中国主導で6月末の設立をめざしている中国主導のアジアインフラ銀行(AIIB)の創設メンバーは57カ国に上るという。英独仏伊など欧州主要国が参加するのに、日本は米国と同じく慎重姿勢を貫いている。これに対し、朝日、日経などメディア多数が「日本は孤立した」と騒ぎ立て、政官民の参加論をあおり立てる。筆者は本誌3月号で人民元の正体を解剖し、AIIBが習近平政権の対外膨張戦略の一環であることを明らかにした。本稿では、それを踏まえた上で言おう。「中国共産党が指令するAIIBは必ず失敗する」と。
朝日新聞は創設メンバー国の数を引き合いに出して、「AIIB、アジア開発銀行(ADB)に迫る規模」(4月16日付朝刊1面)と持ち上げ、日経も同じ見出しを立てた。全国紙の中でも、中国寄りの姿勢が際立つ朝日、日経はことあるごとに、不参加は「誤り」という視点で報じてきたのだから、67カ国・地域で構成され、公正で透明度の高いADBと同等に見えるのだろう。
読者はそれでも、なぜ多くの国がAIIBに参加したのか、と疑問に思われるだろう。拙論はその解明を通じて、AIIBに籠められた北京の策謀とその限界をつきとめてみる。
世界経済は長らく、米国主導で経済成長してきた。2001年以降は、値上がる住宅を担保に借金できる金融システムの中に組み込まれた米家計が消費に耽り、輸入を増やし、中国など新興国の経済成長を実現してきた。その住宅市場はバブルとなって崩壊し、2008年9月にはリーマンショックが起きた。容易に消費者が借金できる米金融主導型成長モデルが崩壊したあと、米国はドルを大量に刷って金融市場に流し込み株価を引き上げたが、実体景気の回復力は弱い。米金融モデルでは世界を引っ張れないのは明らかだ。中国はドルの増量にほぼ等しい巨額の人民元を発行しては、国有商業銀行を通じて地方政府やデベロッパーに融資して、不動産開発投資ブームを引き起こした。共産党がすべてのカネの流れを支配するからこそ可能な芸当である。固定資産投資比率は国内総生産(GDP)の5割近くを占めるので、投資を20%増やせば成長率は10%も押し上げられる。こうして実質成長率は一時的に2桁台を回復したが、不動産バブルとなり、崩壊が始まった。成長率は7%台を維持しているが、実際には需要を伴わない過剰生産であり、大地も空も水も廃棄物まみれだ。モノの動きを示す鉄道貨物量は昨年から前年比マイナスで、ことしに入ってさらに急降下している。半面で、経済規模が2倍の米国並みに発行されたマネーは現預金となって滞留しているので、その一部が東京・銀座などでの中国人旅行客による「爆買い」に回る。爆買いは行き詰まった投資主導経済では回らなくなった巨額の余剰資金のはけ口なのだ。
投資を再加速するために打ち出したのが新シルクロード経済圏(「一帯一路」とも呼ぶ)構想である。中国内からアジア各地を経由して欧州まで結ぶ陸のルートとアジア、東アフリカ、中東経由で欧州に至る海のルートの整備に必要なインフラに投資する。その資金需要を賄うのがAIIBというわけである。
間違いだらけの韓国の打算
韓国の場合、AIIB融資が北朝鮮に適用される可能性が、北京から示唆されたことが、3月下旬のAIIB参加の決め手になった。
朴槿恵大統領はAIIB参加を「日本外し」戦略とセットにした。習近平総書記・国家主席がユーラシアのすべての道を北京に通じさせる「一帯一路」を最初に提起したのは2013年9月である。すると、そのひと月後、朴槿恵大統領は「ユーラシア・イニシアティブ」構想を打ち出した。釜山から北朝鮮、中国、ロシアを経由しフランスまでを「シルクロードエクスプレス」と命名した鉄道で結ぶ。習構想の後追いだが、要は北朝鮮を取り込み、あとは習構想のルートに接続するというわけである。日本を外し、一帯一路沿いの韓国、中国、ロシアが中心となって経済圏をつくるという思惑がありありだ。
日韓間では日本が一方的に韓国にドルを供与するスワップ協定の期限が2月23日に到来したが、朴政権が日本にその延長を乞うようなぶざまな真似をするはずはなかった。同日、日韓間の通貨スワップ協力はすべて解消した。
韓国は通貨スワップの相手を主として中国に依存することになる。中韓間では3600億元・64兆ウォン(約560億ドル相当)を中心とする600億ドル相当の協定があるのだが、中韓スワップ協定で韓国は通貨波乱に備えられるはずはない。韓国の外準残高は3月末時点で3500億ドルを超えているが、リーマンショック後には瞬時にして600億ドル以上もの資本逃避が起きている。それにヘッジファンドなど通貨投機筋が加わると、売り浴びせられるウォンは膨れ上がる。外資依存度の高い韓国は、それまでも2011年のユーロ危機のあおりで外資に逃げられたとき、700億ドルのスワップ枠を用意した気前のよい日本との協定を打ち切ってまで、中華経済圏に将来を託したのだが、中国はドルを提供するわけではない。代償は大きく、韓国は今後、金融不安にさらされ続けるだろう。頼みの北朝鮮利権だって、すでに中国資本に大半は抑えられている。皮算用もいいところだ。対中輸出も中国企業との競合は激しくなるばかりだ。
中国資本と言えば、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマーなどで、インフラが中国に通じた途端、環境破壊が進んで大問題になっている。中国系資本が租借したカジノ特区が犯罪の町と化したケースもある。粗暴な中国式投資はアジアを荒らすのだ。
世界最大の借金を覆い隠す、外貨準備3・8兆ドルのトリック
アジア開発銀行研究所の試算では、アジアのインフラ投資需要は年間7500億ドル(約90兆円)という。欧州も韓国も豪州も巨大市場創出ということで目がくらむのも無理はない。しかも、中国は3・8兆ドルという外貨準備を持つ。「中国が外貨準備高のごく一部をAIIBに投じたいと思っている。中国が強い発言力を持っても、多国間機関で行いたいと言っていることは、良いニュースだ」(英フィナンシャル・タイムズ紙3月25日付)と、中国の「資力」に期待できるという。
米金融主導の世界経済モデルは頼りにならない。中国主導でどの国も成長の分け前にあずかれるかもしれないと、考えた。そこで習近平氏総書記は、中国式投資モデルのほころびを塗りつぶし、多くの国がほしいと願う餅を画に描いてみせたわけである。参加国数が多いからと言って、画餅はあくまでも画餅に過ぎない。
中国の外準残高は2014年末で3兆8430億ドル(世界2位の日本は1兆2000億ドル)に上るが、実は半年間で約1500億ドルも減った。ユーロ債の値下がりなど運用の失敗に加えて、景気の低迷や不動産相場の下落の中で、資金流出が年間で3000億ドル以上に上るからである。無論、習近平政権による不正蓄財追求から逃れるために、一部党幹部らが裏ルートで資産を外に持ち出していることも影響している。
しかも、外準にはある種のトリックが隠されている。中国の場合、海外から流入する外貨はことごとく中国人民銀行によって買い上げられて外準となる。貿易黒字や流入する投機資金ばかりでなく、海外からの借り入れもまた外準を増やす要因になる。
国際決済銀行(BIS、本部スイス・バーゼル)によると、中国の海外の銀行からの借入残高は14年9月末、1兆700億ドルで、前年比2800億ドル増えた。世界全体での国際銀行融資2700億ドル増をしのぐ。BIS統計から、国際金融市場でどのくらい債券による資金調達がなされているのか、調べてみた。2014年は全世界で6740億ドルである。このうち、世銀、アジア開銀など国際金融機関の調達分は1387億ドルである。発展途上国全体では3427億ドルのうち、中国は1656億ドルと5割近くを占め、米国の1571億ドルを上回る。
残高ベースで見た世界最大の債務国は米国だが、単年度の増加額でみれば、今や中国は米国をしのぐ世界最大の借金国なのである。
なぜ、中国は外から借り入れを急増させなければならないのか。中国はアジア向けを中心に対外直接投資を増やし、その規模は今や日本の対外直接投資を上回る。それに加えて海外の株式や債券への投資も活発だ。その半面は輸出が伸びないので、外貨流入には限界がある。それに加えて、昨年から加速しているのは正体不明の資金流出である。原因は不動産市況の低迷、景気の悪化、さらに習近平総書記による不正蓄財追及から逃れる動機もある。対外証券投資など一応、当局が把握している対外資金と合わせると、昨年12月までの1年間の資金流出は3400億ドルに上ったと推計される。中国は借金しないことには、対外投資戦略を進められないし、借金しなければ外準を大きく取り崩すしかなくなるのが実情である。
経済は実体面から判断すればマイナス成長であり、しかも不動産バブル崩壊の中国がこのまま借金を増やし続けられるはずはない。めざとい日本の大手銀行はすでに対中融資を引き揚げつつある。
目一杯、利子や手数料を稼ごうとする欧米の金融機関は貸し出しを増やし、ロンドンやフランクフルトなど欧州金融市場はお得意さん中国が発行する債券(債務証券)を喜んで引き受けている。AIIBには英独仏、さらにスイス、ルクセンブルク、オランダという金融立国が参加している。これら欧州はアジアのインフラ利権に加えて、今後増加が見込まれる人民元の金融決済でも稼ごうという魂胆がある。こうして、欧州各国は北京が突きつけたAIIBという名義の奉加帳に名を連ねたのである。
日本引き込み工作のなぜ
話を、国際債券市場にもどす。AIIBが7500億ドルものアジアインフラ資金需要に応えるのは無理である。AIIBは世界銀行やアジア開発銀行と同様、債券発行によって国際金融市場から資金調達することになる。国際債券市場の規模はBIS統計が示すように、全世界で7000億ドルにも満たない。世銀、アジア開銀など既存の国際金融機関の調達額の数倍もの債券を発行できるはずはない。
しかも、国際金融市場というのは、貸し出しリスクが高ければ金利を高くする。世銀やアジア開銀の場合、融資先政府に返済保証させるし、対象プロジェクトの採算性を厳密にチェックする。そうした仕組みから、債券の格付けは最優良のトリプルAが付与されるので、最優遇金利で資金調達できる。
AIIBの発行債券はトリプルAが与えられる見通しはまずない。インフラを建設する借り手国へのAIIB融資基準が緩ければ、返済できるかどうか不安が残る。するとAIIBが発行する債券はリスクが高いことになって、トリプルAを獲得できない。
ならば、英国紙が期待するように中国が外貨準備を充当して返済を保証するだろうか。これまでにも外貨準備の運用に失敗して巨額の損失を受けてきた中国の通貨金融当局であっても、借り入れで外準減少の穴埋めに躍起となっているありさまで、ずさんな債務保証に応じるはずはないだろう。
英国など格付けの本場である国際金融センター国がメンバーだから、有利と考える向きがあるかもしれないが、もとより、冷徹にして強欲の世界である。甘く格付けする格付け機関やそれを容認する市場は一夜にして信用を失墜するだろう。
外準は見かけだけで、最近の年間ベースでは世界最大の借金国である中国。あとのメンバーは出資額も最小限に抑えて、インフラや金融上の利権だけは獲得したい国の集まりであるAIIB。その正体はまるでカネを払う気のない乗客ばかりが乗り込む豪華客船のようである。それを走らせるようにするためには、気前のよい金持ちが参加する必要がある。それは世界最大の債権国で、国際金融市場への資金の出し手である日本である。日本の金融機関の貸し出し債権は昨年末3兆500億ドル、それから債務を差し引いたネット債権は2・1兆ドルに上り、ロンドンなどの国際金融市場を支えている。ロンドンなどは日本などの貸し手から入ってくる資金を仲介して荒稼ぎする役割を持つわけで、日本抜きには市場が成り立たない。
その日本がAIIBに加わってくれれば、AIIBの信用力がぐっと上がる。中国側は日本の誘い込みに懸命になるのは無理もない。AIIB参加を説く日本のメディアにはその類いの情報を盛んに流してくる。日経電子版4月14日付の記事はその点、興味深い。初代AIIB総裁就任が有力視されている金立群元財政次官は3月下旬、日本がAIIBの創設メンバーになった場合には「筆頭格の副総裁、そして日本単独の理事ポスト」という優先待遇案を、中尾武彦アジア開銀総裁に伝えていたというのである。中尾総裁は元財務官で、アジア開銀の運営をうまくするために中国との協調を重視している。金氏は黒田東彦日銀総裁がアジア開銀総裁時代に同副総裁を務めたことがあり、日本の官僚がポストに弱いことを知り抜いている。中尾氏自体、AIIB設立が具体化した昨年6月当時は、AIIBを前向きに受け止めていたのだから、格好の工作相手だっただろう。しかし、財務省首脳も今回ばかりはAIIBの危うさを感じ取っていたから、その手には乗らなかった。
中国共産党と軍のための
筆者はかねがね「AIIBの正体は共産党指令機関」と、安倍首相周辺に説いてきた。中国は当初から資本金の50%出資を表明し、今後出資国が増えても40%以上のシェアを維持する構えだ。総裁は元政府高官、本部も北京、主要言語は中国語。北京には各国代表による常設の理事会を置かず、形式上はトップダウンによる意思決定方式だ。AIIBを管轄するのは中国財政省だが、同省を支配するのは党中央である。党中央政治局、さらに習総書記が必要と判断したら、北朝鮮向け低利融資が行われ、日本の経済制裁は事実上無力化するだろう。東南アジアや南アジアでの中国の軍艦が寄港する港湾設備がAIIB融資によって建設される。こうした認識が今、政府上層部の間では共有されているのは、何よりだ。
AIIBの資金を最も欲しがっているのは他ならない、中国である。AIIB加盟国の中で、もっとも多くのインフラ資金を必要としているのは中国なのである。その規模は他国を圧倒している。その事実を明らかにしたのは他ならぬ習近平党総書記・国家主席である。3月下旬に海南省博鰲(ボアオ)で開かれた国際会合で、習氏は「シルクロード経済圏」構想の詳細を発表した。その付属文書で、「中国国内での建設中または建設予定のインフラ投資規模は1兆400億元(約1673億ドル、約20兆928億円)、中国以外では約524億ドル(約6兆2707億円)に上る」という。
AIIBは同経済圏に必要な資金を提供することになっているが、当面の資金需要の76%は中国発である。習政権は自国単独では限界にきた国際金融市場からの資金調達をAIIBで多国間機関名義にしようとする魂胆なのだ。
鍵握る人民元の「国際通貨」化は、日米が結束して先延ばしせよ
日本抜きで、しかも当面、AIIBは主としてドル資金を調達しなければならない。そのドルの覇権は米国が持つ。日米抜きでAIIBが有利な条件で資金調達できない。AIIBは大きな障害を抱えることになる。
3月23日、ちょうど世界各国が相次いでAIIB参加を表明しているさ中に、中国の李克強首相は、訪中していたラガルドIMF専務理事と北京で会談し、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨に人民元を採用するよう、専務理事に申し入れた。首相はラガルド氏に対し、人民元による資本取引への取り組みを加速し、国内個人の海外投資や外国の機関投資家の中国資本市場への投資を支援する仕組みをさらに整えると訴えた。前日には周小川人民銀行総裁がラガルド氏に会って、人民元のSDR通貨化で熱弁を振るった。
IMFはSDR構成通貨の見直しを5年ごとに行う。人民元はことし10月にIMF理事会の議題に上がる予定だ。北京は2010年にも申請したが、IMF理事会は却下した。IMFの審査基準は2つあり、通貨発行国の輸出量と、その通貨が国際的に自由利用可能通貨かどうかという点だ。2010年の審査では、人民元は第一の基準のみに適合していた。これから実施する新段階の審査は、人民元国際化への最新の進展状況を評価する、という。
中国の要請に対するラガルド専務理事の態度は中国では前向きとも受け取られている。北京より前に訪問した上海では、復旦大学で講演した後の質疑応答で、「採用されるかどうかの問題ではなく、いつ実現するかという時間の問題だ」と述べたが、リップサービスの感もある。「まだまだ検討課題は多い」とも付け加えたのだ。
AIIBに対する対応からみても、SDR通貨を見直す今秋のIMF理事会で欧州は賛成に回りかねないが、日米が反対すれば元のSDR通貨認定を5年後以降に先延ばしできるだろう。その間、中国に外為市場や金融自由化の圧力を強めればよい。自由化すれば、共産党は金融市場や人民元を思うがままに支配できなくなる。
もし、米国が豹変してAIIB参加となったら、日本ははしごを外される、とよく聞かれる。筆者はAIIBが党支配機関であるという認識が米側にも共有される限り、それはありえないと考える。来年の大統領選挙を控え、民主、共和党の候補者も議会も、中国寄りになるはずはない。問題はむしろ、日本国内の無定見な親中勢力にある。国論が分裂するようだと、米国も疑心暗鬼になるだろうし、日本との協調にヒビが入りかねない。
AIIBは資金調達で根本的な弱点を抱えている。中国式開発モデルは大量破壊装置だ。その失敗は目に見えている。日本は米国との結束を固め、粛々と対処すればいいのだ。
たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)など多数。 iRONNAより
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