2017年6月5日月曜日

中国新空母に対抗できるか 艦隊の“頭脳”護衛艦「かが」への期待 元海将

※この記事は、月刊「正論7月号」から転載しました。
 
この3月、海上自衛隊で最大の護衛艦「かが」が就役しました。艦名は隊内の公募をもとに選考されており、75年前のミッドウェー海戦で不運にも沈没した旧海軍の航空母艦「加賀」の活躍も意識して命名されたものです。

「加賀」はもともと大正時代に戦艦として造られ、後に空母に改造されたため、空母としては速力が遅いとか、煙突の排熱で艦内が異常に蒸し暑かったとか、いろいろ難もあったといわれています。ただ後世の人間からすれば、帝国海軍の代表的な空母だ、との思いは当然あります。今回、その名前にあやかった、ということはもちろんあるでしょう。

ヘリコプターを搭載し空母のような甲板を持った「かが」は、中国で4月に進水した空母などとはまったく別物です。「かが」はいかなる艦なのか、米国や中国の空母との対比で見ていきましょう。  

中途半端な中国の空母  

艦隊にとって空母を持つ意味は、家に例えれば「屋根が完成する」ということです。イージス艦なども確かに優れた防空能力がありますが、それはいわば「傘を差している」状態といえます。それに対して空母があれば、艦隊の上空に常に戦闘機などを飛ばして警戒できますから、制空権が維持でき、艦隊としては守りが万全な“屋根付きの家”になるというわけです。それゆえ各国海軍は空母を持ちたがるわけです。

ところで米「空母機動部隊」は今、「空母打撃群」にその呼称を変更しています。これは米空母が「相手国に対して打撃力を提供する」もの、すなわち「戦力投射(power projection)能力」の極めて高い兵器と位置づけられているからです。つまり今の米空母は、ミッドウェー海戦のように洋上で「艦隊決戦」する艦艇ではないのです。米国が海戦をする場合は、潜水艦あるいは巡洋艦などが、敵から探知されないはるか遠方から巡航ミサイルなどを撃ち込む形で終わらせます。

逆に空母は、そもそも戦闘海域には近づきません。例えば「燃料切れ」になって補給艦と並走しながら洋上給油などしていたら潜水艦のいい餌食になってしまいます。だから米空母は原子力推進で、危険な海域から高速で、永遠に逃げ続けられるようになっているのです。ちなみに今年1月、米国と中国の空母同士が南シナ海で衝突するとの観測記事が流れましたが、そのようなことはあり得ないのです。

米空母は、相手の国土に空襲し続けることができる、国家元首の意志を変えさせる「戦略兵器」です。今次、米空母カール・ビンソンが北朝鮮周辺に向かったのも金正恩に考え方を変えさせ「核開発をやめさせる」ための派遣です。日本で大騒ぎになっているような「直ちに戦争になる」というものではありません。いわば“「空母外交」をしている状態”といった方が理解しやすいのかもしれません。高速道路にパトカーが現れれば皆、速度を落とします。それと同様に、空母はその「プレゼンス(存在感)」にこそ意味があるのです。  

一方中国の空母も、艦隊の屋根として、また弱小国に対して戦力投射できる「戦略兵器」として使うつもりでしょう。しかし艦載機の発進方式がスキージャンプ式では、同機に積める爆弾などの重量に限度があり、そもそも空母内に保有している艦載機数も米空母と比べて格段に少ないため、戦略兵器というにはかなり貧弱です。  

また中国海軍の対潜水艦戦能力は極めて低いため、各国の潜水艦にとっては、中国の空母はただの良いターゲットにすぎず、米空母には到底及びません。

ただ中国は空母を持つことで、「米国と同レベルに近づいた」、と大国の自負心を満足させ、海軍のプライドも満たされたことは間違いないでしょう。  

ちなみに日本の「かが」はヘリコプターしか積んでいませんから、制空権を維持できませんし、戦力投射能力も当然ありません。  

守ってもらう前提の艦  

先日、「かが」の同型艦「いずも」が太平洋上で米海軍補給艦の「警護(escort)」に当たりましたが、これは本来の役目ではなく象徴的な運用だったといえそうです。  

ちなみに「米艦防護」と報じられますが、これは政治的な用語だといえましょう。そもそも警護できる対象は米艦だけではありませんし、防護(protection)という用語は、テロ等に「対処した」ことを意味する言葉で、今回「いずも」はテロに対処したわけではありません。

「かが」や「いずも」はそれ自身で戦闘する、というより「指揮中枢艦」としての役割が期待されている艦艇で、本来は他の護衛艦に守ってもらうべき艦艇です。従来は、横須賀に所在する自衛艦隊司令部が全ての情報を持ち、前線の海上部隊には必要な情報のみを伝達していました。しかし「いずも」や「かが」は、自衛艦隊司令部と同じレベルの高度な情報を持つことができます。現場の最高指揮官である群司令(艦隊の司令官)は現地情報だけでなく広範な情報に接した上で、正しい判断ができるようになったのです。

そうした「艦隊の頭脳」としての役割に特化しているため、「かが」は自艦を守る武器をほとんど持っていません。つまり空母ではなく、米海軍第7艦隊旗艦のブルー・リッジに相当する艦、と考えてもらえば分かりやすいでしょう。いうなれば「動くオフィス」で、手足の部分は他の護衛艦に任せる頭脳に徹した艦なのです。

勘違いしている人も多いのですが、現在の法体系のもとでも、日本は切迫した危険に対して総理が「武力攻撃事態と認定」すれば、自衛隊に「防衛出動を下令」し、国連に「自衛権の発動を報告」することで、他国の領土・領海・領空以外の海域・空域で「武力の行使」ができます。つまり日本攻撃を企図する相手国軍艦が公海に入った時点で、海上自衛隊はこれを破壊し排除できるのです。よく「専守防衛」といわれますが、日本の領海や接続水域に相手が入るのを待つのではなく、「事態認定」されれば、公海上で相手の軍艦を沈めていいのです。これは2004年に成立した事態対処法、いわゆる有事法制によって可能になりました。  

ですから「トランプ政権は『安保条約の適用範囲』と明言した」とニュース速報まで流れましたが尖閣列島は米軍に守ってもらっているのではなく、自衛隊が守っているのです。この島嶼防衛においても、「かが」が周辺海域にいれば、周囲の情報をすべて把握した上で各護衛艦、潜水艦に命令・指示を出して武力行使させることが可能になります。さらに言えば、米海軍艦艇とも現場レベルでも高度な情報交換が可能となり、危機的状況に対処できるようになるのです。南西諸島の守りもより盤石なものになるといえるでしょう。  

仮にF-35Bを載せたら  

もしこの「かが」に、米軍岩国基地に配備された垂直離着陸可能なF-35B戦闘機を搭載したらどうなるでしょう。確かに航空自衛隊の戦闘機が沖縄から飛来しなくても艦載機で敵戦闘機に対応できますから、艦隊防空に加え、島嶼防衛する上でも力を発揮することになるでしょう。  

しかし、F-35Bというジェット戦闘機を誰が運用するか、空自のパイロットになるのか、という難しい問題が発生します。まさに人気マンガ『空母いぶき』で描かれているようなことが起こりうるわけです。ちなみに現時点で空自は地上発進型F-35は導入しますが、艦載用F-35Bは全く視野にないようです。その点、本誌4月号で岩崎洋一元海将補が紹介しておられた、「イギリスは英空母に米国の海兵隊ごとF-35Bを載せる」というのは、すばらしいアイデアです。

イギリスは日本より人口の少ない国ですが、それでも世界の軍事情勢をしっかり把握しています。それは40以上の国に英軍人を派遣し、各国の作戦司令部などの中枢に幕僚(スタッフ)として勤務させているからです。付言すれば、米太平洋軍司令部に行くと、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどに加え、韓国の軍人も幕僚として作戦司令部内で勤務している姿を見かけます。一方日本の自衛官はあくまで「連絡官」という、他者としての扱いです。このように、実は韓国軍の方が自衛隊よりも米軍との関係が深く、韓国の大統領が代わって米韓同盟が揺らぐなどといわれますが、軍事的な観点から見ればあり得ないと思います。それは米軍が離れたら韓国軍だけでは作戦指揮はできず、米軍との「共同防衛(Common Defense)」以外の概念がないからです。このように戦後70年を経て、NATO加盟国のみならず、日本以外の米国との同盟国は、全て“米軍の指揮システム”に基づく「共同防衛」をしています。これを日本だけが「集団的自衛権(Collective Defense)」、つまり「アメリカとは他者の関係にある」ととらえた同盟としてそのグループから外れているのです(平和安全法制の国会議論当時、在日外国人記者の方々は、「Common Defenseはわかるが、Collective Defenseって何だ?」と最後までよくわからなかったようです)。

しかし、陸海空3自衛隊の中でも海上自衛隊だけは、同じ横須賀に所在する米第7艦隊と長年共に行動してきた結果、かなりのレベルで一体運用ができます。海自と米海軍の間では情報は共有され、米国は虎の子のイージスシステムも日本に渡してくれたのです。ちなみに第7艦隊勤務経験者は、海自のことを英語名称(Japan Maritime Self Defense Force)ではなく、「カイジョウジエイタイ」と呼ぶほど関係が深く、信頼されているのです。  

話がだいぶそれましたが、イギリスが自分の空母に米海兵隊チームを載せる方式を採用したことは国防費の節約にもなり、非常に賢い選択をしているといえます。しかし日本でそれをやろうとしたら「武力行使の一体化になる」といった批判が噴出し、最終的には憲法の問題に行き着くでしょう。また「外国に頼るのは良くない」との議論も噴出するでしょう。しかし、日本もそろそろ西側諸国が「共同防衛」をしている現実を直視しなければなりません。「自分の国は自分だけで守る」というのは、アメリカ以外の国家では不可能なことだからです。

在外邦人救出の際には「かが」の就役によって「艦隊の頭脳」が強化され、島嶼防衛での活躍も期待でき、「日本の抑止力は強化された」といっても良いでしょう。更に対潜水艦戦に重要な役割を果たす、哨戒ヘリコプター5機が同時に発着艦できる広い甲板を持つ「かが」は、艦隊全体のヘリの整備工場としての役割も担います。特にヘリの作戦運用全体を指揮できる航空隊司令が乗艦できるようになったことで、そのメリットはより大きくなったといえましょう。

一方災害派遣でも「かが」は威力を発揮します。艦内には床下にランケーブルを張り巡らせた巨大な区画があり、いざ災害のときにはメディアや自治体の関係者も収容できるようになっています。巨大地震などで陸上に大きな被害がある際は海から被災地へ行くしかない、その場に「自治体の指揮機能」と「病院機能」を持った「かが」が急行するわけです。  

実際、私が呉地方総監をしていたときも、和歌山県での防災訓練に同じようなヘリ搭載護衛艦「いせ」を派遣しました。その際は物資を大量・高速輸送できるオスプレイを「いせ」に着艦させ、艦内では和歌山県庁の職員と共にトリアージ訓練をしました。「かが」でも当然、同様の運用が可能です。  

もちろん、人員輸送にも使えます。万が一、朝鮮半島有事といった場合には、在韓邦人救出のために韓国の近海に出動することになるでしょう。残念ながら韓国の同意が得られないため、空自輸送機の韓国国内乗り入れは難しいと思いますが、港に集まった邦人を沖合の「かが」までヘリでピストン輸送することは十分可能だと思います。

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