加工場を運営する漁業協同組合の木村幸栄専務理事(73)は「やる気になれば24時間稼動して生産を3倍に増やせるが、それにはあと100人以上必要だ」と語る。加工場の従業員90人のうち19人は中国などの技能実習生。木村氏は「日本人従業員の多くは高齢者で、あと7、8年したら日本人はいなくなる」と悲鳴を上げる。
少子高齢化に伴う人口減少で縮む地方経済。北海道は他都府県への転出超過幅が全国最多で、全国より速いペースで人口減少が進行している。日銀札幌支店は2月に公表したリポートで、道内企業は技能実習生への依存度が高いと指摘。働くことを希望する女性と高齢者が全員仕事に就いても、働く人の数は中長期的に現在の水準を維持できないと試算した。
最高級品
猿払村は東京23区をやや下回る面積に人口2764人(8月1日現在)を抱え、昨年の住民の平均所得は港区、千代田区、渋谷区に続き4位。高級住宅街が立ち並ぶ兵庫県芦屋市を上回る。村の平均所得を押し上げているのはホタテ漁に携わる約250人の漁業組合員で、加工場の時給は最低賃金の786円にとどまっている。
北海道北端の稚内市の東隣に位置し、晴れた日には遠くサハリンを望む。冬は雪に閉ざされる厳しい環境下、目前に広がるオホーツク海はホタテの好漁場で、日本有数の水揚げ量を誇る。加工したホタテは道内最大の輸出品だ。干し貝柱の大部分は香港を経由し、世界中の中華料理店に高級具材として提供される。
東京赤坂の中華料理店トゥーランドット臥龍居のオーナーシェフで、村の観光大使を務める脇屋友詞氏は、30年前から猿払産ホタテを使っている。「世界でも最高級品。味が濃く、かめばかむほど味が出る」と語る。
村もあの手この手で人集めを試みている。3年前からふるさと納税者約100人を対象に2泊3日の移住体験ツアーを実施。移住に際して仕事や住居だけでなく介護やお墓の心配があることも分かったため、短期滞在型の介護施設を開き、公営の合葬墓地の建設も計画する。冬の就労場所確保のため、イチゴ栽培も検討中で、販路としてサハリンにも目を向ける。
それでも移住実績はゼロ。伊藤浩一村長(57)は都会との収入格差が障害だと話す。ある40歳代の男性は500-600万円の年収を希望していたが、見合った就労先はなく、畜産振興公社の年収300-400万円の商品開発の仕事を打診したものの話は進んでいないという。
村長は「それほど収入がなくても十分暮らしていけるのだが」と嘆く。加工場の賃金についても、「時給1000円くらいに上げて他地域と差別化できないか」と述べ、企業側の協力も不可欠だと訴える。
漁業協同組合の木村氏は「時給を多少上げたところで日本の若い人は来てくれない。2、3倍にすれば来るかもしれないが、それでは採算が合わない」と述べた。漁業が先細る中、省力化投資しようにも特殊な技術が必要な機械は量産が難しく、コストも高くつくという。
美しい理論
猿払産ほたてを冷凍加工している稚内市の「稚内東部」は従業員73人中18人が中国人。「せっかく海にホタテというお金があるのに、人手がない」と、実習生の受け入れ枠拡大を望む。しかし、同社も採用当初は最低賃金で、仲村房次郎相談役(79)は「うちだけ賃金を上げると、より小さな会社から人を奪うことになる」と話す。
日銀は最近、人手不足に対応した省力化投資や無駄な事業からの撤退で生産性が上がり、経済の成長力向上につながると主張している。中曽宏副総裁は7月の講演で、人手不足は構造改革を強力に促す「究極の成長戦略」との見方を示した。
北海道大の宮脇教授は「需要構造が大きく変わっており、これだけ投資コストが下がっているのに新規投資は出てこない」と指摘。「ごく一部の地域では、日銀が言う非常に美しい経済理論のような世界も描けるかもしれないが、北海道では極めて難しい」としている。 BLGLOBEより
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