最近、政府の景気判断、つまり月例経済報告は、個人消費が上向いたと認識を改めている。たしかに2017年に入って、消費の指標は改善が続いている。ただこれは、16年11月ごろからの株価持直しによる資産効果が理由かもしれない。
また16年冬は天候不順による生鮮食品の値上がりが消費の重石となったが、17年に入ってその要因が徐々に解消されたことが、消費を一時的に増加させたようにみえるのかもしれない。
消費の単位を世帯(家族)だと考えて、世帯主の年齢構成をみてみる。単身を含めた総世帯では、2016年で60歳以上の世帯が53.6%を占める(図1)。世帯主の半分以上がシニアなのである。
図1
これを世帯主65歳以上でみると44.8%になる。この割合はほぼ一貫して上昇しており、今後も低下することは考えにくい。つまり、日本の消費者は全体として毎年、歳をとり続けていくのだ。
金額でシニア消費を測ると、2016年は60歳以上の世帯主がいる世帯消費の合計が117.6兆円。5年間で9.3%増。実額ではちょうどプラス10兆円の増加となる。これを65歳以上でみると、95.0兆円である。5年間で23.1%も伸びた計算になる(いずれも第一生命経済研究所試算)。
このデータをみて、「シニア消費を狙え!」と言いたくなる人もいるだろうが、そこは冷静な分析力があった方がよい。シニア消費はボリュームこそ巨大で成長力を持っていそうだが、個々のシニアの消費は小粒なのである。個人消費全体は、小粒の単位の増加によって変化しているに過ぎない。
たとえば、シニア消費がこれほど膨張しているのに、個人消費全体では5年前に比べて低調なのはなぜか。それは58歳だった人が63歳になって、サラリーマンから年金生活者になった、というような人が大勢いるからだ。現実に60歳以上の消費総額は増えて、逆に60歳未満の消費総額はもっと減っている。
データに基づくと、世帯主50歳代の1世帯消費支出は26万7072円/月である。これが60歳以上になると、22万1080円/月に減る。60歳以上になると2割弱ほど消費支出が減るということである。
特に、無職世帯(世帯主の勤労収入がない世帯)は、1世帯平均の消費支出が20万1713円/月とさらに低い金額になっている。そうした無職世帯は、総世帯のうち38.2%(2016年)にも増えている。彼らは、賃上げの恩恵にも浴することなく、なかば固定的収入の中でやりくりしなくてはいけない。
日本の消費者は、年々シニア層が増えることで1世帯の消費単位が小粒化しているのが実情である。
資産より不安の方が大きい
こう言うと、シニアは多額の金融資産を持っていて、実はリッチなのではないかという反論も出るだろう。消費が歳をとって減るのは加齢によって小じんまりと生活するからで、そのこと自体を問題視する必要はない、と言う理屈だ。
しかし、筆者は「シニアは資産リッチで問題なし」という議論を疑ってかかっている。無職世帯の家計収支は、公的年金を中心に月平均の収入(税引後)が約15万円で、支出が約20万円。差し引き約5万円の赤字というのが平均像である。年間64万円ほど貯蓄が取り崩される。
こうなると、将来不安は否応なく大きくなる。先々の医療・介護の備えを考えると、貯蓄不足のプレッシャーは「今の貯蓄で十分」と思って消費生活を楽しむ余裕を与えない。
筆者は、「資産リッチで安泰」という図式が誤っている根拠が世代間ギャップにあるとみている。おそらく、1990年代の早い時期に老後を迎えた人と、2020年以降に老後を迎える人の間には大きな乖離があるだろう。今後シニアになる人は昔のシニアほど資産リッチではなくなる。この現象を引き起こす原因の正体、それがまさしく「年金ギャップ」なのである。
削減という年金支給額の宿命
総務省「家計調査」の総世帯(単身を含む)で、無職世帯と区分された世帯の平均収入をみると、年金生活者の税引後収入は月平均15万円である。この数字は、厚生年金、国民年金といった異なる年金制度を人数ごとに平均したものである。
この数字が将来増えていくならば、まだ収入増への期待をつなげるだろうが、実際はそうではない。むしろ、現役の勤労者の半分になるまで年金支給の水準が切り下げられるのである。
現役世代の平均手取り収入を得る夫と専業主婦の世帯をモデル世帯として仮定し、その50.2%に支給開始時の年金給付額を調整していく。この調整によって、2004年比で2020年の年金給付額は実質15%削減されるとされている。この調整が加わることが、過去と未来の年金ギャップを生むのである。
2004年の年金改革は、「改革」と言っても、年金受給者の待遇を良くするという意味での改良が行われた訳ではない。反対に、これまでの待遇を維持していたならば、年金を掛けている現役世代の積立金によって増え続ける受給者への支払いを賄えなくなるから、現役世代の負担を増やし年金支給額を切り下げようとしている。
改革推進側のロジックは、年金制度が維持可能なように収支バランスを長期間かけて均衡させるから、「100年安心」が得られるということである。
大雑把に言えば、(1)2017年まで厚生年金の積立て保険料率を引き上げる(=負担増)、(2)支給開始時を段階的に60歳から65歳へと引き上げる(=支給減)、(3)物価上昇に対して年金支給額を連動させずに実質的に支給を減らす(=支給減)、の3つが収支改善のツールになる。
年金制度は複雑で、門外漢を寄せ付けないところがあるが、要するに、増えていく無職世帯は、その生活の糧である公的年金が、2004年に敷かれた年金改革のレールの上で削減される運命にあると言える。特に、今後、年金生活に入る人々にとっては、長い長いトンネルへと潜り込むかたちになるので、将来不安はどうしても大きくなる。
絵に描いた餅、年金財政は改善しなかった
それでは年金改革という既定路線がずっと順調に年金収支を改善してきたかというとそうではない。反対に、厚生年金などの収支バランスは、5年ごとのシミュレーション(財政検証)を大きく下振れする状況が続き、とても「100年安心」が履行された訳ではない。
その原因のうち、最も大きなものはデフレである。物価が下がり、さらにより大きく現役世代の賃金も切り下がった。そうなると、物価上昇の想定に基づいて、平均寿命や人数の変化に応じて物価連動幅を下押しさせ、年金収支の改善を狙った「マクロ経済スライド」が効かなくなる。
簡単に説明すると、公的年金は、本来、実質支給水準を維持するために、たとえば2%の物価上昇に対して、2%の支給額物価スライドを実施していた。ところが、マクロ経済スライドは、2004~25年にかけて、一定以上の物価上昇のときだけ、毎年平均0.9%の削減率を課する。
つまり物価上昇が2%だった次の年は、公的年金の増加率は1.1%に割引かれた物価スライドでしか支給額が増えない。前述(3)の実質支給減に対応する仕組みである。
近年の物価上昇が十分に大きかったのは消費税率が上昇した2014年だけだったため、マクロ経済スライドは初めて翌2015年度になって実行された。つまり、2004~14年までは、マクロ経済スライドは絵に描いた餅だったのである。
2013~16年に不安は植え付けられた
マクロ経済スライドが有効でなかった背景については、少し丁寧に説明していく必要がある。
まず、年金生活者は、年金を実額として減らされることに強い抵抗を感じる。こうした心理もあって、特例として1999~2001年の物価下落分を年金支給額にスライドさせずにきた。この特例による差額を解消するために2013~15年にかけて年金支給額が2.5%のカットされた(図2)。
図2
実にタイミングが悪いことに、この修正の最中の2014年に消費税率が上がって、15年度からマクロ経済スライドが実施された。実額での年金カットに続いて、実質的な年金支給の
抑制が追い討ちをかけた格好である。
現状、消費者物価が1%以上に上がる要因は、消費税の増税くらいしかなく、その時には年金生活者には0.9%ポイントのマクロ経済スライドの押し下げに見舞われる。
もうひとつ加えると、厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が、60歳から61歳に遅れさせたのが2013年度から、61歳から62歳へと遅らされたのが16年度となっていた。これも、年金カットと同じことになるので、シニアに移行した人たちは、生活への不安を2013~16年にかけて特に強めたことであろう。
有識者の中には、これは2004年のときにすでに決まっていたルールだから意外感はないはずだ、という発言がある。筆者はそうではなく、年金カットのタイミングが重なることが事前に分かっていたにも関わらず、意図的に避けなかったことが余計にダメージを大きくしたと考える。
そして、本来は、将来の社会保障システムの維持に必要な消費税の増税を、高齢者が嫌うようなインセンティブ設計にしてしまった。2004年の「100年安心」が成り立って、消費税の増税が反対されるのはおかしな理屈である。 現代ビジネスより
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