のレーダーを搭載し高い敵探知・解析能力があるなどの要件を備えたジェット戦闘機。すでに海外の一部メーカーから次世代の第6世代戦闘機のコンセプトも発表されているが、明確な定義は定まっていない。 産経ニュースより

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