2018年4月3日火曜日

訪中で聞こえてきた金正恩氏の悲鳴

モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授・西岡力

金正恩朝鮮労働党委員長が訪中し、習近平国家主席と会談した。私には、この訪中から金正恩氏の悲鳴が聞こえてくる。対北圧力を最高度に高めて政策を変えさせるという、安倍晋三首相とトランプ米大統領が主導して進めてきた戦略が効果を上げてきた。

軍事圧力と経済制裁で窮地に

金正恩氏を追い込んだのは、軍事圧力と経済制裁だ。昨年秋頃、金正恩氏は自分の動静情報が米軍に漏れているのではないかという強い疑いを持ち、米軍が本当に自分を暗殺する軍事作戦を実行するかもしれないとおびえだした。

私は金正恩氏の恐怖は一定の根拠があるとみている。米軍はブッシュ(子)政権時代、ステルス戦闘機を北朝鮮上空に入れて、金正日総書記が潜伏している場所の上で急上昇をさせて大きな音を出すという心理戦を行った(『エアフォース・タイムズ』2008年4月14日)。今、同じことを行っている可能性がある。

昨年8、9、12月に中国も賛成して決まった国連安保理制裁は非常に厳しいものだ。ついに一部に餓死者が出始めている。ただ、全国のチャンマダン(市場)の物価は高騰していない。なぜ餓死が出るのかと関係者にたずねると、中国への輸出がほぼ全面的に止まったためチャンマダンの商売全体が大きく縮小し、老人や子供だけの世帯などが食糧を買うことができなくなっていると説明した。

金正恩氏は以上の2つの圧力に音を上げて、昨年12月頃、平昌五輪を使って韓国に接近して米国との交渉に入るという方針を決めたという。当初は、大陸間弾道ミサイルなどの放棄などをカードにして、核放棄と在韓米軍撤退をバーターする取引を考え、文在寅政権との連邦制による統一という、自分たちに都合の良いシナリオを考えていたのではないか。

平昌五輪開会式と閉会式への特使派遣、その答礼として文在寅政権が送ってきた特使と3月5日に平壌で会って、米朝会談をしたいから米国に伝えてくれと極秘で語ったところまでは、金正恩氏のシナリオ通りだった。

核の完全廃棄迫るボルトン人事

ところが、トランプ大統領はその術中に引っかからなかった。3月8日に金正恩氏が核を廃棄すると言っているなら会ってもよいと韓国特使に告げたが、金正恩氏からの直接のメッセージではないため、米国は同席せず韓国特使から米朝首脳会談受諾を公表させた。

13日に北朝鮮に対して融和的な姿勢だったティラーソン国務長官を更迭し、後任に強硬論者のポンペオ米中央情報局(CIA)長官を指名した。22日にはマクマスター米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任し、ボルトン氏を充てると発表した。ボルトン氏は北朝鮮の核放棄はリビア方式でなくてはならないと一貫して主張してきた。リビアが核放棄をしてテロとの戦争のターゲットからはずされたときには、国際原子力機関(IAEA)などの国際機関ではなく、米英の情報機関が国内に入り徹底的な査察を行った。

ボルトン氏は拉致家族会と6回以上面会し、横田めぐみさん拉致に対して顔を紅潮させて怒った熱血漢でもある。このタイミングでのボルトン氏起用は、米国は核・ミサイルの完全廃棄という要求を下げない-具体的にはリビア方式を求めるというシグナルだ。

金正恩氏はリビア方式を容易にはのめないはずだ。金正恩氏の訪中は電撃的に決まった。これは本人が習近平氏との会談で認めている。ボルトン人事で慌てて訪中を決断したのではないかと私は推測している。習近平氏は会談と晩餐(ばんさん)会で、あたかも父親が息子に対するような横柄な態度で2回も「戦略的意思疎通」を取れと強調した。何かをするとき事前に報告せよという命令だ。それに対し、メモをとりながら習近平氏の発言を聞いていた金正恩氏も「戦略的意思疎通」に努めると答えている。

拉致被害者の一括帰国を訴えよ

金正恩氏は習近平氏に対して、トランプ大統領に会うとき、核問題でどこまで譲歩するつもりかということについて報告したのではないか。それなしの「戦略的意思疎通」はないからだ。

中国は金正恩氏の核が自国の安全保障にとっても障害になり得るという認識を持っており、中朝核共同管理を求めてきたという北朝鮮内部情報がある。金正恩氏がそれをのめば、中国は裏で経済制裁を緩めるなどの支援をするかもしれない。しかし、そうなればトランプ政権は中国銀行などメガバンクにドル取引停止を命じる2次制裁を発動するだろう。従って金正恩氏は一息ついたとはいえない。

勝負は5月の米朝首脳会談で金正恩氏がどこまで具体的に譲歩してくるかだ。その中に全拉致被害者一括帰国がなければ、日米は圧力を緩めないという強いメッセージを繰り返し発信するときだ。今月中旬の日米首脳会談が山場だ。核・ミサイルのリビア方式での全面廃棄と全拉致被害者一括帰国なしには圧力は緩まない。金正恩政権が生き残る道はそれしかないと伝え続けることが肝要だ。産経ニュースより

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