世界1、2位の経済大国の報復合戦は日本・世界経済へのリスク要因だ。双方のダメージ、“戦争遂行能力”はどうなっているのか。米国と中国の経済が専門の2人のエコノミストに聞いた。
【米国経済】
桂畑誠治・第一生命経済研究所主任エコノミスト(聞き手・共同通信=大塚圭一郎)
▽大型減税効果が優勢
米中貿易摩擦は長期化が避けられない状況とみているが、トランプ米政権が実施した大型減税の効果で、消費と雇用情勢は非常に良い。制裁関税によって消費が大きく落ちる可能性は低いだろう。
これまで低価格で輸入されていた中国製品に追加関税が課されることによる、米国での物価上昇は軽微だろう。年間計500億ドル(約5兆5千億円)相当の対中制裁関税の対象品目は、(生産設備などの)資本財と(電子部品などの)中間財が大部分で、消費者に直接影響を与えるわけではない。競争が激しい中で企業は増税分を商品価格に転嫁するのは一部を除いて難しい。企業は大型減税に加えて設備投資減税が実施された効果もあり、全般的にコストの増加を吸収できるとみられる。
米国はさらに2千億ドル相当の中国製品への追加関税を検討中で、早ければ9月下旬にも発動すると予測している。中国以外から調達できない品目は追加関税の対象から除外する可能性が高い。対象品目の調達を中国以外の国からに切り替える動きが広がるだろう。
▽安全保障面の危機感も
米国が中国に貿易戦争を仕掛けている真の狙いは、製造業の分野で中国に米国が追い越されるのを阻止することだ。
米国は部品調達が中国に偏っているため、サプライチェーン(部品の調達・供給網)の修正を目指して圧力をかけているとみている。中国が掲げた製造業の長期戦略『中国製造2025』の計画通りになると中国企業が技術面やハイテク製品の生産で覇権を握り、米国企業が太刀打ちできなくなり、安全保障にも悪影響が出ることへの危機感が背景にある。
▽日本への影響は限定的
米中の貿易摩擦が過熱すれば、日本企業にも影響が及ぶが、打撃の程度は限られると思う。追加関税の対象品目を中国で製造し米国へ輸出する日本の企業は影響を受けるが、輸出先の変更などである程度対応できるのではないか。
制裁関税の対象に半導体などが含まれており、日本企業による半導体製造装置などの中国への輸出が減るのではとの懸念があるが、日本からの輸出はほぼ維持できると考えている。なぜなら、中国は半導体産業を国策として育成しようとしており、米国への半導体輸出が減っても、他国への輸出を増やす形で製造設備を増やす戦略は変えないと考えるからだ。中国企業が設備投資を抑制することにはならないと思う。
金融市場などでは世界経済に悪影響が出る懸念もあるが、米国は大型減税や歳出拡大などによって堅調さを維持するとみられる。中国は減税や金融緩和、関税引き下げ、インフラ投資などにより、政府が掲げた2018年通年の国内総生産(GDP)成長率目標の6.5%の前後で伸びを続けるのではないか。また、日本と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)に署名したほか、米国を除く11カ国が署名した環太平洋経済連携協定(TPP)を日本が批准して発効が近づくなど、他の地域では貿易を拡大させる政策が進められている。『貿易戦争』が米中間だけで済めば、世界経済は拡大を続ける公算が大きい。
▽「戦争」は継続
トランプ米大統領の強硬姿勢は11月の米連邦議会中間選挙までとの見方もあるが、楽観的すぎる。トランプ氏は2020年の次期大統領選で再選を目指しており中間選挙後も中国に妥協する動きは見せないと思う。米国景気の力強さが続き、余裕がある限りは『貿易戦争』を続けるだろう。
中国は、米国が要求した知的財産権の保護強化、20年までの2千億ドルの貿易赤字削減、国内ハイテク企業への補助金の廃止などは容易には受け入れないだろう。そのような中で、2千億ドル相当の中国製品への追加関税に対して中国が大規模な対抗措置を発動した場合、米国は第4段として3千億ドル相当の中国製品への追加関税を検討するだろう。
これは、米国での公聴会開催などの手続きを考慮すると中間選挙前の発動は困難だろうが、早ければ今年末にも実施する可能性がある。世界規模のサプライチェーンが変化していなければ、悪影響が大きくなるリスクがある。しかし、米中の『貿易戦争』が始まってから時間を経ているため、米国企業の間で商品を中国以外から輸入する動きが広がっていると考えられる。また、中国からの輸入に頼らざるを得ない品目の対象から除外や、為替のドル高傾向などにより、悪影響は限定的になると見込まれる。
【中国経済】
佐野淳也・日本総合研究所主任研究員(聞き手・共同通信=一井源太郎)
▽ダメージは軽減
米中「貿易戦争」の、中国経済への影響の度合いは冷静にみる必要がある。
中国の名目国内総生産(GDP)比での輸出依存度は2006年の約35%をピークに低下傾向にあり、17年は約19%まで下がった。内需主導型の経済に移行しつつある。追加関税の対象品目の総額が既に表明されているように年間で計2500億ドル(約28兆円)まで拡大し、対象品の輸出が半減したとしても、GDPの押し下げ圧力は1%程度で影響は限定的だろう。
米国の制裁に対応するため、中国は米国以外への輸出増で減少分を補おうとするだろう。08年のリーマン・ショック後のようなばらまき型の景気刺激策は取らないが、投資を加速させ内需を刺激する。完全ではないが、打撃は軽減できるだろう。
▽日本企業には好機も
また、米国以外との経済関係を活発にすることで、米国による対中包囲網の構築を阻もうとするだろう。米国以外には協調的な外交を展開するとみられ、日本企業にとっては中国市場で事業を拡大するチャンスとなるかもしれない。中国が米国の農業団体や農業州に米国産穀物の輸入増を持ち掛けて、トランプ政権に政策転換を促す流れを後押しすることも考えられる。
米中の制裁関税合戦がエスカレートすれば、世界の市場が一時的に混乱する可能性はある。だが問題が米中の貿易にとどまっている限りは、世界経済の先行きを過度に悲観する必要はない。
▽不買運動はもろ刃の剣
米国は今後、年間2千億ドル相当の輸入品への追加関税を課すと表明しているのに、中国は600億ドル分しか追加できないようだ。中国の米国からの輸入額が足りないためだが、別の手段での対抗が考えられる。許認可の遅延などにより米国企業の事業展開がやりにくくなる恐れがある。航空機や農産物の購入契約のキャンセルもあり得る。
日本や韓国に対して行われたような不買運動が米国にも起きるのかという点に注目が集まっているが、不買運動は中国にとって、もろ刃の剣だ。反米世論が高まれば交渉で妥協しづらくなる。対米けん制で示唆するかもしれないが、本音では避けたいところだ。ただ、米国が安全保障や国家の統一など、中国にとって核心的な問題を交渉カードとして使って中国に揺さぶりをかけてきた場合、不買運動に至る可能性も排除できない。
▽長期戦略では譲歩せず
事態を収束させるためなら中国は、輸入増や市場開放拡大、知的財産権保護の徹底、一部の補助金廃止などは受け入れられるが、製造業の長期戦略『中国製造2025』の変更やハイテク分野の政府支援の停止では譲歩はできない。トランプ米大統領の真の狙いが中国台頭の押さえ込みなのか、貿易赤字削減なのか、中国は真意を読みかねている。
さの・じゅんや 慶応大大学院修士課程修了。1996年にさくら総合研究所(現日本総合研究所)に入社し、2012年7月から現職。香川県出身。46歳。共同通信社より
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