2017年10月8日日曜日

常在菌は敵か?味方か?


 
 
ヒトの体にはさまざまな常在菌が生息しています。常在菌は、外からやってくる細菌の定着を防ぐなど、味方としてヒトの健康を支えます。しかし、高齢になると、急に敵に変貌してヒトを攻撃してきます。常在菌は敵なのでしょうか、味方なのでしょうか。口の中の常在菌などが原因で起こる誤嚥(ごえん)性肺炎を例に、口腔(こうくう)細菌学の専門家、日本大学の落合邦康特任教授が解説します。【毎日新聞医療プレミア】

ヒトの常在菌は、口腔、鼻・咽頭(いんとう)、皮膚、消化管、生殖器などに複雑な細菌叢(そう)を形成し、人と生涯生活を共にします。外からの細菌による感染症を防いだり、ヒトが合成できない栄養物を産生したり、免疫を活性化したりするなど極めて有益な役割を果たします。では、ヒトに全く害がないのかというと、そんなことはありません。常在菌でも皮膚や粘膜の中(体内)に侵入してくれば、状況によっては病気になります。

実は、常在菌は毎日体内に侵入し、軽度の感染を起こしています。しかし、病気になることはまれです。それは、免疫システムが正常に働いているからです。免疫システムとは、自分の体を作る細胞(自己)か、そうでないか(非自己)を的確に判断し、非自己を排除する仕組みです。細菌は一つの細胞でできた単細胞生物です。われわれ多細胞生物は、常に細菌が侵入してくる環境で生き残るために、このシステムを持つ必要があったのです。

しかし、免疫システムは加齢と共に確実に低下します。細菌の体内への侵入を防ぐさまざまな体の防御機能も同様です。そうなると、共存関係にあった常在菌が敵へと変貌し、さまざまな害を起こします。それを最も良く表している病気が誤嚥性肺炎です。

◇肺炎を引き起こすさまざまな細菌

誤嚥性肺炎を含む肺炎は、がん、心疾患に続き日本人の死因の第3位です(厚生労働省2016年人口動態統計)。肺炎は誤嚥性肺炎、市中肺炎、医療・介護関連肺炎の大きく三つに分けられます。

まず市中肺炎ですが、細菌性の場合、原因となるのは主に肺炎球菌、肺炎桿菌(かんきん)、肺炎クラミジアやインフルエンザ菌で、ヒトの体からはほとんど検出されない細菌です。

誤嚥性肺炎は、本来食道に送り込まれるはずの食べ物や唾液が気管から肺に入り、口腔などに生息する細菌を一緒に取り込んでしまうことで肺に炎症が起こる病気です。眠っている間に唾液や鼻・のどの分泌物を少しずつ誤嚥してしまう「不顕性誤嚥」もあります。原因菌は、口腔内に生息しデンタルプラーク(歯垢<しこう>)を作る口腔レンサ球菌、歯周病の原因菌、皮膚や消化管や鼻腔から検出される黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌などです。

医療・介護関連肺炎は、気管挿入など何らかの医療・介護行為によって咽頭や口腔などの常在菌が肺に入って発症します。原因菌は誤嚥性肺炎とほぼ同じですが、腸内常在菌も挙げられます

◇高齢者に多い誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は特に高齢者に多い病気です。肺炎を発症して入院した人の中で、誤嚥性肺炎の割合は70歳代で約70%、90歳以上では実に95%にも上るといわれています。

若くて健康なときは、細菌まみれの食べ物や唾液が気管内に入り込んでも、咳嗽(がいそう=せき)反射や気管粘膜表層の細かい毛(繊毛<せんもう>)の運動、粘膜下の免疫担当細胞によって速やかに排除されます。しかし、年を取ると、これらの機能がきちんと働かなくなるのです。

◇口腔ケアで発症に大きな差

誤嚥性肺炎の発症を抑制するには口腔ケアが重要です。特に、歯科医師や歯科衛生士による専門的なケアが有効であることが、多くの臨床研究で明らかになっています。

代表的なものには、介護施設の入居者141人(平均年齢84歳)に対して行った研究があります。専門的な口腔ケアを週1回、2年間実施したグループ(77人)は実施しなかったグループ(64人)に比べ、発熱頻度や誤嚥性肺炎の発症が有意に減少したと報告されています。

高齢者だけでなく、ICU(集中治療室)に入っている患者についても、人工呼吸器関連肺炎(医療・介護関連肺炎)の発症を抑制することを示す研究があります。単に口腔内の細菌数を減少させるだけでは誤嚥性肺炎や人工呼吸器関連肺炎の発症は抑えられません。口腔ケアは、咳嗽反射など誤嚥を防ぐ体の反応・機能にも影響を与えていると考えられるのです。   毎日新聞より

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