韓国の文在寅政権は現在のところ、日韓両国間の対話に積極姿勢を示している。大統領特使として来日した韓国与党「共に民主党」の文喜相国会議員(72)は5月18日に安倍晋三首相(62)と会談し、日韓両首脳が毎年1回ずつ相互に訪問するシャトル外交の再開を求める大統領の親書を手渡した。ところが、日本政府にはもろ手を挙げて歓迎する雰囲気はない。
「今まで何回も中断しているわけだから、対話を続けて、結果的に『シャトル外交やってますね』となればいいんじゃないか。事前にシャトル外交って言うのはねえ」
外務省幹部はうかぬ顔で首をかしげた。
日韓シャトル外交は2004年7月、文在寅大統領(64)が秘書室長として仕えた盧武鉉元大統領(1946~2009年)の提案で始まった。しかし、盧氏は小泉純一郎元首相(75)が05年8月に靖国神社に参拝したことを理由として、一方的に相互訪問を中断した。
シャトル外交は、小泉氏による04年1月の靖国参拝の半年後に始まっているし、そもそも韓国は日本の交戦国ではなかったので靖国問題は関係ない。シャトル外交を打ち切った当時、盧政権は低支持率にあえいでおり、日本に対する「毅然とした外交」をアピールすることで政権浮揚を狙ったと考えるのが自然だ。
シャトル外交はその後、李明博元大統領(75)が08年4月に復活させたが、これも李氏の支持率下落と軌を一にするように尻すぼみとなる。09年10月以降は韓国側がシャトル外交に応じなくなり、12年8月には李氏が竹島(島根県隠岐の島町)に不法上陸し、日韓関係は決定的に悪化した。
日本政府関係者がシャトル外交の提案を素直に喜べないのは、過去の韓国政権が国内政治向けに「シャトル外交の中断」を利用してきた経緯があるからだ。しかも文喜相氏が来日中の5月17日には、韓国の調査船が竹島周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)で海洋調査を始めた。
慰安婦に関しても、文在寅氏は大統領選で「最終的かつ不可逆的解決」をうたった日韓合意の見直しを訴えてきた。5月11日の安倍首相との電話会談では見直しに言及しなかったが、12日に国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会が合意見直しを勧告した。これに勢いづいた反日世論に抗する力が、文政権にあるとはかぎらない。
それでも日韓は付き合わなければならない。ただ付き合うだけでなく、良好な関係を築かなければならない。
日韓両国は双方にとって第3位の貿易相手国だ。核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対処するためには日米、米韓だけではなく、日韓の協力が必要となる。韓国のヒューミント(人的情報活動)による北朝鮮関連の情報や電子情報は重要な意味を持つ。朝鮮半島有事が勃発すれば、在韓邦人を退避させるため韓国政府の協力が欠かせない。
では、韓国とうまくやっていくためには、どうすればいいのか。残念ながら、日本が努力しても日韓関係はそれほど良くならない。そう考えたのが、ジョージ・W・ブッシュ政権で04年12月から日本と朝鮮半島を担当したビクター・チャ元国家安全保障会議(NSC)アジア部長(56)だ。
チャ氏は米ジョージタウン大教授で、東アジア地域研究と国際政治理論を専門とする。1999年に出版した『米日韓 反目を超えた提携』で、日韓協力の度合いは米国による同盟国防衛の関与の強弱で変動すると唱えた。
日本と韓国はともに米国を同盟国とする「疑似同盟」状態にある。米国から「見捨てられる恐怖」が強まった場合、日韓両国は米国による抑止力を穴埋めするため日韓協力を強化しようとする、というのがチャ氏の見解だ。
米国のニクソン政権がアジア地域に展開する兵力の削減を計画した1969~71年は、日本が朝鮮半島の平和を日本の安全にとって緊要であると位置付け、日韓防衛交流も進んだ。カーター政権が在韓米軍の縮小を進めた1975~79年には、金大中拉致事件で停滞していた政治対話が活発になり、懸案となっていた漁業協定調印も実現した。
逆に、米国のアジアに対する関与が強い時には日韓関係がぎくしゃくする。レーガン政権が「力による平和」を訴えてアジアにおけるプレゼンス(存在感)を強めた1980年代は、日韓間で教科書問題など歴史をめぐる軋轢が強まった。
「米国のプレゼンスは『無責任という自由』を助長しているといえよう。そのために両国、特に韓国には理性的かつ建設的な方法で対日関係にアプローチしようとする動機が弱く、両国間の反目を内政に有利に利用しようとする傾向が強い」
こうしたチャ氏の見解を踏まえれば、文在寅政権下での日韓関係はどうなるか。
トランプ米政権は挑発行為を繰り返す北朝鮮に対し、軍事手段を含むあらゆる選択肢をテーブルの上に乗せ、同盟国を守る姿勢を繰り返し強調している。これが続けば日韓関係は改善されないことになる。
一方、米大統領選の期間中は在日米軍や在韓米軍を撤退させる可能性に言及しており、米国がアジアへの関与を低下させる懸念は完全に払拭されたわけではない。少なくとも文在寅政権が発足するまでは、トランプ大統領(70)が韓国を軽視しているとの見方もあった。
「米国が北朝鮮問題を議論するにあたり、韓国を『透明国家』か何かのように扱っているような気がする」
韓国紙・中央日報(日本語電子版)は4月7日、トランプ氏が安倍首相と頻繁に電話会談するのに対し、黄教安大統領代行(60)=当時=とは十分なコミュニケーションが取れていないことに不満をぶつけた。文在寅政権の対日積極姿勢は、韓国国内でくすぶる「見捨てられる恐怖」を反映しているのかもしれない。
ただ、チャ氏の議論は冷戦時代の日韓関係の分析を基としている。冷戦後も同じメカニズムが日韓関係に働いているとは言い切れない。
韓国の戦略的自立を目指した盧政権時代、米政府は盧氏の要求を上回る形で米軍の関与を低下させた。ソウル中心部の米軍龍山基地の返還に応じたばかりでなく、北朝鮮と向かい合う北緯38度線近くに駐留していた米第2歩兵師団の移転にまで踏み込んだ。有事に米軍が握る韓国軍の統制権に関しても、韓国側が2012年までの移管を求めたのに対し、米側は一時、大幅に前倒しして09年までの移管を提案して盧政権を慌てさせた。
それでも盧政権は対日関係改善に動かなかった。チャ氏の議論とは矛盾する。対韓外交に携わった経験もある外務省幹部は「チャ氏の議論は、韓国が日米以外に外交の選択肢がなかった時代を前提にしている。国交を樹立した中国が大国として台頭したことにより、状況は変わった」と指摘する。
盧政権は対中接近を進めた政権としても記憶されている。北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議では、核計画の即時廃棄を求める米国に対し、韓国は中国とともに段階的な措置を求めた。日本との歴史問題でも中国と共同歩調を取って攻勢を強め、中国との自由貿易協定(FTA)交渉も開始した。
中国は朝鮮戦争で北朝鮮側に立って戦った韓国の旧敵国だ。とはいえ、米国から「見捨てられる恐怖」を感じた韓国が、北朝鮮に影響力を持つ経済・軍事大国である中国に接近することで、自国の安全を確保しようとする力学が働く。
自国では対処できないほど隣国の国力が増大したり、大きな脅威となったりした場合、国家は大きく分けて2つの選択肢を持つ。1つが軍備増強や同盟形成により隣国に対峙する「バランシング(対抗)」であり、いま1つは隣国にすり寄ることで安全を確保する「バンドワゴニング(追従)」だ。
盧政権だけでなく、朴槿恵政権もバンドワゴニングを追求しているように見えた。とはいえ、バンドワゴニングを選択するのは、まれな現象であるとの見方が識者の大勢だ。
国際政治学の大家ケネス・ウォルツ氏(1924~2013年)は『国際政治の理論』で「指導的地位をめぐる競争においては、バランシングが理にかなった行動となる。なぜなら、ある連合が勝利すると、勝った連合の中の(バンドワゴニングした)弱い方の構成国は強大な構成国のなすがままになってしまうからである」と指摘している。
「中韓連合」が北朝鮮や日本に「勝利」したわけではないが、ウォルツ氏の警句は、朴政権が直面した事態に一致している。歴史問題や経済で密接な関係を築いたはずの中国は、米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備を拒否するよう要求した。韓国が要求に従わないとなると、韓国企業の不買運動や中国国内での営業停止処分が相次いだ。
文在寅氏がTHAAD配備も含め、どのような対中外交を展開するかは現時点で見通せない。朴政権の失敗に学び、中国への追従を戒めるのであれば、チャ氏が描いた冷戦時代の構図が再び生まれることになる。
いずれにせよ、日韓関係の行く末は、トランプ政権のアジア関与の度合いと、文在寅政権の対中観に大きく左右される。日韓関係が悪化すれば、日本政府の「配慮不足」や「不作為」を責め立てる声が国内で上がることも予想される。だが、韓国との関係を改善させるために日本外交のできることには限界があることにも留意する必要がある。 イザより
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2017年6月7日水曜日
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