2017年6月11日日曜日

公開処刑増の北朝鮮 金正恩政権に迫りくる内部崩壊の足音

今年に入って10回目となるミサイル発射により、ますます脅威が高まっている北朝鮮。だが、北朝鮮国内に目を向けてみると、急速な治安の悪化が止まらず金正恩政権の足元が揺らいでいるという。朝鮮半島問題研究家の宮田敦司氏がレポートする。

北朝鮮の治安がどのような状態にあるかを知る手段の一つとして刑法の変化がある。北朝鮮は2000年以降、刑法を20回にわたり改正し、処罰の対象となる犯罪行為の範囲や刑罰の種類の調整を行っている。

刑法が頻繁に改正されている背景には犯罪の凶悪化がある。例えば、大都市では国家保衛省(秘密警察)や人民保安省(警察)【以下、「治安組織」と記述】の取り締まりにもかかわらず20~30人で構成される犯罪組織が存在しており、闇市場での生活必需品の密売や恐喝などを行っている。1990年代はこのような大きな犯罪組織は存在せず、組織といっても3~4人程度だった。

このほかにも、青少年グループによる強盗、窃盗、強姦などのさまざまな犯罪が急増している。2011年には3年間にわたり強盗を繰り返し、7人を殺害した10代の男女学生の犯行グループ15人が検挙されている。

◆刑罰の強化

刑法が改正のたびに条文が増加している。2004年の刑法では、「国家転覆陰謀罪」「テロ罪」「祖国反逆罪」「民族反逆罪」「故意的重殺人罪」が死刑となっていたが、2015年には、これに加え「破壊、暗殺罪」「麻薬密輸、密倍罪」が死刑となった。

このほかにも2015年の刑法には、無期労働教化刑として「国家財産故意的破損罪」「戦闘技術機材・軍事施設故意的破損罪」、最高5年以上10年以下の労働教化刑として「武器、弾薬、戦闘技術機材窃盗罪」、最高10年以上の労働教化刑として「武器、弾薬、戦闘技術機材、軍事施設故意的破損罪」、最高3年以下の労働教化刑として「麻薬、毒薬、爆発物の保管、利用秩序違反罪」などがある。これらは武器や弾薬、爆発物の管理がまともに行われていないことを意味している。

テロや破壊、暗殺といった犯罪が法律に記載されていることは、北朝鮮指導部がこれらの犯罪が発生する危険があることを認識していることを意味する。

貨幣改革(2009年末実施)の失敗直後からは、布告文や指示文を通じて「外貨不法流通時の死刑執行」(2009年12月)や「携帯電話を通じた秘密漏洩時の銃殺」(2010年3月)を発表している。その結果、多種多様な罪状で公開処刑が幅広く行われるようになった。

◆ずさんな武器弾薬の管理

武器弾薬のずさんな管理については、すでに10年以上前に問題となっている。2004年3月10日付の『武器、弾薬に対する掌握と統制事業をより改善強化することについて』と題された朝鮮労働党中央軍事委員会命令で、この問題の細部が明らかにされている。

紙幅の関係で詳細は省略するが、この命令の内容を一言でいえば、軍のみならず治安機関を含む武器を扱う組織で、武器と弾薬の管理がまったく行われていなかったという驚くべきものである。

例えば、「武器と弾薬が統制外に流れないようにすること」という記述があるのだが、これは裏を返せば、どこかへ流出しているという事象が実際に起きていることを意味している。「統制外に流れている」武器は、兵士が生活苦のために中国へ横流ししている場合もあるが、どこかの民家の床下に武装蜂起のために集積されているのかもしれない。

現時点での犯罪は、質と量において金正恩政権の存続に直接影響を及ぼすほどではない。しかし、治安機関の取り締まりが緩み組織的な犯罪が増加していることから、不満を持つ人々が組織化され反体制運動に発展する可能性を排除することはできない。

治安組織の取り締まりの緩みの原因の一つとして、治安組織の要員が生活苦から犯罪者から賄賂を受け取るなどの共存関係にあることが挙げられる。

◆公開処刑の増加

近年は、治安の悪化を処罰の強化で対応している。処罰の強化の代表例として公開処刑の増加が挙げられる。これは犯罪が急増しているため、殺人者、再犯者に対して極刑を科しているためである。

公開処刑は貨幣改革の失敗直後から大幅に増加している。前後の1年間を比較すると3倍強にも達している。この背景には、相次ぐ経済政策の失敗により国民の不満と反発が高まったため、死刑の適用対象を拡大したことがあると思われる。

金正恩が2012年4月に第1書記に就任して以降、多くの幹部が処刑されている。処刑は金正恩による超法規的な指示によるものもあると思われるが、死刑の適用対象の拡大も影響していると思われる。

◆反体制事件の発生

北朝鮮では過去に反体制事件が発生している。しかし、事件は散発的に起きており、組織の横のつながりがないため大規模な反体制運動にまでは発展していない。

2003年3月と8月に労働党中央委員会が発刊した思想教育資料『我々の内部に潜入した反党、反革命悪質分子、資本主義の退廃思想を広める反社会主義異色分子の策動を徹底して粉砕しよう!』では、咸鏡南道の蓋馬高原を中心に度々発生している送電線破壊事件を例に挙げ「反共和国策動」を一掃するよう促した。北朝鮮国内で破壊行為が行われていることが文書で明らかになったのは、これが初めてである。

実際に2003年6月に咸鏡南道と両江道の送電線が破壊され、両江道全域で停電が発生している。このため、2004年に配布された幹部向けの思想教育資料では「実際に送電線が破壊された事件が数例ある」と明らかにしている。

思想教育資料でこのような事件を実例として挙げているのは、事件の頻度と被害が、もはや隠すことが出来ないほど深刻な状態になったことを意味している。
◆「破壊、暗殺罪」の厳罰化

金正恩は幹部の忠誠心と民心の掌握に躍起になっているが、根本的な統治手法の改革を行わない限り、現実に生起している事態に適切に対応することは困難であろう。

このため、恐怖政治により表面的な忠誠を誘導することで政権を維持させているわけだが、表面化しないだけで幹部の金正恩への反発は増幅されていると思われる。恐怖政治の長期化により一般国民だけでなく側近も金正恩から離れていくだろう。

筆者は、2009年の刑法改正で、最高刑が「無期労働教化刑」から「死刑」に厳罰化された「破壊、暗殺罪」に注目している。これは、過去に生起していないような、破壊活動や要人暗殺が現実味を帯びてきたことを、少なくとも2009年の段階で金正恩をはじめとする指導部が認識していたことを示唆している。

◆危機感を募らせる金正恩

2012年11月、金正恩が全国の分駐所(派出所)所長会議出席者と人民保安省全体に送った訓示で、
「革命の首脳部を狙う敵の卑劣な策動が心配される情勢の要求に合わせ、すべての人民保安事業を革命の首脳部死守戦に向かわせるべきだ」

「動乱を起こそうと悪らつに策動する不純敵対分子、内に刀を隠して時を待つ者などを徹底して探し出し、容赦なく踏みつぶしてしまわなければならない」

と発言している。これは、金正恩が反体制勢力の存在を認識していることを意味する。治安機関の監視の目をかいくぐって進んでいる犯罪の凶悪化と組織化が、金正恩に危機感を与えていることは確かであろう。

最近のアメリカに対する強硬姿勢の背景には、こうした国内事情もあると思われる。金正恩が長期にわたり政権を維持するためには、核兵器と弾道ミサイルを背景にアメリカとの二国間交渉を実現させ、経済支援を獲得することで国民生活を少しでも向上させて不満を抑える必要がある。

しかし、国民に一時的に食糧などを配給することができたとしても、配給制度の崩壊と国外からの情報流入の増加により、祖父・金日成の時代のような統制された社会に戻すことは、もはや不可能である。

近い将来、反体制運動により突如政権が崩壊することは考えにくいが、金正恩政権が緩やかではあるが内部崩壊への道を進んでいることは確かであろう。 現代ビジネスより

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