2016年8月13日土曜日

ロシアの危険なウクライナ軍事行動

ウクライナとロシアの関係が再び一触即発の危機にある。この数週間で分離派支配地域のドンバスでの武力衝突が激しさを増すと、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ軍が、ロシアが2014年に併合したクリミアへの武力侵攻と「テロ」の企てを行ったと非難した。国境付近での銃撃戦は起こったようだが、実情ははっきりしない。不気味なことは、ロシアが状況を誇張して、新たな軍事的威嚇への口実にしているようにみえることだ。

ウクライナと一触即発の危機にあるロシアのプーチン大統領(中央)=ロイター
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ウクライナと一触即発の危機にあるロシアのプーチン大統領(中央)=ロイター

プーチン氏が、幅広い拡大の危険をはらむ新たな紛争を本気で望んでいるとは考えにくい。つまるところ、欧米と地政学的に対峙する中で、ロシアを利する方向への展開がいくつかあるようだ。トルコはクーデター未遂後、ロシアに再接近している。米国では、共和党の大統領候補トランプ氏が、支持率は揺らいでいるものの、プーチン氏を称賛し、ロシアのクリミア併合継続の承認を示唆している。欧州連合(EU)は英国の離脱決定で動揺している。

来月のロシア議会選挙を控え、プーチン氏は、停滞する経済から国民の注意をそらし、自身に、かけがえのない同国の守護者としての役どころを再び与えるためには、武力による演出が必要だと判断したのかもしれない。クリミアとドンバスでの兵力の強化を含む同氏の駆け引きもまた、8月24日に行われるウクライナの旧ソ連からの独立宣言25周年の祝賀から注意をそらすのがねらいかもしれない。

同様に懸念されるのがドイツ、フランス、ウクライナの首脳とのいわゆる「ノルマンディー方式」の交渉からロシアが事実上外れたことだ。昨年のウクライナ東部の停戦を定めた合意はこの交渉から生まれた。この不完全な合意は数カ月の間、膠着したままだ。ウクライナが、憲法改正により分離派の東部地域に対し、一定の自治権を認めるという約束を履行していないことも大きな要因だ。それがロシア政府に、ウクライナ東部から軍を撤退させ、国境管理をウクライナに返還することなどを含むロシア側の義務を履行しない口実を与えている。

だが、ミンスク合意は、少なくとも対話の道を開き、この1年はドンバスでの武力衝突が減った。プーチン氏がノルマンディーの4者協議から降りたことは、ウクライナを取り巻く外交には打撃だ。

同氏は欧米の制裁緩和の確約などの譲歩を引き出して交渉の場に戻りたいのだろう。自身が長年切望していたように、任期終了間近のオバマ政権をより公式な形でウクライナを巡る交渉に引き込むことも考えているかもしれない。

プーチン氏が今週、軍事力で威嚇してきたにもかかわらず、EUと米国は不思議に沈黙を守っているが、ロシアの巧妙な策略に警戒すべきだ。プーチン氏に主導権はない。EU内部での対立の兆しはいくらかあるが、欧米の対ロシア制裁での団結は驚くほど揺るぎない。北大西洋条約機構(NATO)は、バルト海沿岸諸国とポーランドに初めて軍を配備し、ロシアの侵略に対抗する意志を示している。

欧米はプーチン氏に対し、ウクライナでのこれ以上の軍事行為はさらに厳しい制裁を招き、低迷するロシア経済は深刻な景気後退に陥いるおそれがある点を確実に理解させるべきだ。また、ミンスク合意がドンバスの紛争解決や対ロシア制裁緩和の根底にあることも強調する必要がある。

欧米の首脳はイスラム過激派によるテロや移民危機、ナショナリズムの台頭に至るまで多くの課題に直面している。だが、ウクライナ情勢が1945年以降、欧州の平和に対する最大の脅威であることに変わりはない。プーチン氏の挑発が続く限り、欧米指導者は結束を維持し、ロシアによる隣国へのこれ以上の侵攻は同氏自身のためにならないことをはっきりと示さなければならない。

(2016年8月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

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