2017年10月24日火曜日

金正恩氏が経済制裁で「最初の悲鳴」を上げた

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は20日、国際社会による経済制裁が子どもや女性を苦しめる「明白な人権蹂躙行為」であるとする「朝鮮制裁被害調査委員会」(以下、被害調査委)のスポークスマン談話を配信した。談話は、例えば次のように述べている。

国連機関の協力資金の送金ルートが遮断され、(中略)UNICEFとUNFPAなどが子どもと女性の健康保護・増進のために購入、提供する結核診断用移動式レントゲン設備と試薬、マラリア蚊殺虫剤、出産援助用医療機器の納入が不当なさまざまな口実の下で販売地と経由地で数カ月ずつ遅延し、多剤耐性結核患者の診断に必要な試薬は2017年から全く納入されていない」
数十万人の犠牲
北朝鮮の医療が劣悪な状態にあるのは、今に始まったことではない。

そしてその最大の原因は、国民生活を顧みず軍事にばかり巨費を注ぎ込む独裁体制にある。それが今になって、女性や子どもの健康の問題を持ち出すのは、国際社会から人権問題でさんざん叩かれたことへの「意趣返し」なのだろう。

そう思いつつも、やはりこの被害調査委の動きは気になる。被害調査委が北朝鮮メディアに初めて登場したのは9月29日のことだ。実は、北朝鮮国内の情報筋がデイリーNKや米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に対し、制裁がいかに大きなダメージをもたらしているかを伝え始めたのは、この少し前からのことなのだ。同月中旬には、ガソリン価格の高騰ぶりが具体的な値動きとともに伝えられ、制裁が北朝鮮経済を締め上げる様子を生々しく感じさせた。

まず間違いなく、金正恩党委員長は経済制裁が国民をいかに苦しめているかを承知しているのだ。その上で、その責任を国際社会に転嫁しているのである。

北朝鮮では1990年代に食糧配給システムが崩壊し、自然災害も相まって、「苦難の行軍」と呼ばれる大飢饉が起きた。少なくとも数十万人、一説には100万人にも及ぶ犠牲者が出たとされるが、人々はこの苦難を生き抜く過程で鍛えられた。もはや国家はアテにならないと学び、社会主義の中で教えられたこともない商売に乗り出したのだ。

そうした庶民の生命力は、北朝鮮の計画経済をなし崩し的に資本主義化させた。その過程で売春や覚せい剤の蔓延などの退廃も起きたが、「自分で稼ぐ」ことを学んだ人々の出現は、国家にしなやかな強靭さを与えるに至った。その基盤の上に乗っているからこそ、金正恩体制はなかなか揺らがないのである。

しかし北朝鮮国民の多くは、「苦難の行軍」の悲劇を忘れてはいない。「あの経験をもう一度、繰り返せるか」と尋ねられたら、皆が皆「まっぴらごめんだ」と答えるはずだ。

北朝鮮の独裁体制は、比類なき残忍さで知られる。大衆が権力に真っ向から逆らえば、死を免れることはできない。これが、北朝鮮には経済制裁が効かない理由でもある。民衆が体制への不満を募らせても、それを政治に反映するシステムがないのだ。

しかしそれでも、本物の飢えが再現されたならば、座して死を待つより権力に対抗して蜂起する人も少なくはないだろう。

筆者は、経済制裁がそこまで北朝鮮国民を追い詰めることを望まない。しかしこのまま行けば、あるいはそのような事態が繰り広げられる可能性はゼロではない。

もしかしたら金正恩氏も、そのことを直感して戦慄を覚えたのではないか。いったん人民が立ち上がれば、自分の権力を保てなくなると悟り、そのことが被害調査委の動きとして出てきたのではないか。

仮に、現在のこの情勢の流れの中で金正恩体制が倒れるようなことにでもなれば、被害調査委が出した談話は、金正恩氏が上げた「最初の悲鳴」として記憶されることもあり得なくはないだろう。  デイリーNKジャパンより

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