第2次世界大戦直後、ソ連軍により不法に占拠され、日本人が住めないところとなってしまった北方領土。日本は北方領土を取り戻すため努力をしてきてはいるものの、いまだに実現していない。しかし、過去には取り戻すチャンスが全くなかったわけでない。中国メディアの捜狐網は14日、なぜ日本はそのチャンスを生かさなかったのか、その理由について分析する記事を掲載した。チャンスがあったにはあったが、やはり難しかったといえるだろう。
記事は、ソビエト連邦が解体した1991年は、日本にとって北方領土を取り戻す「千載一遇」のチャンスだったと指摘。政治面ではソビエト連邦内の多くの地域が次々と独立を宣言し混乱していたほか、経済面でも厳しい状況に置かれていたため、ロシアは「最も弱体化していた」からだ。
では、なぜ日本はこの絶好のチャンスを生かせなかったのだろうか。記事は3つの理由があると分析した。その1つがロシアは当時も「強大な軍事力」を有していたことだ。300万人の兵力に1万発以上の核兵器、数万台の戦車や装甲車、5隻の空母、1000隻以上の艦艇など、米国でさえも恐れる軍事力だったため、ロシアは弱体化していたとはいえ、日本人をふるいあがらせるには十分の戦力だったとした。
2つ目は、「西側諸国が応じなかった」ためだ。記事は、「ソ連の解体はエリツィンと西側諸国がともに画策したものだ」と分析。そのためロシアのエリツィンに対抗するようなことを、特に米国が許さなかったのだという。実力が限られている日本は、西側諸国の支持がなければ動けなかったのだと論じた。
最後に、「ロシアは譲歩したが日本が受け入れなかった」ことを指摘した。弱体化していたロシアは、経済的な援助を必要としていたため、北方領土のうち2島を日本へ返還することで経済的援助を獲得しようとしたが、日本は「全島返還」を求めて拒否したと伝えた。
ほかにも、ロシアでは国内矛盾が激化していたため、国民の目をそらさせるために、外国との紛争を利用しようという意見もあり、日本は動くことができなかったと記事は論じた。こうしてみると、ソ連解体は日本にとってチャンスであったとはいえ、やはり容易には動けなかった事情があったといえるだろう。いずれにしても、北方領土の早期返還を願うばかりである。サーチナより
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2018年4月18日水曜日
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