2017年6月24日土曜日

北朝鮮は米国に対する「相互抑止」を確立しつつある

北朝鮮の金正恩体制が発足した当初、日本では例の如く北朝鮮崩壊論が沸き起こった。しかし、その後の5年間、米国に全面戦争を挑むでもなく、内部から崩壊するでもなく、核実験とミサイル発射をはじめとする挑発行動を繰り返してきたのである。

どのようにこの5年を生き残ってきたのか、そして今後はどのような展開になるのか。主に戦略的側面に焦点を当てて、筆者の個人的見解を紹介したい。

5年前に予想した通りに

金正恩が朝鮮人民軍最高司令官に就任した直後の2012年1月、筆者は来るべき体制について次のように予想した。

「北朝鮮は今後も『先軍政治』を基調として『強盛国家(又は大国)』建設に向けて邁進するであろう。その過程で、金正恩は、金日成や金正日が行ったように、粛清と恐怖政治を基盤に独自の統治思想や指導スタイルを作り上げていくかもしれない。」(「見えてきた金正恩体制とその安全保障政策の方向」防衛研究所『NIDSコメンタリー』第24号〈2012年1月23日〉、2頁。)

筆者はこの当初の予想は、ほぼ的中したと思っている。
 
まず、金正恩体制は、2013年に「先軍政治」を「先軍思想」として従来の「主体思想」とともに北朝鮮の国家的2大指導思想として位置付けた。さらに、1960年代に祖父である金日成が打ち出した軍事と経済の「並進路線」を模範として、核開発と経済発展を同時に推進する新たな「並進路線」を掲げた。

北朝鮮はこの路線を「自衛的核武力を強化し、発展させて国の防衛力を鉄壁に固め、経済建設にさらなる力を入れて社会主義強盛国家を建設するための最も革命的で人民的な路線」と定義している。

他方、粛清と恐怖政治については、2013年12月、叔父であり後見人であった張成沢(元国防委員会副委員長)を粛清し、叔母である金慶喜を政治的に排除した。さらに、北朝鮮の最高規範である「党の唯一の思想体系確立の10大原則」が39年ぶりに「党の唯一領導体系確立の10大原則」と改定され、金正恩を中心とした「唯一独裁」が強化されている。

「有言実行型」「戦略家型」指導者

また金正恩の思考のあり方については、評価は必ずしも定まっていない(もっとも、彼に好印象を持つ人はほとんどいないであろうが)。

金正恩の存在がより注目されるようになった2010年ごろは、「スイス留学の経験があるから西側の思想や文化をよく理解している」、「北朝鮮の最高指導者になったら改革開放に向かうだろう」というような楽観論も聞かれた。しかし、過去5年間のさまざまな挑発行動を見せつけられた世界中の人々の多くは、「金正恩は何を考えていているか解らない」、「狂人ではないか」、「理性的ではない」との印象を持っているであろう。

筆者は昨年、金正恩が最高指導者に就任してからのすべての「労作」(2012年から15年までの主要な談話や演説等)を人工知能(AI)を一部用いた認知構造図法という手法で分析した。その結果、彼が言動一致度の高い「有言実行型」であり、合目的合理性の高い「戦略家型」の指導者であるとの結論に達した。

もちろん、金正恩が予告した挑発行動の中には、まだ実行されていないものもあり、彼が完璧な「有言実行型」であるかについての検証は終わっていない。また、「核実験など想像もしたこともない」と明言したにもかかわらず、何ヶ月も経ってから核実験を実施したなどの例外もあり、言動不一致、または嘘つきの側面もある。

ちなみに、北朝鮮の嘘つきの側面は、専門的には「戦略的(または戦術的)欺瞞」と呼ぶこともある。つまり、嘘つきも戦略性の一部ということである。

格段に高まった北朝鮮の軍事的脅威

通常、脅威を評価する場合、意図と能力に分けて検討する。まず能力だが、確実に向上している。

北朝鮮はこれまで5回の核実験を行ったが、最近の3回は金正恩体制の下で行われた。また、金正日時代の17年間に発射された弾道ミサイルが計16発であったのに対し、金正恩体制成立5年目の2016年の2月には、すでにその2倍以上の計34発が発射された。

しかも、核実験での爆発威力は最大でTNT換算12キロトンにまで増大し、ミサイルの種類も多様化し、射程距離は伸び続け、精度も向上している。特にミサイルについては、トクサ、スカッド・シリーズ、中距離弾道ミサイルであるノドンやムスダン、長距離弾道ミサイルであるテポドン・シリーズ、KN08やその改良型であるKN14、そして潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発に努力してきた。

現在、北朝鮮は米国東海岸に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射準備の終了を急いでいる。また、移動式発射台の性能は向上し、台数も増加している。SLBMの能力がより本格化すれば、残存性も向上することになる。
 
次に意図だが、これも一層強まっており、それが覆ることはまず考えられない。

金正恩時代に特徴的なことは、核保有国としての立場の既成事実化が一層顕著に行われていることである。特に、北朝鮮の2013年2月12日の3回目の核実験後にその動きは加速化した。

冒頭で紹介したように、北朝鮮は新たな「並進路線」を採択した他、2013年4月1日には、最高人民会議(立法機関)法令として「自衛的核保有国の地位を一層強化することに関する法」を採択した。

同法には、消極的安全保障、核兵器使用に関する朝鮮人民軍最高司令官の命令、核兵器の先行不使用の原則、核兵器と核物質に関する安全管理に関する規定等が含まれており、北朝鮮が初めて公開した事実上の平時の核ドクトリンと見なすことができる。これは宣言政策として初歩的なものだが、将来はより本格的な戦時の核ドクトリンへと発展するかもしれない。

また、こうした宣言政策に加え、北朝鮮は高濃縮ウラン使用を含む核兵器の「多様化」を追求していることを示唆するなど、核能力をより実質的なものとする動きも見せている。さらに、核弾頭の小型化・軽量化についても、北朝鮮は能力を高めていると公言している。

さらに、核開発に代表される北朝鮮の軍事技術向上の動きは、北朝鮮の科学技術向上の動きとも並行して進展している。北朝鮮の弾道ミサイル技術と宇宙ロケット技術との間には技術的差異はなく、後者の向上は前者の向上につながり、北朝鮮による人工衛星や宇宙技術の向上は、北朝鮮の軍事力のハイテク化につながる。

特に宇宙技術については、最高人民会議は、2013年4月1日、「宇宙開発法」と宇宙開発局設置に関する法令を採択し、同局を「堂々たる人工地球衛星の製造と発射」と位置付け、こうした技術開発を制度化した。

こうして、金正恩体制の北朝鮮は、並進路線の下でさらに核保有国としての立場を強化して、対米核抑止能力の技術的向上に邁進してきたのである。

生物・化学兵器及びサイバー脅威

北朝鮮の軍事的脅威は、通常兵器や核・ミサイルに止まらない。生物・化学兵器の脅威もある。化学兵器については1960年代から、生物兵器については1980年代から開発が進められていることが知られている。2002年には、当時の米国のブッシュ政権の高官が、北朝鮮は生物・化学兵器を実戦配備する危険がある、と警鐘を鳴らしたことがある。

最近では、2017年2月、金正恩の異母兄弟である金正男がマレーシアのクアラルンプール国際空港でVXガスと見られる猛毒神経剤により殺害されるという事案が起きた。北朝鮮はこの件への関与を否定しているが、北朝鮮による犯行である可能性は極めて高い。

また、サイバー攻撃能力も向上している。「180部隊」と呼ばれる専門の特殊部隊が存在することが知られている。2009年ごろから韓国の金融機関や報道機関、そして最近では原子力発電所や地下鉄等の社会インフラに対するサイバー攻撃を頻繁に行なっている。さらに、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」がランサムウエアにより150の国家や地域で30万台以上のコンピューターに被害を与えた疑いが持たれている。

その他「ラザルス」は、16年にバングラデシュ中央銀行の口座がハッキングされ8100万ドルが盗まれた事件、そして14年のソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃にかかわった可能性も指摘されている。北朝鮮のサイバー攻撃は、外貨獲得も目的としており、こうして集められた資金が核・ミサイル開発に使われている可能性が高い。

限定的「相互抑止」状態は強化された

朝鮮戦争以来、朝鮮半島で大規模な戦争が起きなかったことには理由がある。理由、というよりは、むしろ構造と言った方がよいかもしれない。

1993~94年の第1次朝鮮半島核危機では、非武装地帯(DMZ)の北方に配置されている多数のロケット砲等により、ソウルが火の海になる危険があった。

この危機は、米国の偵察衛星が北朝鮮にある2ケ所の核施設を捉えたことを契機に惹起された。米国は当初、これらの核施設を爆撃して北朝鮮の核開発を止めようとした。しかし、その場合、DMZ北方にある北朝鮮の多連装ロケット砲や長射程砲により、ソウルの他、DMZとソウルの間に控えている米陸軍第2歩兵師団が砲撃を受け、その被害が膨大になることが予想された。

この際、朝鮮半島には限定的な相互抑止状態が存在することが明らかになったのである。これが米朝の全面戦争を抑制する構造的要因なのである。
 
ただし、この相互抑止状態は、朝鮮半島で周辺大国を巻き込んだ全面戦争が生じないという意味での相互抑止状態であり、北朝鮮の韓国に対する小・中規模の軍事的挑発行動が抑止されるということではない。むしろ、全面戦争が抑止されているからこそ、小・中規模の軍事紛争が生じやすいという「安定・不安定パラドクス」状態にある。

この第1次核危機では、結局、1994年6月のカーター元米大統領の訪朝を経て、同年10月の米朝枠組合意により、北朝鮮の核開発計画は凍結されることとなった。この合意に基づき、1995年3月に朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が設立され、北朝鮮に対する軽水炉提供事業が始まったのである。

しかし、2002年10月、米朝会談の席で北朝鮮側が米国のケリー国務省東アジア担当次官補に対して濃縮ウラン計画の存在を認めた。これにより北朝鮮がプルトニウム型核兵器計画凍結の約束の裏で秘密裏にウラン型核兵器開発を進めていたことが明らかになった。これが第2次核危機と呼ばれるものである。

それでも、この時も限定的相互抑止状態が再確認され、結局、米朝の軍事衝突という事態は起きなかった。その結果、北朝鮮は2003年1月に不拡散条約脱退を宣言し、同年2月に5MWの原子炉を再稼働した。

その後、中国が北朝鮮の核開発凍結に積極的に動いたことにより、2003年8月、米国、北朝鮮、韓国、中国、ロシア、そして日本による六者会合が開始した。しかし、北朝鮮は2005年2月に六者会合無期限中断と核兵器製造を一方的に表明し、同年5月には5MWの原子炉から約8000本の使用済み核燃料棒抽出を終了し、7月に原子炉建設を再開した。

再び中国の奔走により、同年9月19日には包括的な共同声明が発出され、北朝鮮は「すべての核兵器及び既存の核計画の放棄」に合意した。これにより核問題は落ち着くかに見えた。

しかし、北朝鮮は2006年10月9日、初の核実験を実施し、それ以来、弾道ミサイル開発とともに核開発を継続し、16年には4回および5回目の核実験を実施した。17年1月1日には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射準備が最終段階であることを金正恩自身が表明し、同年同月米国でトランプ政権が発足した後も、弾道ミサイル発射を続け、米国に対する対決姿勢を強めている。

2017年に入り、北朝鮮は20発のミサイルを発射してきた。2月、3月、4月は失敗、5月14日以降は毎週1発というペースである。2017年4月15日の閲兵式では各種新型兵器が披露された。そして5月に入り、米国は北朝鮮に対する軍事圧力を強化すべく空母2隻を朝鮮半島近海へ派遣し、海上自衛隊との共同訓練に従事した。6月の本稿執筆段階で、空母は1隻となったが、軍事圧力を高いレベルで維持している。

もっとも、米国の高官たちは「金正恩を屈服させるのではなく目を覚まさせることが目的である」「戦争になれば破滅的だ」と述べるほか、北朝鮮に対する中国の経済制裁の効果がより顕著になる前に「厳しい条件下での直接対話を排除しない」と発言するなど、軍事力行使の可能性が低いことを示唆している。

その背景には、やはり限定的相互抑止状態の存在がある。しかも、この四半世紀の間に、米韓軍の防衛能力も向上したが、同時に北朝鮮の軍事能力は格段に向上しており、相互抑止状態は強化されていると言えよう。

おそらく、北朝鮮は、こうした状況を認識し、米国から軍事攻撃を受ける可能性は低いと判断しているのであろう。このことは、北朝鮮が2016年10月に米韓合同軍事演習の終了に合わせるかのようにミサイル発射を再開したのと同様に、17年6月8日、米国が朝鮮半島近海で空母2隻態勢を1隻態勢にするのに合わせる形で地対艦巡航ミサイルを4発発射したことからも読み取れる。

なお、ここで述べた朝鮮半島の限定的相互抑止状態は、中国とロシアにとっても好都合である。なぜなら、中国からすれば、いくら中朝関係が悪化したとは言え、在韓米軍に対する緩衝地帯(バッファーゾーン)である北朝鮮が存続することになるし、北朝鮮の体制崩壊による大量難民の流入もない。

他方、ロシアからすれば、ほぼ現状が維持できれば、体制崩壊による難民流入はないし、将来、中国が統一された朝鮮半島に対し独占的な影響力を持つという事態を回避し続けることができるからである。

そして日本はますます脆弱に

では、こうした限定的相互抑止状態の継続は、日本にとってどのような意味を持つのであろうか。朝鮮半島で軍事衝突が起きず、したがって朝鮮半島にいる日本人に被害が及ばないという意味では、肯定的な意味を持つと言えよう。

だが、北朝鮮は核兵器開発そのものに加え、すでに述べたように、その運搬手段である弾道ミサイル開発に特に注力してきた。スカッドERはすでに日本の防空識別圏(ADIZ)や排他的経済水域(EEZ)を脅かし、ノドンは核弾頭が搭載されていなくても着弾の仕方によっては日本に実害を及ぼしかねない。EEZ内に着弾する場合には、操業中の漁船や上空を飛行する航空機などの安全が危ぶまれる。
 
米国防総省が公表している、北朝鮮の軍事・安全保障に関する年次報告書によれば、北朝鮮はノドン用の移動発射台をすでに50台程度保有している。ノドンがこれらの発射台から連続的または同時にさまざまな地点から発射され、しかも同一地点が狙われれば、弾道ミサイル防衛システムの現有能力では対応しきれないというリスクも高まる。

さらに、北朝鮮が日本に対しても核の先制攻撃をする意図を表明している以上、北朝鮮が核弾頭を搭載する中距離弾道ミサイルで在日米軍基地、そして日本を直接の標的として攻撃できるということである。北朝鮮は「ソウルを火の海」にできるだけでなく、日本にも弾道ミサイルを着弾させることができるのである。

北朝鮮の脅威は、日本にとってすでに「差し迫った脅威」(『防衛白書』)となっている。このような状況でも、日米同盟とそれに基づく米国の拡大抑止能力が維持される限り、日本は安全である、と思う人は多いであろう。

しかし、はたしてそうした認識でよいのだろうか。現状が続けば、北朝鮮の日本に対する抑止力は向上し続けることは明らかである。つまり、問題は、北朝鮮の対日攻撃能力が、日本の対応能力の強化よりもはるかに早い速度で進めば、いくら朝鮮半島の限定的相互抑止状態が維持されても、日本は北朝鮮の脅威に対しますます脆弱になることになる、ということである。

さらに、日米同盟が何らかの原因で機能不全に陥るという事態が加われば、状況は一層深刻なものとなる。こうした意味では、朝鮮半島の限定的相互抑止状態は、日本にとって極めて悩ましいものになりつつあると言えよう。

新たな長期戦を覚悟せよ

北朝鮮の核・ミサイル開発は、意図においても能力においても、もはや後戻りできない段階に達している。北朝鮮が核保有国としての立場を放棄する兆候は全く見られず、そうである限り北朝鮮に対話や交渉を迫ることはほぼ不可能ということになる。対話を行うことはできても、それは対話のための対話で終わる可能性が高い。

また、北朝鮮の核開発を中心とした軍事力強化の動きは、国際的な各種制裁措置により速度が低下する可能性は否定できないが、金正恩体制が続く限り、これまでと同様に向上していくであろう。さらに、北朝鮮はこれまで同様、対中関係や対露関係が悪化する状況にあっても巧みに財政的活路を見出し、核開発を中心とする軍事力強化は続けるであろう。
さらに、北朝鮮の脅威は生物化学兵器、そしてサイバー能力の次元にも拡大しており、もはやハイブリッド型となっている。こうした多次元での能力が複合的に使用される場合、
北朝鮮の脅威への対応は一層厄介になる。

しかし、戦争は不可、実りある対話も困難となれば、残るは睨み合いしかない。その場合、北朝鮮に対する強度の圧力を、軍事・経済金融・外交等の多次元で相当の期間維持しなければならない。それは、新たな長期戦を意味する。

であるとすれば、日本としては、ミサイル防衛システムの強化を含む日米同盟強化とともに、独自の防衛能力の強化にも一層注力することにより、北朝鮮との新たな長期戦を乗り切なればならない。 現代ビジネスより

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