水平線の向こうには
同通信によると、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が敵艦船を精密攻撃できるよう開発を指示したといい、実験にも金委員長が立ち会うなど重要な実験だったのは間違いない。同通信が報じた発射のモニター映像では、黒い画面に緑の線が延びていき、「着弾」「誤差7メートル」などの文字が表示されるなど、信じがたい精度をアピールした。しかし、こんな“離れ業”を実現する技術力は北朝鮮には皆無だ。
米空母を攻撃するためには、まず米空母を捜索、発見するなど、位置を特定する作業が不可欠だが、北朝鮮にはこの第一段階から極めて困難だ。北朝鮮の海岸に立って双眼鏡をのぞけば、遠くに巨大な米空母が見える-。そんな現実はありえない。
身長170センチの人が海辺の砂浜(高度0地点)に立って大海原を見た場合、はるか彼方にあるように見える水平線までの距離は約4・6キロ、大人の足で歩いて1時間だ。水平線より向こうは、丸い地球の下側、つまり水平線下となって見えない。
では高地や山の上からならば見つけられるだろうか。北朝鮮の最高峰は中朝国境にある白頭山(2744メートル)だが、その頂上から日本海側を見たとして、水平線までの見通し距離は約200キロ。内陸部の白頭山からでは北朝鮮沿岸を監視するのがせいぜいで、日本海で何が起こっていようが分からない距離だ。
可視光線もレーダー電波も直進性をもつので、人が双眼鏡をのぞく代わりとしてレーダーを設置しても結果は同じだ。つまり北朝鮮軍は、地上から米空母の位置を特定するのは不可能だ。艦船の捜索は上空から行うしかない。
空のレーダー
しかし空母の位置特定は人工衛星でも困難が伴う。空母が約30ノットで時々刻々と位置を変える一方、偵察衛星は空母を捕らえる軌道にあり続けることは難しく、多数の偵察衛星が必要だ。ちなみに中国は光学センサーや地上探査可能な合成開口レーダー、電波傍受装置を備えた軍用偵察衛星「遥感(Yaogan)」を35機運用しているとされる。さらに中国では電離層レーダーなどという極めて精度の低い遠距離レーダーまで運用し、なんとか軍艦を察知しようと四苦八苦しているのが実情だ。
最も適しているのは、航空機による偵察だろう。高性能レーダーを積んだ航空機なら、上空数千メートルから位置を特定でき、水平線の見通し距離も飛躍的に向上する。
しかし、北朝鮮は人工衛星も電子偵察機も持っていない。ミグ29などレーダー装備の戦闘機もわずかながらあるが、その性能は捜索範囲、距離とも狭く、海面を捜索して遠距離の艦船を見つけるような性能はないとされる。
日米の戦闘機が搭載するAESAレーダーや合成開口レーダーに比べ、30~50年前の水準なのだ。米空母を見つけられそうな距離に近づく前に、警戒中の空母艦載機に追い払われるか撃墜されるため、米空母の発見は絶望的だ。
誤差7メートルの驚異
さらに眉唾ものなのが、誤差7メートルという発表だ。万一、北朝鮮軍が米空母の位置を特定できたとしても、ミサイルを命中させるためには、ミサイルを目標まで誘導するか、あるいはミサイルが自分で目標を探知・追尾するかのいずれかが必要だ。
米国や日本、ロシアなどではミサイル発射母機がレーダーで目標近くまで誘導し、終末段階でミサイル自身がレーダー電波を照射・受信して目標を探知、突進する(セミアクティブ・レーダー・ホーミング)など複数のレーダー誘導方式に加え、GPS誘導爆弾やレーザー誘導爆弾などもある。
しかし北朝鮮には、ミサイルを誘導する方法がない。航空機によるレーダー誘導やレーザー誘導は、圧倒的な航空優勢を誇る米空母部隊相手の前では自滅行為だ。
GPS誘導も、衛星を持っていない北朝鮮には不可能だ。米国のGPSに“ただ乗り”しようにも、米国はその精度を簡単に変更できる。また米軍用のGPSシステムは暗号化されており“部外者”の利用はできない。
そもそも時速30ノット(約54キロ)で動く空母などの艦船という「移動目標」に対して、固定座標を示すGPSでの誘導はナンセンスだ。
残るのは弾道ミサイル本体に索敵・誘導能力を持たせることだが、大気圏再突入時の熱や衝撃に耐えるセンサーの開発は非常に困難だとされる。
空母キラー
振り返れば、弾道ミサイルに命中精度を求めるという試みはほとんどの国で重視されてこなかった。弾道ミサイルの弾頭には大規模な破壊をもたらす核兵器を搭載するのが“常識”だから、目標との誤差など1キロでも2キロでも十分許容範囲とみられてきたのだ。
ちなみに、そうした強力な核弾頭を搭載した弾道ミサイルで空母を攻撃すればどうなるか。
敵空母を核ミサイルで攻撃したら、自国の首都に核ミサイルを落とされた-。こんな結果は勝利とは呼べない。核兵器の使用は報復攻撃を招くのが当然だ。結局、空母を攻撃するには「通常弾頭で」という“制約”がつく。実際のところ、空母を撃沈するのに弾道ミサイルを使おうと考える国は現在、中国と北朝鮮の2国だけだ。
中国は「空母キラー」として対艦弾道ミサイル(ASBM)のDF-21を開発、2014年に公開し現在多数を配備しているとみられている。このASBMは発射から命中までの十数分間に、軍事衛星からのデータで数度にわたって飛行コースを修正(中間誘導)し、最終段階では高性能センサーで空母を捕らえるとされているが、そうしたセンサーの開発を疑問視する声もある。
また、突入速度はマッハ10程度とされ、米空母を護衛するイージス艦の搭載する迎撃ミサイル「SM-3」で迎撃可能だと米海軍は自信を持っている。
世界第二位の経済力をもって軍備拡張に熱心な中国でも、この状態。一方、北朝鮮は、空母の発見や中間誘導に必要な軍事衛星を全く持っていない。
こうした事実を踏まえたうえで今回の北朝鮮の「誤差7メートル」の発表を評価するなら、もはや“白昼夢”だろう。実験だけを見ても、GPS衛星を持たない北朝鮮はそもそも目標座標の設定すら不可能なのだから、命中だの誤差だのと言えるレベルにない。
どうにも北朝鮮の「弾道ミサイルで空母攻撃」は夢物語の域を出ないが、北朝鮮にはその“夢”をアピールするしかないという悲しい理由がある。
正攻法は低空飛行の対艦ミサイル
冷戦時代、米原子力空母部隊をどう攻撃するかに執念を燃やしてきた旧ソ連は、対艦ミサイルを大量に発射し同時着弾を狙うことで、米空母部隊の防御能力を麻痺(飽和)させるとの戦術を編み出した。
そして米国は、この「飽和攻撃」から艦隊を守るために最強の防空戦闘機を開発した。強力なレーダーと火器管制装置「AWG-9(オーグナイン)」、長距離空対空ミサイルAIM-54「フェニックス」を搭載した艦載戦闘機F-14トムキャットだ。対艦ミサイルを搭載した敵攻撃機が、その対艦ミサイルを発射する前に撃退するのが目的だ。さらにその後、飛躍的な性能のレーダーと約100発の対空ミサイルを持つイージス艦を持つに至った。
冷戦終結後のロシアは、超低空、つまり敵艦の至近まで水平線の下を進む、超音速の対艦ミサイルを開発、実用化しているが、こうした対艦ミサイルの開発は弾道ミサイルより高度なレーダー・センサー技術が必要だ。しかも発射母機となる攻撃機や艦艇も高性能でなければならない。
しかし、戦闘機どころかトラックのエンジンも国産できない北朝鮮が、ロシアや中国、あるいは旧ソ連並みの「数と質」を揃えることは不可能だ。結局は、これまでリソースを集中してきた「ミサイル一本槍」の軍事力しかアピールできるものがない。
今年に入って各種ミサイルを次々と発射し、その軍事力を喧伝してきた北朝鮮だが、空母を狙うだの誤差が7メートルだのといった「発射実験結果」を主張するあたり“武器自慢”の材料もネタ切れのようだ。 産経ニュースより
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