2017年6月7日水曜日

英国王室の「公務引き継ぎ」から見える、日本の皇室の「ある問題」

95歳エディンバラ老公の「引退」

2017年5月4日、バッキンガム宮殿がひとつの重大な発表を行った。エリザベス女王の夫君エディンバラ公爵フィリップ殿下が今秋から公務を大幅に減らし、事実上の「引退」に向かうとのことである。

6月10日で満96歳というご高齢は、イギリス史上の男性王族では最長寿記録を更新中のものとなる。しかしこの報に接した多くの人々は、老公の年齢もさることながら、その公務の膨大さにむしろ驚いたのではないだろうか。

昨年度に95歳の老公が果たした公務は219件に及ぶ。さらに、老公が名誉会長や名誉総裁といった「パトロン(後援者)」を務める団体の数は、福祉、医療、教育、学術・芸術の振興、環境保護、そして陸海空軍などあわせて780以上にのぼる。

しかもこの役職は、決して「お飾り」などではないのだ。
 
今から4年前の2013年4月26日、老公はハンプシャー(イングランド南部)の空港からカナダのトロントに向けて飛び立った。翌27日に老公が連隊長を務める王立カナダ連隊に新しい軍旗を手渡すためである。

任務を無事に終えた老公は、28日に今度は逆の経路でハンプシャーの空港へと引き返し、30日にはウィンザー城で国賓として訪英したアラブ首長国連邦のハリファ大統領(アブダビ首長)を女王とともに出迎え、宮中午餐会に臨んだ。海軍元帥の制服に身を包む91歳の老公の表情には「疲れ」など微塵も感じられなかった。

これはごく一例に過ぎない。96歳という年齢は、そこまで長生きできる人は稀であるし、普通の人間であればとうの昔に引退し、悠々自適の余生を過ごしているはずである。

ところが、エディンバラ老公は議会の開会式やバッキンガム宮殿での園遊会など各種行事で、これまた91歳とご高齢のエリザベス女王とともに儀式を取り仕切っておられるとともに、単独での公務もまさに「はしご」の状態で、1日の間に次から次へとこなしておられるのだ。まさに「超人」と言っても過言ではなかろう。

しかしその「超人」にも「引退」の時機が訪れてしまった。思えば、老公よりひと回り(12歳)年下の天皇陛下も、昨年8月に「お気持ち」を表明され、近年中には皇太子殿下への譲位を望まれた。

2013年にはオランダのベアトリクス女王(4月)とベルギーのアルベール国王(7月)、2014年にはスペインのフアン・カルロス国王(6月)がそれぞれの事情で退位されている。いずれの君主も70歳代後半であられた。

また2016年1月には、老公より一足早く、デンマークのマルグレーテ女王の夫君ヘンリク殿下が81歳で公務からの「引退」を表明している。

日本に限らず、欧州各国の王室でも、君主とその配偶者の高齢化にともない、退位や引退といった事例が相次いでいる。

女性王族の大活躍

とはいえ、780もの各種団体のパトロンを、エディンバラ老公のように今後も精力的に務められるような存在などいるのだろうか?

これがしっかりといるのである。

現在、英国王室には(女王をのぞくと)23人の王族がいる。このうち未成年者は4名いるので、女王自身も含めて20人でなんと3000以上に及ぶ各種団体のパトロンを務め、年間3000件以上の公務も分担しているのだ。

老公が担ってきた団体は、これから数年の内に4人の子供たち、4人の孫たち、さらに複数のいとこたちに譲られていくことになろう。

2011年にウィリアム王子と結婚されたキャサリン妃も、「ウィンブルドン選手権」で有名な全英テニス協会の総裁など、すでにいくつもの団体の長を務めている。
 
また、夫のウィリアム王子や義弟ハリー王子も、祖父母や父チャールズ皇太子、亡き母ダイアナ妃から引き継いだ団体に加え、自ら立ち上げた新たな慈善団体の活動にも積極的に取り組む。

こうしたなかで英国王室にとって大切な存在となっているのが、女性王族なのである。キャサリン妃のように王子に嫁いで王族となった方々も大切だが、元々王族として生まれ育った女性たちも、英国王室では結婚後も重要な役割を果たしている。

たとえばエリザベス女王の長女であるアン王女。現在66歳の彼女は、英国オリンピック協会の総裁をはじめ320以上もの団体のパトロンであり、年間の公務も600件を超える。いまでは兄チャールズ皇太子に次いで、英国王室で2番目に忙しい王族である。

その彼女も昨年秋には珍しく体調を壊し、アフリカ南部への訪問を弟のヨーク公爵アンドリュー王子に託した。それも仕方あるまい。アン王女は、その直前までリオのオリンピック、パラリンピックに出席し、さらに彼女自身が英国王室との交流再開にひと役買ったロシアまで訪れていたのである。文字通り、世界中を飛び回っての大活躍なのだ。

さらに忘れてならない女性王族がアレキサンドラ王女。彼女は女王のいとこ(父ジョージ6世の弟ケント公爵の長女)にあたる。王女もまた、結婚後も引き続き王族にとどまり、女王の名代として世界各地を回った。

1961年に、戦後初めて英国王族として来日され、太平洋戦争で敵味方に分かれて以来の両国の戦後和解の第一歩を築いたのも、彼女なのである。そのアレキサンドラ王女も昨年12月には満80歳を迎えられた。

王女に篤い信頼を置いているエリザベス女王は、王女がパトロンを務める110の団体の代表たちとともに、バッキンガム宮殿で王女の「傘寿」をお祝いする特別の会合まで開いている。

アン王女もアレキサンドラ王女も、ともに「一代限り」の王族であり、彼女たちの夫も子供たちも、精確には「王族」ではない。それゆえ王室に関わる公務を担うこともない。

しかしこの二人の王女の活躍ぶりは、上に記したほんの一部の活動だけ読まれても、王室にとって、さらに英国全体にとって極めて重要なものであることが理解いただけただろう。

日本の女性皇族のゆくえ

ひるがえってわが国の皇室はどうであろうか。天皇陛下の退位に関する特例法が今国会で成立する見通しとなっているが、問題は「その後」である。

「上皇」「上皇后」となられるであろう天皇皇后両陛下が、現在のご公務の多くから退かれたとき、それを引き継がれるのは誰なのか? 国事行為については、当然、新天皇が担われるであろうが、それ以外の様々な行事や各種団体の総裁などはどうするのか?

現在、日本の皇室には(天皇陛下をのぞき)18人の皇族がおいでになり、このうち未成年の皇族(愛子さま・悠仁さま)をのぞくと、16人の方々で膨大な公務を担っておられる。
確かに数の上では英国の王族とそれほど変わりはないように見える。しかし、両者の最大の違いは、日本には英国にない女性皇族の「臣籍降下」の制度があることだろう。

日本では、もともと皇族に生まれ育った方が皇族以外の方と結婚された場合には、皇族の身分から離れることになっている(皇室典範第12条)。そして現在、14人いらっしゃる女性皇族のうち、7人は未婚の方々であり、いずれ結婚された場合には、皇室を離れてしまわれるのである。

それは遠い未来のことなどではない。

2017年5月16日の夕刻、秋篠宮家の眞子さまが一般の方との婚約に踏み切られるとの第一報が列島を駆けめぐった。大変におめでたい話ではあるが、眞子さま(1991年生まれ)は現在25歳。皇室でのご公務もようやく緒に就いてこられたばかりである。

すでに日本テニス協会や日本伝統工芸会の総裁職にあられるが、今後はさらに多くの要職に就かれるはずであった。しかも、他の未婚の6名の女性皇族のうち実に4名が眞子さまより年上であられる。

眞子さまが臣籍降下されてからのち、ご公務を担われる女性皇族が減少するのは、現況では火を見るよりも明らかである。
 
英国王室にも、眞子さまとちょうど同じお立場にいる、同世代の女性王族が実はお2人いる。女王の次男ヨーク公爵の王女たち、ベアトリス王女(1988年生まれ)とユージェニー王女(1990年生まれ)。

お二人ともまだ未婚であられるが、ベアトリス王女は児童福祉や婦女子の教育に強い関心を持ち、世界の最貧国を訪れてこの問題の解決に心血を注がれている。ユージェニー王女は12歳の時に脊柱の手術を受けられたことも関係して、難病や深刻な怪我に苦しむ人たちの救済に努めている。

すでにお二人あわせて20以上もの団体のパトロンを務め、そのうちのひとつ――癌にかかった10代の青少年を救済するための財団――は共同でパトロンとなっている。

彼女たちはこれから祖父エディンバラ公から数々の団体を引き継ぐとともに、いとこのウィリアム、ハリー両王子のように自ら慈善団体も立ち上げて、英国王室の公務を支えていくことになるだろう。

「女性宮家」という名称に難色を示す向きも見られる昨今であるが、女性皇族を一代に限り残し、ご公務を引き続き担っていただくのは喫緊の課題である。しかもそれは糊塗策に過ぎない。

皇室自体の安定的な存続についても本格的に考えていく時期にすでにきているのではないだろうか。 現代ビジネスより

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