私が所属しているNPO法人「ほっとプラス」には、食べるものにも困って、栄養失調状態で訪れる10代や20代の若者がいます。彼らは決して特殊な少数派ではなく、生活に困窮した若者の相談は後を絶たないんです。
にもかかわらず、上の世代はそういった若者が置かれている現実をまったく理解できていない。どう考えたって、現在の日本の社会構造や雇用環境は、若者に貧困を強いる劣悪なものになっているのに、それがまったく伝わらない。
今野晴貴(以下、今野):「若いんだから、働けばなんとかなるだろう」とかね。
藤田:ええ。私は「労働万能説」と呼んでいますけど、いまや安定した生活ができる賃金を得られる仕事に就ける人は限られています。逆に、働いてもまともな賃金を得られる保証のない仕事は増える一方です。働いたって、生活が豊かにならないんだから、労働万能説はもう通用しません。
今野:歴史的に考えると、日本の貧困対策って、実際に労働が担っていたんですね。国際比較をしても、日本の失業率はものすごく低い一方で、社会保障は劣悪です。
重要なのは、その高い就労率は派遣労働と一体だったということです。リーマン・ショック以前だって、政府は積極的に失業者を派遣労働者にする政策を推し進めることで、失業率の上昇を抑えようとしていました。
藤田:バブル崩壊とともに、1990年代から徐々に雇用の劣化や派遣労働の規制緩和が進んでいきましたね。
今野:特に大きいのは、2004年の製造業派遣の解禁です。会社からリストラされた人たちが、「月給25万円以上可」という求人に誘われて、工場に吸い込まれていくわけです。
でも、フタを開けてみたら、お盆で工場が止まる8月なんて、手取り10万円以下というひどい話になる。「寮完備」と書かれていても、実際は3DKのファミリー向けアパートに3人詰め込まれて、月5万円ぐらい天引きされる。こういうことが実質的な「失業対策」として制度化されていったんです。これが元祖「求人詐欺」ですね。いわば、求人詐欺が2000年代の貧困対策として機能してしまったわけです。
挙句の果てに、2008年のリーマン・ショックがあって、100万人以上の派遣労働者が一斉にクビを切られ、貧困が可視化されるようになりました。しかしそれでも、雇用環境は劣化の一途をたどっていて、今度は劣悪な対人サービス業や小売業などで求人詐欺が横行し、日本の労働人口を吸引しています。国家が貴重な若い労働人口を、政策的にブラック企業に誘導しているようなものです。
いちばん大きいのはスキルのミスマッチ
藤田:ブラック企業や求人詐欺の話をすると、決まって「だったら辞めればいいじゃないか」という反応が返ってきます。日本では、失業がそのまま貧困に直結することが理解されていません。失業保険も不十分だし、職業訓練や資格取得のメニューもあまりに貧弱で、再就職先もブラック企業になってしまうわけです。
今野:最近は、「人手不足なのになぜ働かないのか」という議論も目立ちます。でも愚かなことに、労働市場のミスマッチを心理的な要因でばかりとらえるんですよ。つまり、求職者が選り好みするから、人手不足状態になるんだと。
もちろんそれも少しはあるかもしれません。しかし、もっと大きいのは、スキルのミスマッチなんです。だって、いま人手不足になっている職種は、誰でもできる仕事ではないんですよ。トラックの運転手がいないとか、保育士がいないとか、具体的なスキルを持つ人がいないということが、ミスマッチの重要な原因です。
藤田:だったら、失業期間中にそういうスキルを身につける訓練メニューを拡充すべきなのに、まったくそうはなっていない。
今野:おっしゃるとおり。安倍首相にいたっては、「失業なき労働移動」というトンデモ発言まで飛び出すのだから、始末に負えません。「失業なき労働移動」なんて、「なんでもいいから、とにかく仕事をしろ」ということしか言っていない、本当に貧しい国で、独裁者がやるような政策です。
しかも、この政策はもう一つの重大なミスマッチをも放置します。それは、日本の労働環境が過酷すぎるということです。労働時間に上限規制がなく、サービス残業も当たり前。過酷な労働は若者のうつ病を蔓延させ、少子化をも進めてしまっています。ブラック企業は、言ってしまえば「人類とミスマッチ」なのです。それなのに、ただ「転職すればいい」というのはあまりに無責任です。
藤田:ブラック企業を転々と移れと。
今野:失業期間というのは、再訓練期間なわけですよね。産業構造が変われば、社会で必要とされる技術やスキルも変わる。だから、ふつうの国の立場から見れば、失業期間に新しいスキルを身につけさせて、時代に見合った仕事に就いてもらうほうが、税収も増えるし、生産性も上がるんです。ところが、「失業なき労働移動」は「再訓練期間は不要」と言っているんだから、日本亡国論もいいところですよ。
藤田:ヨーロッパは、失業保険の給付期間が長いので、その期間にしっかりとした職業訓練を受けたり、大学に入り直したりすることができますよね。だから、産業の変化に合わせて、労働者も移動していきます。ところが日本だと、失業のリスクが高すぎるので、長期にわたって、低賃金の労働に縛り付けられてしまうんです。
就労支援する側が、非正規雇用という衝撃
今野:職業訓練校の講師から労働相談を受けたときは、衝撃を受けました。パソコンスキルを教えている講師が、3カ月の有期雇用だったんです。
藤田:福祉業界と同じですね。支援する側が非正規、不安定雇用、低賃金という。
今野:そんな状態だから、失業者に対する就労支援も空回りしているんじゃないですか。
藤田:そう思います。社会福祉の世界でも、若者の就労支援に乗り出していますが、雇用の現場がわかっていないので、ブラック企業でうつ病になってしまった人を、またブラック企業に押し込むようなことが起きてしまっています。それでも就職が決まると、支援者は「よかった、よかった」と、就職祝いのパーティを開いて大喜びしてしまっている状態です。
あるいは、公的な福祉事務所の外郭団体に、パソナやテンプスタッフといった人材派遣会社が入っているから、生活困窮している若者を派遣労働者にする回路ができてしまっています。これなんて貧困ビジネスそのものですよ。
藤田:そこに、求人詐欺も横行しているわけですね。
今野:そう。求人詐欺の難しいところは、求人票を見るだけでは詐欺かどうかがわからないことです。たとえば、A社とB社があって、A社は残業100時間で20万、B社は残業なしで20万だとしても、求人票の段階では区別がつかない。入社した後にしかわからないんです。リクナビでもマイナビでも、残業代を含んだ金額を「月給」として平気で提示しています。国も取り締まっていません。ですから、私のような専門家が見ても、本当の月給は、まったくわからないのです。
藤田:求人詐欺の話も、本当は深刻に蔓延しているのに、ごくごく一部のブラック企業がだましているだけという認識だから、多くの人にとっては他人事にしか聞こえないんですよね。
今野:その認識は、圧倒的に間違っているんです。2014年に「ブラック企業対策プロジェクト」が実施した調査によれば、ハローワークで見つけた求人180件のうち139件、じつに77%が違法な内容でした。新卒の就活でも、同様に求人詐欺はゴマンとあります。
その最悪といってもいいケースが、過労死事件を引き起こした「日本海庄や」のケースです。この会社は「月給19万4500円」と募集していたにもかかわらず、入社直後の研修で、「給料の中には80時間分の残業代が含まれている」ことを説明していました。これは時給換算すると、1時間当たりの時給が、ほぼ当時の最低賃金なんですよ。
日本海庄やの事例は、氷山の一角にすぎません。同様のことが、飲食、小売、介護、保育、ITといった業界では当たり前のように行われています。これらの下層労働市場では、月に100時間残業して、ギリギリ生きていけるような賃金体系になってしまっているんです。
藤田:そういう職場でボロボロになって辞めた人が、社会福祉を頼ってやってくるわけです。うつになってしまった人だと、簡単に社会復帰もできない。そうなると手立ては、社会保障か、親が支えるぐらいしかないんですよ。
今野:親が支えたら、共倒れですよ。
藤田:実際、そうなんです。わずかな年金では、自分たちと子どもの生活を賄えないから、貯金を切り崩さなければならない。貯金がなければ、生活保護ということになるけど、日本では生活保護を受けるのも、非常にハードルが高いわけです。 東洋経済ONLINE引用
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