※この記事は、月刊「正論4月号」から転載しました。
昨年末に中国の空母「遼寧」が随伴艦5隻とともに母港の青島を出港し、東シナ海から沖縄をかすめ西太平洋に出た後、バシー海峡を通過して南シナ海に入るという、初の本格的な示威活動を開始した。同艦が九州からフィリピンにつながる第一列島線を越えて行動したのは今回が初めてである。中国国内では2隻目、3隻目の空母も建造中と伝えられる。日本国内では中国空母の脅威を唱える論調が出始めているが、本当にそれは脅威なのだろうか。あまり知られていないが、最近、米海軍において洋上での戦い方に変化の兆しが見えてきた。この状況をふまえて日本にはどのような選択肢があるのか、について小論で考察してみたい。
F-35Bの岩国配備
今年1月、米軍はF-35Bの1個飛行隊10機を海兵隊岩国基地に前方配備した。残り6機はこの夏までに到着することになっている。実は「F-35B」の配備は軍事戦術的には、将来の海上戦闘の様相を大きく変化させる可能性が秘められているのだ。
このF-35Bは、単なるステルス戦闘機ではない。ロッキード・マーティンF-35ライトニングIIは米軍の統合打撃戦闘機計画による第5世代の多用途戦闘機で、各軍の用途別に3種類の派生型がある。空軍向けのF-35A、海兵隊向けのF-35B、そして海軍向けのF-35Cの3タイプである。
空軍向けのAは通常離着陸型で、長い滑走路を持った陸上基地から運用するF-35の基本タイプである。海軍向けのCはカタパルトを備えた正規空母でしか運用できない。着艦速度を落とすために翼面積を増やし、強制着艦の衝撃に耐える強度を持たせた設計となっているが、基本的にはAと同じ推力構成である。しかしこれらのA、Cタイプとは全く異なり、短距離離陸・垂直着陸(STOVL ストーブル)能力を持つのが今回、岩国に配備された海兵隊向けのBタイプである。この能力によって同機は滑走路のない陸上からでも、あるいはカタパルトを持たない狭い艦上からでも運用が可能となる。同機はかつての垂直離着陸機ハリアーの後継機としての位置づけだが、速力はハリアーの2倍のマッハ1・6を誇る。
当初、F-35Bは複雑な揚力推進システムの問題から開発作業が難航し、2011年にはゲイツ米国防長官がBの開発を中止する方針を打ち出す事態にもなった。しかし、その後の関係者の驚異的な努力によってBは他の2タイプよりも早く、一昨年7月に初期運用能力の獲得を宣言した。
ただしSTOVL機の弱点として、その兵装や燃料の搭載量に制約があることは事実である。公表資料によれば弾薬搭載量はA、Cの約8トンに対しBは6・8トン、戦闘行動半径は1150kmに対し850kmとなっている。この不利を克服するため、艦上から発進する場合、搭載燃料を最小にして兵装を優先し発艦した後に空中給油をしたり、艦首にスキージャンプ仕様を施して発艦重量を極力増やす努力が行われている。しかし、この不利を補って余りある、いやSTOVLの利点と組み合わせることで劇的に変化する大きな能力をF-35Bは有している。
それは、3タイプに共通する能力であるが、極めて高いステルス性能、統合化されたセンサー融合技術、そして高度なネットワーク連接性である。ステルス性能に関する具体的な数値はもちろん公表されていないが、一説によればレーダー反射面積は第4世代戦闘機F/A-18などより3桁小さく、F-35の被探知距離は第4世代機の5分の1以下とされる。
もう一つの重要な機能としてネットワーク連接がある。その核となるのがデータリンクであり、F-35同士や早期警戒機とリアルタイムで情報を交換、敵情報を友軍内で共有し、機体のステルス性能との相乗効果で、敵に探知されることなく作戦を行える。
このステルス性やデータリンクによるネットワーク機能をSTOVL能力と組み合わせて、米軍はF-35Bをどのように運用しようとしているのか。
水平線の彼方を攻撃可能
昨年9月12日、ニューメキシコ州ホワイトサンズ試験場で、海軍と海兵隊による重要な一つの試験が行われた。それは、海兵隊のF-35Bが地平線の彼方で探知した標的の目標データを海軍のイージス・テストサイトがデータリンクで受信し、このサイトから長射程対空ミサイルを発射して標的を撃墜したというものである。これは何を意味するのか。
海軍は現在、空母部隊の艦艇・航空機からの目標情報をまとめてネットワークを構築した共同交戦能力の部隊配備を推進している。この概念を米軍ではキル・ウェッブと呼んでいるが、右の試験はこの計画を飛躍的に進化させるものとなるのだ。
例えば現状でも、早期警戒機で収集された目標データが空母部隊のイージス艦に転送され、それらの艦は自らのレーダーに頼ることなく対空ミサイルを発射することができる。右の試験の成功は、ステルス性能を持たない早期警戒機の役割をF-35が肩代わりすることで、相手に見えない複数のセンサーが敵の懐深く侵入し、イージス艦に目標データを直接送信あるいは中継することが可能となることを意味しているのである。
攻撃の目標は、今までは対空目標が主であったが、米海軍はそれを対水上目標にまで拡大する構想を立ち上げて、長射程の対空・対艦兵器の開発を推し進めている。昨年1月にイージス艦「ジョン・ポール・ジョーンズ」から試験発射された長射程対空ミサイルの対艦バージョンは退役フリゲート艦「ルーベン・ジェームズ」を撃沈した。また、射程1000kmを超すトマホークの対艦バージョンは2015年初め実証試験に成功し、実戦配備されることが既に決まっている。開発中の新型対艦ミサイルの発射試験には昨年7月に成功した。
なにもF-35に重い弾薬やミサイルを搭載して敵に向かわせる必要はない。後方に位置する水上艦から長射程の対空・対艦ミサイルを撃ち込んでもらえばよい。F-35Bは相手に見えないセンサー&ネットワーク機として飛ばせば十分なのである。それも大型空母からでなく。
大型空母不要論
米国の海軍アナリストであるノーマン・ポルマーは最近メディア誌上で次のような持論を展開した。すなわち、イスラム国攻撃の任務で地中海東部に派遣された空母部隊の1日の平均ソーティー数はわずか10機で、しかも弾薬投下は1機につき平均0・78発でしかなかった。わずかこれだけの運用をさせるのに必要な費用はといえば、満載排水量10万トンの原子力空母に5000名の乗員、プラス随伴する巡洋艦、駆逐艦も必要だ。最新空母1隻の建造コストは約150億ドル、そして就役した後も膨大な維持費を50年間払い続けなければならない。過去に米空母が持っていた偉大な能力、すなわち長距離爆撃能力のA-6イントルーダー、対潜能力のS-3バイキング、空中警戒能力のF-14トムキャットに比べると、次世代のF-35Cは確かにステルス性能や他の新しい能力を備えているけれども、航続力の短い「何でも屋」であることに変わりはない。
このことは空母がもはや海軍の最高の盾と鉾ではないことを意味する。敵を攻撃したければ攻撃機を飛ばす必要は無く、数百マイル離れた所から駆逐艦や潜水艦にトマホークを撃ってもらえばよい。
かたや、海兵隊の強襲揚陸艦の建造費は大型空母の5分の1で、しかも広大な甲板から最新のF-35Bを容易に運用できる。「空母1隻と強襲揚陸艦4隻のどちらが欲しいか戦闘指揮官に聞いてみるといい。現在建造中のものはしかたがないとして、その後の空母計画は再考すべきである」と、ポルマーは主張している。
強襲揚陸艦に搭載して運用
話を最初に戻すと、F-35Bは海兵隊岩国基地に配備されたが、米軍はこれと連動するかたちで強襲揚陸艦「ワスプ」を米国本土から佐世保に転籍させることを明らかにした。海軍の発表によれば、「ワスプ」はF-35Bの搭載に必要な改修や戦闘システムの性能改善工事を終え、今秋から岩国のF-35B飛行隊を搭載して本格的な運用をスタートすることになっている。
米太平洋艦隊司令官のスウィフト大将は、この「ワスプ」を中心とした部隊に最新のイージス駆逐艦3隻を組み合わせることで、正規空母部隊に劣らない最強の部隊が出来上がると言う。F-35Bが搭載するセンサー及びネットワーク能力は水上部隊へ極めて正確な目標データを提供する。司令官は、「この遠征打撃群は空母打撃群が有する圧倒的な力は持たないし、搭載機数や能力も劣ってはいるが、これがあれば、世界中の統合軍司令官がいつも欲しがる11個の空母打撃群に3~4個の打撃群が加わったのと同じ効果を持つことになる」と語っている。
英国の奇策
米国の同盟国である英国は最新空母「クイーン・エリザベス」を建造中で、早ければ今夏に就役する。当初英国はこの艦を米海軍なみの正規空母にするべく、カタパルトを装備して艦載用F-35Cを搭載することを考えていた。しかし2012年にハモンド国防大臣は搭載機をF-35Bに変更するという発表を行った。高額な建造価格による国家財政の圧迫や艦載型F-35Cの開発遅れなどがその原因とされている。結局、同艦は艦首にスキージャンプを装備しただけのものになった。
このような状況の中で、英国はこの空母に米海兵隊のF-35B部隊を丸ごと乗せて共同運用するという選択をした。その背景として、英側には空母の就役後直ちに搭載できる艦載機部隊を予算不足で持てないという事情、また米側には新機種のF-35Bを様々なプラットホームで使って戦術や装備品の開発改善に供したいという事情があったものと考えられるが、「特別な関係」である米英間にあるいはそれ以上の軍事戦略・戦術的意味があったのかもしれない。いずれにせよ英国はF-35Bを搭載することで、米軍との共同作戦で強力な戦闘力を持つことが可能になった。
英国人アナリストのダグ・バリーは次のように言っている。「米海兵隊のF-35Bを搭載することは、ほとんど役に立たない海に浮かぶ国有財産を持った英国を、きまりの悪い立場から解放するものだ。しかも、それは両国にとってメリットがあり大きな運用上の利点がある」
日本の採るべき道
ここまで述べてきたことから、我が国の海上防衛力はどのような方向に進むべきなのか。今春にはヘリコプター搭載護衛艦「かが」(満載排水量約3万トン)が就役し「いずも」型が2隻揃うことになる。この2隻は前述の米艦「ワスプ」(同4万トン)と比較した場合、排水量こそ小さいものの、艦の全長・全幅はほとんど変わらない。最大速力は、「ワスプ」の22ノットにくらべ「いずも」型は30ノットと凌駕しており、機動力や発着艦作業は極めて有利である。デッキ強度や昇降機のサイズは大型ヘリやオスプレイによる今までの訓練実績で実証されている。「いずも」型の詳細なデータについて筆者は知り得る立場にはないが、その船体規模から類推すれば、デッキ係止も含めてF-35Bの1個飛行隊を搭載して運用することは(所要の改造を行えば)十分可能と思われる。これはまさに人気漫画『空母いぶき』(かわぐちかいじ作、小学館)の現実化といえるだろう。
そのためには、F-35のBタイプが必要となる。現在航空自衛隊が導入しようとしているのは通常型のAタイプであるが、これは艦上では運用できない。Bタイプは航続力・兵装の面ではやや劣るが、それを凌駕する利点を持っている。それは作戦拠点が、狙われやすい特定の基地飛行場に制約されることなく、ある時は艦上から発艦し、ある時は点在する離島の小規模滑走路に退避し、ある時は前進秘密基地から出没する、という極めて柔軟な作戦運用が可能なことである。事実、先に述べた英国では海軍だけでなく空軍もこのBタイプを機種選定している。
もし自前で持つのが無理ならば、英国のように米海兵隊の飛行隊にそのまま来てもらうという選択肢が残されている。これは米軍にとっても、極東アジアにF-35Bのプラットホームが「ワスプ」以外に2隻増えるのと同じ効果を得られる(それよりやや小型ではあるが「ひゅうが」型や「おおすみ」型を含めれば7隻)。政治的にこれが厳しいならば共同訓練という形で平時から実績を積んでおくことが重要であろう。これに合わせて陸上自衛隊が導入予定のオスプレイを搭載すれば、極めて幅広い海上作戦行動が可能になるものと思われる。
“戦艦大和”を造る中国
5000名を超える乗員が乗り組み、建造費だけでも数千億円規模の大型空母を維持するには膨大な費用がかかる。さらに随伴する何隻もの駆逐艦や潜水艦を合わせた打撃群を維持することは、今や米国でさえも極めて困難になりつつある。かたや、センサー&ネットワーク機としてのステルス航空機を簡単に運用できる安価な軽空母と長射程のミサイル攻撃能力を持った水上艦のコンビは、米海軍を含め今後の海軍の方向性を示すものだ。中国は今、米海軍に対抗すべく大型空母を追い求めているが、それは見かたによっては、先の大戦で空母と航空機の時代に戦艦「大和」で戦おうとした旧日本海軍の姿なのではなかろうか。
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2017年6月1日木曜日
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