これも日本人には信じられないことだが、南北戦争後の1865年に設立された暴力的な白人至上主義者の秘密結社「クー・クラックス・クラン」(KKK)が依然として存在し、活動を行っている。KKKは「反黒人」に留まらず「反ユダヤ人」、「反カトリック」を主張しており、今でもこうした白人至上主義者が活動するアメリカ社会の深層に何があるのだろうか。
1960年代の公民権運動以降、様々な差別用語は「封印」された。黒人や少数派の権利を擁護し、差別を排除するために、公民権法や投票法が成立し、法的に少数派の人々の権利が擁護されるようになった。それと同時に社会意識を変えるために様々な対応策が講じられてきた。
その一つに「ポリティカル・コレクトネス」という考え方がある。日本語に訳せば「政治的に正しい言葉使い」という意味になる。政治や社会で差別用語を使うと、ポリティカル・コレクトネスに反すると社会的に厳しく糾弾された。
だが、言葉を使わないからと言って差別意識が払拭されるわけではない。あくまで心に思っていること、本音を直接口に出さないということに過ぎない。そうした社会的雰囲気の中で人種的な差別意識や白人至上主義的な意識を持っている人は、長い間、息苦しさを感じていたのだ。
こうした中で、社会的タブーを破ったのが、昨年の大統領選で勝利したドナルド・トランプだった。選挙運動中、トランプは平気でポリティカル・コレクトネスに反する言葉を使った。演説の中で差別用語を意図的に使い、そして「ああ、これはポリティカル・コレクトネスに反する言葉だね」と笑って見せた。
差別用語禁止に不満を抱いていた保守派の人々は喝采した。トランプは社会的タブーを破ることで、一部の保守派の人々の間で人気を博したのである。
さらに今回の大統領選挙で重要な役割を演じたのが「オルト・ライト」と言われる白人至上主義者である。彼らは公然と白人至上主義を主張し、反ユダヤ主義を唱え、ネオ・ナチの極右グループと一体化するグループだ。その代表的論者がスティーブン・バノンで、彼は大統領選でトランプ陣営の選挙責任者に就き、政権発足後は首席戦略官としてホワイトハウス入りしている。
バノンは、貧しい白人の利益を代弁して排外主義を主張し、ワシントンのエスタブリッシュメントを批判する右派ポピュリズムの論陣を張っていた。共和党主流派に対抗するトランプにとって、バノンの右派ポピュリズムは共和党の大統領候補の地位を獲得するための有力な理論的主柱を与えた。
しかし、シャーロッツビル事件で、事態は大きく転換し、改めて白人至上主義が大きな政治問題となった。南北戦争における南軍のリー将軍の銅像撤去をめぐって、奴隷制度を支持し、南軍の敗北を認めない白人至上主義者と反対派が激突、死者が出る事態となった。
白人至上主義者は反ユダヤ主義者でもあり「ユダヤ人が自分たちにとって代わることは許さない」と叫びながら行進した。そうした状況の中で、トランプは「ネオ・ナチも反ネオ・ナチも両方とも悪い」と発言、それが白人至上主義者やネオ・ナチと反ユダヤ主義を容認するものだと厳しい批判が浴びせられた。
だが、白人至上主義の根はもっと深い。アメリカ社会は矛盾に満ちた社会である。トーマス・ジェファーソン(第3代大統領)は独立宣言で「すべての人には奪うことができない権利がある」と高邁な理念を主張した。だが、建国当初から投票権を認められたのは財産を持つ白人男性だけだった。
女性もネイティブ・アメリカンも、当然ながら奴隷にも市民権は与えられなかった。建国に際してアメリカ経済を支えていた奴隷制を正当化する根拠が必要であった。その根拠になったのは、黒人は「劣等民族」であるという考え方である。その考え方は独立戦争のプロセスでアメリカ国民に広く受け入れられるようになる。また、多くの学者が、科学的に黒人の劣等性を証明する研究成果を発表したほどだ。
それをさらに強化したのが社会的ダーウィン主義である。特に社会学者、ハーバート・スペンサーの影響を受け、適者生存の原理は人種にも適用できると主張された。それが、黒人の隔離政策に具体的に適用された。
さらに南北戦争で奴隷制度は廃止されたが、それに代わって登場したのが人種差別の強化であった。南部は一時政府軍の支配下に置かれたが、南部復興が終わり、政府軍が撤退すると、南部連合の指導者が相次いで復権し、憲法修正で市民権を得た黒人の差別が始まった。
これは南部復古と呼ばれ、南部は南北戦争以前の状況に戻っていく。KKKもそうした流れの中で結成される。南部の白人は、奴隷解放は間違いだったと主張した。それは現在でも色濃く残っている。
トランプ支持者のうち20%以上の人々は「奴隷解放宣言は間違いであった」と答えている。少数であるが、そうした考えを持つ人々が存在するのが、アメリカのもう一つの現実である。
もう一つ付け加えておく必要がある。それは欧米社会における反ユダヤ主義である。その差別意識は、アメリカにおける黒人に対する差別意識とは根が違うが、今でもアメリカ社会に根強く残っている。アメリカ人の私的な場において反ユダヤ的な会話が出てくることは珍しくない。筆者もそうした状況を直接経験している。
そして今回のもう一つの特徴は、白人貧困層のいら立ちと焦燥感がピークに達していたことである。アメリカは「白人社会」である。実際、人口の大半を白人が占めている。だが、白人が最大多数の地位を失うのは時間の問題だ。
たとえば、テキサス州では10代で見れば、すでに白人は少数派に転落している。増え続ける非白人の数に、多くの白人は危機感を抱いている。それに白人貧困層の経済的な没落が非白人に対する反発に拍車をかけ、今回の大統領選挙で一気に表面化した。
トランプは選挙運動で白人至上主義を利用することができたが、大統領に就任したことで状況は変わった。シャーロッツビル事件でのネオ・ナチを容認するかのごとき発言は、トランプにとって致命的なダメージを与えかねない。
本音と建前は別にして、アメリカの大統領には高い道徳性が求められる。その試金石が人種差別や性差別に対する考え方である。トランプ大統領は、その試金石で大きく躓(つまず)いたことは間違いない。 iRONNAより
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