日本人が生み出したノーベル賞級の成果を応用し、野菜や果物を新鮮なまま何カ月も保存したり、ガスを臓器に運んで病気を治療したりといった革新的な技術が次々と登場している。鍵を握るのは「多孔性金属錯体(PCP)」と呼ばれる材料だ。実用化は欧米が先行しているが、日本も京都大発のベンチャー企業を中心に追い上げている。
■2万3千種類のジャングルジム構造
PCPは「多孔性材料」の一つで、1997年に発表した京都大の北川進特別教授はノーベル賞の有力候補に挙げられている。北川氏にやや遅れて開発に成功した米国の科学者が命名した「無機-有機骨格体(MOF)」とも呼ばれる。
多孔性材料とは、文字通り多数の穴(孔)が空いている材料のこと。穴のサイズは分子レベルで非常に小さく、活性炭やゼオライトなどが知られる。活性炭は、においの元になる気体の分子を小さな穴で無数に捕捉することで消臭効果をもたらす。ゼオライトも似たような仕組みで、工場でのガス分離などに使われる。
PCPは金属イオンや有機物などから作られており、構造はジャングルジムのようなイメージで、無数に張り巡らされた骨組みの隙間に気体などの分子を取り込むことができる。
活性炭やゼオライトよりも多様な形に設計できる利点があり、既に約2万3千種類もの構造が知られていて、その分だけ多くの種類の物質を取り込むことができる。これに対し、ゼオライトで設計できる構造は約220種類にとどまり、その差は歴然だ。
■商業化は欧米が先行、世界で12社のベンチャー誕生
発表から20年が経過したPCPは近年、実用化に向けた動きが国内外で加速しており、既に日本や欧米、豪州などで計12社のベンチャー企業が生まれている。
昨年9月には、2012年に創業した英MOFテクノロジーズ社が世界初の商業化として、野菜や果物の鮮度を長期間保つ「TruPick」という製品の提供を始めた。
この製品は、野菜や果物を腐敗させる植物ホルモンであるエチレンの働きを阻害する物質をPCPの中に取り込んでいる。冷蔵庫の中などで野菜や果物の近くに置いておくと、徐々にエチレン阻害物質を放出するため、数週間から数カ月もの長期間にわたって鮮度を維持できるのだ。
エチレンの阻害物質は気体なので、そのまま扱うには手間がかかる。これに対してPCPを使えば、お菓子の袋に入っている乾燥剤のような感覚で扱えるので非常に便利だ。既に米国の食品医薬品局(FDA)の承認も取得済みで、全世界での展開を始めている。
また、これに続く形で米ヌーマット社もPCPを使ったガスボンベを商業化。危険な性質を持つガスの大量輸送や保存に道を開き、日本を飛び越える形で韓国の半導体工場に提供を開始した。
■「ガスの薬」でがん治療、京都大が実用化へ研究
PCPの母国である日本も負けてはいられない。国内唯一のPCPベンチャーで、2015年に創業した「Atomis(アトミス)」(京都市)も今年7月にPCPの提供を開始。20年までにエネルギーや生命科学分野での商業進出を目指す。
同社の創業者で、北川氏の研究室に所属する京都大の樋口雅一特定助教は「PCPは世界の産業構造全体を変えられる存在だ。米国のアップルやグーグルのように、世界の人々が恩恵を得られるようにしたい」と意気込む。
京都大では、ほかにもPCPの実用化に向けた研究が盛んだ。その一つが「ガスの薬」で、これは一酸化炭素や一酸化窒素といった気体をPCPで捕捉したまま脳や心臓、肝臓などの臓器に送り届けるものだ。
一酸化炭素や一酸化窒素と聞くと危険なイメージがあるが、それはあくまで口や鼻から吸い込んだ場合の話。肺を経由しないで臓器に直接送り届ければ、がんなどさまざまな病気の予防や治療に役立つのだという。
現在はまだ動物実験の段階だが、臓器への運搬やガス放出の手法などに関する検証を重ねて5~10年後の実用化を目指している。
薬の他にもガスの分離膜や燃料電池への応用といった研究も進む。日本の産学連携に長く携わってきた樋口氏は「京都大は研究レベルがとても高いが、産業応用への道は遠いままだ。しかし、ベンチャーをはじめとした民間企業、国や投資会社の資金などを活用して日本の発展につなげたい」と話す。 イザより
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2017年8月26日土曜日
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