兒玉所長が研究するテーマの1つは、「レーザー核融合」の実現に向けたさまざまな技術。最終目標はそこから電力を取り出すことである。
燃料となるのは、無尽蔵ともいえる海水から取り出すことができる水素の同位体、重水素や三重水素など。これに高出力のレーザーによって、他の手段では実現し得ない極限状態ともいえる圧力をかけて「爆縮」させる。すると核融合反応が起こり、極めて高いエネルギーを取り出すことができる。
これまでの「核分裂」という化学反応を用いる発電方法とは根本的に異なるこのテクノロジーは、無尽蔵に近いエネルギーを日々生み出す太陽の化学反応と似ていることから、核融合による発電には「ミニチュア太陽」という比喩がしばしば使われる。
人為的にミニチュア太陽を生み出す。そんな夢のような技術が本当に実現可能なのだろうか?
大阪大学にある『レーザー科学研究所』は、今から45年前に設立。レーザー技術に関して日本で最も歴史ある研究機関である。初代センター長のときからレーザー核融合を目標に掲げて研究を進めてきた。
1983(昭和58)年には、世界有数の大型レーザー実験装置「激光XII号」を完成。また、2003年には超高強度レーザー「LFEXペタワットレーザー」も完成した。この2つのレーザーを駆使して、日々さまざまな実験が行われている。
兒玉所長によると、同研究所は設立から20年ほどはレーザー技術において世界をけん引するほどの技術開発が行われてきたそうだ。
「90年代には『激光XII号』で、固体密度の600倍を超える燃料の圧縮を達成させ、温度も核融合の点火に必要とされるところまで到達させています」
しかし、日本の成果を基にアメリカでは10倍もの予算規模で大きな装置を建設、点火に向けての研究を加速させてきているのだという。
- 大阪大学『レーザー科学研究所』の建屋内部。体育館よりずっと大きな空間の中に、2つのレーザー装置が並んで設置されている
先進国の象徴であるパワーレーザー。海外の多くの国では、新たな産業の可能性から大きな予算がつき、国家プロジェクトとして進められている。
そんな予算規模の国の一つ、アメリカでもまだレーザー核融合点火まで到達できていない現状の中、日本は違う角度から技術を磨いてきた。
「日本が使える予算では、海外とまったく違う戦略を取るしかない。そんな中、17年前に『高速点火』というより効率のいい方法を提唱したほか、プラズマを生み出すことで雷のような高い電流を光速に近いスピードで流す『高エネルギー密度プラズマフォトニクス』という技術も生み出し、その研究を進めてきました。結果、僕らは世界で最も安定した電子ビームを発生できるようになったんです」
- レーザー科学研究所内の展示室にある、未来のレーザー核融合発電炉模型。炉本体では燃料に向かって8方向からレーザーを照射し「高速点火」の技術で点火、莫大なエネルギーを取り出す
そうやって世界が競い合い、また「高速点火」など得意分野では協力し合いながら技術を磨いていけば、本当に近い未来に核融合発電というミニチュア太陽の創造が可能となるのか?
「あと10年、20年で核融合発電が実現できるかというと、そんなレベルではなくまだまだ道のりは遠い。まず、必要なレーザーの開発。そこから点火まではいけると思いますが、発電となると継続的にエネルギーを生み出して取り出さなければなりません。さらに、制御の問題などさまざまな障壁も残っています」
世界が抱えるエネルギー問題を一気に解決へと導きそうなレーザー核融合発電だが、あと30~40年かけて実現できればという段階だという。
- 12本のレーザーを増幅後に1点に集める超大型レーザー「激光XII号」で極限状態まで高密度圧縮を行い、世界でも他に例を見ない超高強度レーザー「LFEXペタワットレーザー」で核融合温度まで燃料を加熱する
レーザー核融合炉が無尽蔵のエネルギーを生み出してくれる──。そんな世界の到来はもう少し気長に待つ必要があるが、だからといって落胆することはない。
そこに至る研究の中で、副産物となる技術がたくさん生まれているからだ。F1や宇宙開発などから、日常生活に便利な技術や製品が生み出されているのと同じように、高出力レーザーによって地上で最も高い圧力を実現できることは、いろいろな技術を派生させる。
「一つはダイヤモンドより硬い『スーパーダイヤモンド』を生み出す技術です。従来は、高温・高圧プラズマ状態しか実現できなかったものですが、レーザー圧縮技術の進歩により固体状態での超高圧を実現し、その状態を凍結することが可能になりました」
これはものづくり産業にも大きく寄与する可能性が高い。加工時間の大幅な短縮や、省エネ、従来の3~5倍という長寿命化の実現、また希土類(レアアース)などに頼っていた素材を置き換えることで特定資源市場の制約からの解放も見込まれる。
もともと1kmの長さが必要だったレーザー加速器を、10m以下にまで短縮させる取り組みも革新的だ。車両に搭載して移動式でさまざまな検査を行ったり、医療機器に搭載するなど、レーザーの実用化をより幅広くしてくれる。
こうした副産物の産業利用も、兒玉所長は積極的に推し進めようとしている。
「レーザー核融合の実現は、おそらく僕の次の世代。そこで確実に実現させてもらうために、今、僕は直近の目標として、必要となるレーザーや加速器の開発などに取り組んでいます。しかし、そうした本流から枝分かれした技術も大切。枝がたくさん出ているから大樹が大きく成長するように、レーザーを取り巻く技術を全体的に大きく進歩させていきたいですね」
- 新素材の開発など「研究内容」がまとまったPDF
大目標を遠くにしっかり見据えつつ、周囲への目配せも欠かさずに歩を進める。兒玉所長が歩むためのエネルギー源はどこから来ているのだろうか?最後にそんな問いかけをしてみた。
「宇宙は物質と力から成っています。物質は素粒子から構成されていますが、これは原子の質量のうち1.3%にしかすぎません。残り98.7%は『力』です。その力が全部『エネルギー』なのです。だから、宇宙のほとんどはエネルギーと言ってもいいかもしれません。みんなの体はエネルギーの塊!そんな話を学生に語ると、よくウケます(笑)」
98.7%を構成する「力」の中でも、「光」を伝えるフォトン(光子)は人類が制御できている唯一の力の素粒子だという。
そんな制御できる力の塊が、まさに『レーザー』だ。レーザーを操ることはエネルギーをコントロールすること。
“レーザーを扱う者こそ未来を創り上げていく主役になる”
兒玉氏に話を聞く中で、そんな確信を持った表情もうかがうことができた。
- 「パワーレーザーを用いた高エネルギー密度科学の開拓」を紹介したPDF
画像提供:大阪大学 EMIRAより
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