2017年7月28日金曜日

すべてを失った籠池泰典が私だけに語った本心

「刑事問題となっている案件を議場で聞くなどという議会制民主主義を逸脱するような議員には、多少の疑問の念をもっている」

7月10日開催された大阪府議会本会議に参考人として招致された森友学園・籠池泰典前理事長は、演壇の上からこう言い放った。

籠池氏からの「教育的指導」を受けたのは、「大阪維新の会」の笹川理府議。この発言の後も、「特別支援児助成金の不正受給」など、地検特捜部の捜査対象となっている事案について笹川府議が質問するたび籠池氏は「同じことを何度も言わせないでいただきたい。時間の無駄です」と「教育的指導」を繰り返した。その姿はまるで出来の悪い生徒を教壇から𠮟り飛ばす老練な教師のようだ。
 
「でも実際、籠池はんの言うことは正論やわな。議会で刑事事件を議論したかてしゃーないがな。府議会やねんから府の行政を検証せんとな。しかしなんやあの維新の若い子は。出来が悪いにも程があるやろ」

府議会本会議の様子をネット中継でみていた在阪メディアOBが、半ばあきれるように嘆息する。長年大阪府政を取材してきた彼の目には、今回の籠池氏参考人招致は「府議会の劣化の象徴」のように見えたのだという。

大阪地検に向け自宅を出る籠池泰典前理事長
=7月27日、大阪府豊中市(山田哲司撮影)
大阪地検に向け自宅を出る籠池泰典前理事長 =7月27日、大阪府豊中市(山田哲司撮影)

 
「そやけど、最近の籠池はん、サヨクみたいやな。180度の変わりようや。あの人の口から『議会制民主主義』なんて言葉がでるとはなぁ」

刑事事件の容疑内容を議会で議論しても意味はないとの当然の指摘をとらまえて、「サヨク」呼ばわりとはいささか恐れ入るが、確かにこの老ジャーナリストの指摘どおり「最近、籠池氏が変わった」とは言えるだろう。

都議選最終日。籠池氏は安倍首相の街頭演説が行われるJR秋葉原駅前に姿を現した。「安倍さんに100万円を返しに来た」というのである。駅前ロータリーに蝟集(いしゅう)する聴衆の最前列に陣取るが、あえなく警察によって排除されてしまう。それでも籠池氏はなんとか安倍首相に食らいつこうと、100万円の札束を振り回しつつ、「嘘をつくのをやめろ!」「本当のことを言え!」とヤジを飛ばし続けた。きっと安倍首相からみれば、あの日の籠池氏も、あの日あの場で「安倍やめろ」コールを叫び続けたプロテスターたちと同じ、「こんな人たち」の一人ということになるのだろう。

確かに籠池氏は変わった。今年の2月に森友事件が世間を騒がし始めた頃に流布された「ファナティックな愛国者」「狂信的な安倍政権支持者」としての要素は、最近の籠池氏の言動からは一切うかがい知ることはできない。議場で大阪維新の若い議員を𠮟り飛ばし、路上でプロテスターのように安倍晋三にヤジを飛ばす姿は、あの頃と180度路線変更したように見える。

だが、当の本人の認識はいささか違うようだ。

「第一次安倍政権のころのような、鮮烈さはもう安倍さんにない。あの頃はよかった。教育基本法の改正なんぞ、歴史的偉業ともいえるやろう。そやけどあの頃の安倍さんはもういない。いまあるのは、ただ単に地位に恋々としがみつく姿だけや。安倍さんは変わった」

かつてインタビューで安倍政権に対する見解を聞かれた際、籠池氏はこう証言している。どうやら、籠池氏本人は「変わったのは自分ではない。安倍晋三であり、その周囲だ」という認識をもっているようだ。
 
繰り返される空襲で壊滅的な被害をうけた大阪の地に、学校法人森友学園の経営する塚本幼稚園が誕生したのは昭和25年(1950年)のこと。私立の学校法人が幼稚園を開設するのはこれが全国初の事例だという。

森友学園が運営する塚本幼稚園=大阪市淀川区
森友学園が運営する塚本幼稚園=大阪市淀川区
 
塚本幼稚園の経営は、戦後の「子沢山社会」の波に乗り順調に拡大。大阪市住之江区南港、兵庫県川西市清和台にも「支店網」を築くまでにもなった。昭和50年ごろからは各地の自治体から「小学校を作ってはどうか?」との提案が持ちかけられるようになる。しかしどの計画も具体化するたびに、法や規制の壁に阻まれ頓挫した。

平成9年、小学校建設の夢半ばで寛氏は他界する。その後の学園の経営を引き継いだのが、寛氏の長女・絢子氏の夫である籠池氏だ。小学校建設を「先代からの宿願」として引き継いだ籠池氏は、2代目理事長に就任した直後からさまざまな活動を展開するようになった。

転機が訪れたのは平成18年。第一次安倍内閣誕生の年だ。この年の12月、安倍内閣は教育基本法改正を断行する。

「うれしかったね。一人の愛国者として素直にうれしかった。学校法人の経営者としても『これで、ようやく教育現場で愛国心を正面から教えられる』との喜びもあった。で、同時に、文科省の方針としても愛国心をカリキュラムとして扱うというのだから、以前から自分でもやりたいと思っていた愛国教育を学園のカリキュラムとして育てられれば、規制の壁も突破できるんではないかなと思うたんよ」(籠池氏)

ご真影遙拝(しんえいようはい)、教育勅語の奉読、軍歌・戦時歌謡の斉唱などの「愛国教育」はかくて誕生した。それは籠池氏が青年期から胸に抱いていた彼なりの「愛国心」と、安倍内閣による教育基本法改正という「時代の風」と、小学校建設という「年来の宿願」がない交ぜになったものだった。

籠池氏の狙いは正しかった。塚本幼稚園が愛国教育に力を入れれば入れるほど幼稚園の評判は高まりつづけた。各方面からの視察が相次いだ。その評判を聞きつけた中山成彬や山田宏など、「愛国心」を売りにする政治家たちが、「人を集めるコンテンツ」としての塚本幼稚園に目をつけるのは時間の問題だった。「愛国論評」で売り出し中だった青山繁晴や竹田恒泰などの保守論壇人たちも同様。彼らが塚本幼稚園で相次いで講演したのは、なにも籠池氏側からのアプローチだけが理由ではない。
 
実際にあの当時の保守業界では「塚本幼稚園の愛国教育」が「流行(はや)って」いた。当時のあの界隈(かいわい)の人士が幼児教育を語る際のトレンドは、「愛国教育に邁進(まいしん)する塚本幼稚園を称揚する」ことだった。現に、青山繁晴は当時ネットメディアに出演した際、「塚本幼稚園の籠池園長は立派。塚本幼稚園がんばれ!」と宣伝までしていたではないか。

こうした背景を踏まえれば、籠池氏が安倍晋三夫婦と接近し得たことは、極めて自然だったことが理解できるだろう。「施政方針演説の直後の辞任」という前代未聞の醜態をさらして総理の座をほうり投げた安倍晋三を、保守業界は支え続けた。保守論壇誌には安倍再起論が盛んに掲載され、各地の保守団体のイベントでは安倍晋三をゲストとして招聘(しょうへい)する動きが続いた。

そんな流れの中で籠池氏の周りでも「愛国教育で名高い塚本幼稚園で、安倍晋三講演会が開催できないか」との企画が立ち上がる。籠池氏が安倍サイドと初めてコンタクトをとったのは平成23年暮れのこと。人を介して電話で昭恵氏と会話したのが最初だという。昭恵氏と会話を重ねるなかで講演会の計画は具体化していき、平成24年10月に実現の運びとなったが、突如、安倍は総裁選への出馬を表明。講演会は直前にキャンセルとなり、籠池氏の手元には安倍事務所からの丁寧な謝罪の手紙が届いた。
 
その後も籠池氏と昭恵氏の交流は続き、「安倍晋三記念小学校」という名称の応諾も、平成26年3月に東京のホテルオークラで行われた籠池夫妻と昭恵氏の会食も、「極めて自然な会話の中で」(籠池氏談)次々と決まっていった。籠池氏によれば、昭恵氏からは「普段から、主人は塚本幼稚園の教育内容に感心しており、いまも総裁選出馬で講演会が取りやめになったことを残念に思っており、いつかはお邪魔してお話したいと言っている」との話を何度も聞かされたのだという。

確かに安倍首相は今年2月「籠池理事長は大変熱心な教育者だと妻から聞いている」と国会で答弁してはいる。この籠池氏の証言はある程度は信憑(しんぴょう)性を認めてもよいだろう。その後の籠池氏と昭恵氏の交流が、どのような経緯をたどり、あの小学校の土地取引にどのような影響を与えたかに関する籠池氏の証言は、国会の証人喚問や各種の報道でご承知の通りだ。

だが、この「安倍・籠池蜜月関係」も、森友事件が国会で取り沙汰されるにつけ、ヒビが入るようになる。はじめて国有地不当廉売事件が国会で質問された当初、安倍首相は塚本幼稚園の教育内容と籠池氏の教育者としての資質を称賛しさえしていた。

しかし、不透明な土地取引の実態、幼児虐待疑惑、運動会での「安倍首相がんばれ!安倍首相がんばれ!」の選手宣誓など、新事実が明るみに出る中で安倍首相は答弁の方向を変更し、ついにはあの「私や私の妻や事務所が関与していたというのであれば、総理も議員もやめる!」と口走る。この不用意な一言で森友事件は一気に政局化し、そして籠池氏の運命も転落の一途をたどった。
 
籠池氏本人の認識にたてば、「先代からの宿願であった小学校建設に邁進(まいしん)するなかで、教育基本法改正という時代の風が吹いた。その風に乗ったところ安倍夫婦と繋がった。その後その風は神風となり、小学校建設一歩手前までこぎ着けた。にもかかわらず、安倍夫婦の変心で神風は逆風となり、いまやすべてを失った」ということなのだろう。

「いまおもたら、ここ数年間は、安倍さん夫婦の一言一言に翻弄されてきたようにさえ思う」
 
そう語る籠池氏の顔には寂寥(せきりょう)感さえ漂っている。当時の顧問弁護士だった酒井弁護士とともに盛んにテレビに露出していたころの、「大阪のあくどい中小企業者」然とした面影は、もはやどこにもない。

3月末の国会証人喚問の後、籠池氏はある習慣を再開した。毎朝5時に起床。そのまま端座合掌し約一時間ほど瞑想(めいそう)する。「生長の家」の教祖・谷口雅春氏が提唱した瞑想(めいそう)法「神相観」だ。元来籠池氏は熱心な「生長の家」信者。かつては毎朝「神相観」を行っていた。しかし小学校建設プロジェクトが加熱したころからいつしかこの瞑想(めいそう)を行わなくなったのだという。

自宅前で取材に応じる籠池泰典氏(左)
=7月27日、大阪府豊中市
自宅前で取材に応じる籠池泰典氏(左) =7月27日、大阪府豊中市

 
「いろんなことが次々と起こり、舞い上がっとったんやろうな。神想観(しんそうかん)もやらんようになったし、『甘露の法雨(かんろのほうう)』(生長の家の経典)も読まんようになってた。いまようやくその大切さを思い出し、またやりはじめたところ。まあこんなんでは、雅春先生に怒られるわなぁ」と、籠池氏は自嘲気味に自分の「信仰回帰」を語る。

「僕は何が大切か思い出した。何が根本なのかを思い出したんや。安倍さんはどうやろうなぁ? 第一次政権のころのような、あの混じりけのない愛国心はどこへいってしもうたんやろうな? 地位のため嘘をつき、他人を蹴落とす。あのままでええんかね? あんな人が総理大臣で、日本国はほんまに大丈夫やろうかね?」

籠池氏の問いかけに、安倍首相はなんと答えるのだろうか。  iRONNAより

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