マレーシアの位置。マレー半島は歴史的にインド洋と太平洋をつなぐ交易拠点で、戦前はイギリスの海峡植民地を構成していた。イギリスはアヘン戦争以来、中国南部との結びつきが強く、このことも華僑が多く移住した一因だ(Googleマップ)
もっとも「第三の中国」とはいえ、マレー華僑の多くは中華人民共和国の成立前に渡来した人たちの末裔なので、中国本土の人たちとは様々な面で違いがある。
たとえば彼らは、中国本土では社会主義化や文化大革命によって失われた中国人の古い習慣や宗教を数多く残しており、文化人類学的に見て非常に興味深い社会を形成している。しかしながら、実は前近代以来のよからぬ文化もちょっと継承している模様である。
その代表例が「会党」、すなわち中国人の伝統的な秘密結社だ。日本人がイメージしやすい例を挙げれば、1930年代の上海が舞台の漫画『蒼天の拳』(原哲夫)に出てくるマフィアの紅幇(ホンバン)・青幇(チンバン)や、往年の『ゴルゴ13』に登場する華僑マフィア組織などがこれに相当する。伝統的な秘密結社は、中国本土では1950年代に「反動会道門」と呼ばれていったん徹底的に根絶されたが、マレーシアをはじめとする南洋華僑の世界では21世紀の現在になってもバリバリの現役で活動している。
中国人の秘密結社はもともと、伝統的にセーフティーネットが弱い社会において、親族や地縁のコネが希薄な人の生活を担保するための相互扶助の組織としての側面を持っていた。特に華僑が相対的にはマイノリティであるマレー半島では、ビジネスにおいて仲間の協力を得られるなど、加入することのメリットもそれなりにあるとも思われる。
とはいえ、現代の秘密結社は事実上はマフィア(黒幇)に限りなく近い。ニュースを見る限りでは、麻薬や銃の密売、団体同士の抗争など、ろくでもないことを相当やっているようだ。本来、マレー半島一体の各秘密結社は「仁義堂」「洪金龍」「五色旗」といった漢字の本名を持つが、真の名前を隠す目的なのか「08党」「24党」「360党」「550党」など、よく分からない数字で自分たちの組織名を呼んでいることが多い。
今回の記事では、現地の華字紙の報道から、いまなお元気に活動を続けるマレー華僑たちの秘密結社事情と、意外と笑える末端の構成員たちの動きをレポートしてみることにしたい。
気の弱い男子中学生、秘密結社の構成員に続々と襲われる
「てめえ! 俺たちの仲間に入らないとどうなるか分かってるんだろうなあ?」
今年7月16日の昼下がりである。マレーシア南部のジョホールバル市インピアン・エマス地区で、地元華僑の少年・阿倫くん(仮名16歳、中学3年生)が校門でバスを待っていると、突然5人の不良少年に絡まれた。1人は面識があったが、残る4人は見ない顔で、いずれも華僑系である。不良たちは阿倫くんを路地裏に連れ込み凄んでみせた。
「なんで『550党』に入らねえんだよ? ずっと誘ってやってるだろ?」
「僕は悪いことや法律に違反することをしたくないんです」
その答えに少年たちは激昂。5人がかりで阿倫くんをぶん殴って蹴りを入れまくり、みるみるうちに彼は口から流血して全身アザと切り傷だらけになってしまった。理由なき暴力でボコボコにされた阿倫くんは帰宅後に両親の勧めで警察に通報し、事態は明るみに出た。
犯人の少年5人のうち現役の学生は1人だけで、残る4人は退学者だったという。
現地華字紙『チャイナ・プレス』ほかによれば、彼の中学校には2グループの秘密結社が浸透して勢力を拡大中だったらしい。なかでも犯人らの「550党」は新規構成員の勧誘に熱心で、断った相手に脅迫や殴打を繰り返していた模様だ。
「でも、550党の仲間に入ったら毎月『保護費』とかの名目でお金を取られるし、550党の構成員に飲食をたかられるんです」
そう語る阿倫くんは今年3月ごろから入会を勧められ、550党の構成員からスマホの「微信」(中華圏で普及しているチャットアプリ)で脅しのメッセージを送りつけられるなどしていた。ほとんど往年のわが国の暴走族やチーマーみたいなノリだが、その正体は謎の秘密結社である。
こうした事態は、マレーシアの華僑社会では珍しくないらしい。例えば今年8月19日にも、ジョホールバル市内で15歳の中学2年生・王くん(仮名)が友達とブラブラしていたところ、突如として華僑系とインド系からなる15~30歳くらいの秘密結社構成員ら計15人に取り囲まれ、鉄パイプや棍棒などで袋叩きにされた。目撃した周囲の人が「警察が来たぞ」と叫んで制止するまで暴行は15分にわたり続き、王くんは頭に7センチの切り傷と右手骨折、左手に指の付け根を2カ所骨折するという重症で病院に運ばれた。
後日、王くんの母親が地元メディアの取材に答えたところでは、彼は7月ごろから学校に行きたがらなくなり、退学して働きたいと言い出していたとのこと。本当は、秘密結社の構成員による5~6回の勧誘を拒否し続けており、ついに報復としてリンチされたらしい。なお、この秘密結社の名称は不明である。
ほか、今年7月17日には秘密結社構成員らしき同級生の授業サボりを先生に言いつけた13歳の少年が、7人以上の少年から仕返しでリンチされる事件も起きている。8月、前出の王くんの母親が現地紙『光華日報』に語ったところによれば、この手の秘密結社がらみの学生暴力事件は過去3年間で少なくとも10件を数えるという。
生き血をすする暗黒の儀式にマレーシア警察が突撃
上記はいずれも学生の話だったが、秘密結社の構成員のメインはもちろん大人である。今年6月25日、マレーシア西海岸のペラ州の地元警察は現地で秘密結社「360党」の入会儀式が挙行されるとの情報を経て、その会合現場に突撃。ニワトリを生贄にささげてその血を飲み合う暗黒の儀式をおこなわんとしていた華僑系の男22人と女1人を逮捕した。ちなみに警察側は儀式の開始前に突撃したため、あやうく生贄にされるところだったニワトリ2羽の生命は助かったという。
『光華日報』記事によると、ペラ州警察は反社会的な秘密結社の摘発に力を入れており、上記の事件を含めて今年に入り105人の秘密結社構成員を摘発したらしい。その内訳は「04党」が40人、「08党」が32人、「36党」が2人、「21党」が2人、「24党」が6人、「360党」が23人とのことで、いかんせん秘密結社であるだけに組織名を並べられても何のことやらさっぱり分からないが、とにかく怪しい人たちが捕まったのである。
ほか、マレーシアと隣接するシンガポールにも同様の秘密結社が存在するらしく、今年3月中旬には同国ブキ・パンジャン地区で「俺は『369党』の構成員だぁ!」と福建語で叫びながら上半身裸で殴り合っていた華僑系の男数人が現地警察に逮捕されている。日本人観光客が多いマレーシア首都のクアラルンプールや観光地のペナン島でも今年2月に大摘発がおこなわれ、「24党」の幹部クラスを含む多数が逮捕されたという。
マレー半島の華僑系の秘密結社は、19世紀末に現地華僑の間で成立した「華記」という組織の系列の分派や末端組織と、中国南部で長い歴史と組織力を育んだうえで南洋に進出した「洪門」組織の系列の分派や末端組織におおきく分かれ、さらに独立系の小組織も存在する。現地のネットなどの情報を総合すると、今回の記事で登場した組織では「04党」「369党」が華記系で、「08党」「24党」「360党」は洪門系である模様だ(もっとも秘密結社なので組織の実態は秘密である。特にインド系構成員のことなどはなおさら不明点が多い)。
「洪門」は清朝の時代に満洲族支配に反抗した南少林寺の拳法僧侶をルーツに持つという伝説を自称し、往年は太平天国の乱をはじめとした清末の数多くの反乱に加わって、やがては孫文を助けた(むしろ孫文自身が加入していた)ことでも知られる秘密結社だ。
「洪門」の分派はなぜか中国大陸でも「中国致公党」という共産党の衛星政党として一応は組織を残しているが、往年のアングラさを漂わせた集団ではなくなり、すっかり体制内に組み込まれている。むしろ秘密結社としての「洪門」が表立って活発に活動するのは、マレー半島のような華僑の世界においてなのである。
謎の組織の実態はただの不良学生やヤンキーの集団か、それとも南洋華僑社会に隠然と根を張るチャイニーズ版フリーメーソンか? 不明な点は尽きないが、前近代のディープな組織がいまだに生き残り、老若男女を新たなメンバーとして組み込んでいるという現実は確かに存在する。驚くべき話と言うしかあるまい。 JBpressより
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