6月4日、天安門事件から27年のこの日、香港では今年も事件で犠牲になった人々に対する追悼集会が開かれた。参加者の数は12万人にも上ったが、昨年と比べて1割近く減った。これまでこの集会の主要な参加グループだった学生たちが今年は参加を見合わせたためだ。
香港の若い世代が今回の天安門事件追悼集会に参加しなかったのは、中国の民主化に対する期待が薄れたこともあるが、それ以上に、彼らの目指す方向が香港における民主の実現という、より密接に自分たちの将来にかかわる問題になったからだ。「香港は香港、中国は中国」と割り切った考え方をする人が若い世代を中心に増えている。
中国離れは香港だけの現象ではない。台湾でもまた、若い世代を中心に「台湾は台湾、中国は中国」と、中国と自分たちを切り離して考える人が増えている。
蔡総統は5月20日に行われた就任式での演説で、「台湾は民主を宗旨とし、人権や自由という普遍的な価値を大切にしてきた。この価値観を共有できる米国や日本、欧州各国との友好関係を大事にする」と明言した。蔡総統の言葉には、彼女を総統に押し上げた台湾の人々の気持ちが反映されている。
中国発の問題がいち早く顕在化するのが、香港や台湾だといわれる。天安門事件の追悼集会、蔡政権の誕生、一見関係なさそうな二つの出来事だが、習近平 政権下の中国とは距離を置くという点でつながっている。
目覚ましい経済発展で中国は豊かになった。国が豊かになれば、個人の意見がより尊重されて多様性が受け入れられるようになっていく。ところが、習政権下では、情報統制や伝統的な道徳観念を押し付ける政治宣伝など、政治権力が人々の生活の身近なところにまで介入し、全体的な社会統制の強化がなされている。
つまり、時代の流れに逆行しているのである。そうした中国の現政権の強権的なやり方への反発が、香港や台湾の人々の「中国離れ」となって現れているのだ。
崩れ去った「穏健な大国」イメージ
中国の強引なやり方は外交にも及ぶ。強硬姿勢をとり続ける中国とそれに対抗しようとする国々が火花を散らしているのが、南シナ海問題である。
6月3日から5日にかけて、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(英国際戦略研究所主催、シャングリラ・ダイアローグ)では、米国のカーター国防長官と中国の孫建国 ・統合参謀部副参謀長との間で「孤立するぞ」、「孤立などしていない」、「ルールを守れ」、「押し付けのルールなど受け入れない」という激しい応報が繰り広げられた。
孫副参謀長はこの会議で強気の姿勢を崩さず、中国の立場を強く主張し、舌戦では負けてはいない。しかし、米中対立の構図が国際社会の中で強く印象付けられてしまうことは、大局的な目で見れば中国にとって不利に働く。
中国はこれまで「穏健な大国」というイメージを盛んに宣伝してきたが、そうした自己イメージとの矛盾が明らかになってしまう。それだけではない。他国にとっては、経済的なパワー以外の魅力に欠ける中国と米国との対立構造が鮮明になってしまうと、米国への配慮から中国との関係に及び腰となる事態を招きかねないからだ。
6、7日に北京で行われた第8回米中戦略・経済対話では、開幕式に習主席が出席し、「目の前の問題に目を奪われて戦略的な判断を誤らないようにすべき」「意見の相違や敏感な問題を適切に扱わなければならない」などと述べた。
南シナ海問題を中心とした米中対立をこれ以上、悪化させたくないとの中国側の思惑がうかがえる。この一方で、7日には東シナ海で中国軍機が米空軍の偵察機に異常接近している。国家のメンツにこだわる中国が海洋主権に関する問題で簡単に妥協するとは考えにくいが、今年の米中戦略・経済対話での習主席の発言が、単なる祝辞ではなく「重要講話」とされていることは、注目すべきかもしれない。
前回、中国で開催された2014年の米中戦略・経済対話の時も、習主席は開幕式で挨拶したが、この時は祝辞の扱いで「重要講話」ではなかった。今回、「重要講話」の位置付けになっているということは、米国との対立を避け、問題の落としどころを探ろうとする今後の外交方針を示す国内向けのメッセージの意味があるのではないだろうか。
5月26、27の両日に開催された主要国首脳会議の首脳宣言では、名指しは避けながらも、中国による鉄鋼の過剰生産と海外での廉価販売に「懸念」が表明された。
この問題は米中戦略・経済対話でも取り上げられ、米国は中国に減産措置を取るよう要求した。中国がもたらす鉄鋼市場の混乱は欧州各国をも巻き込む問題であり、これまで経済関係を重視して中国寄りの立場をとってきた欧州でも「中国離れ」を招きかねない。中国にとっては新たな頭痛のタネだ。
習政権の外交、三つの柱
習政権の外交スタイルは、習主席自らが各国に赴き中国の力をアピールするアグレッシブな姿勢が特徴だった。しかし、ここにきて成果が上がらないばかりか、各国の「中国離れ」のリスクを招く要因になっている。
習政権の外交方針には(1)主権を堅持する毅然 とした姿勢を貫く(2)責任ある大国として振る舞う(3)新たな国際秩序の構築へのチャレンジ――という三つの柱があると思う。
(1)は執政党としての共産党の正統性に関わるテーマで、国民に向けたアピールの思惑が強い。今日、(1)に関する習近平政権の妥協のなさが香港・台湾の人々の「中国離れ」を加速させ、南シナ海問題の解決を難しくしている。
この方針を貫くことができなければ中国国民に弱腰と見られかねない。だが、あまりに強硬過ぎて中国の国際社会での立場が気まずくなるようだと、中国国民もそれを批判的に見るようになり、政権にとってはむしろ負の影響しかもたらさない。そういったジレンマを抱えているのだ。
(2)も(1)同様に、習近平政権が国家をまとめるために打ち出している大きな物語「偉大な中華民族の復興」の延長線上にある外交方針だ。「一帯一路」構想や「シルクロード基金」などスケールの大きな計画を打ち出し、中国が積極的に周辺の国々に対して開発の援助を行っていくことが、地域をリードする大国の役割責任だとしている。
ただ、こうしたプランは中国側の思惑が先行して進められることもままあり、相手国の財政状況などによっては中国から融資を受けたとしても開発計画の実行や資金返済ができるか、という点で実現可能性に疑問符が付くことも多い。
(3)は習政権が打ち出した第2次世界大戦の戦勝国が国際社会をリードしていく資格があるとする国際秩序観で、昨年5月のロシアの戦勝70周年軍事パレードに習主席が出席したことや、昨年9月に中国が華々しく実施した抗日戦争勝利記念日軍事パレードに象徴される。
ただ、欧米との間の「大国関係」が微妙な雰囲気になってきたことから、最近はあまり持ち出されなくなった。既存の秩序への挑戦は先進各国の警戒感を招きかねないが、新興国のリーダーとしての役割は中国の強みを打ち出せる外交方針でもあると思う。
例えば、昨年1月にパリでイスラム過激派によるシャルリー・エブド襲撃事件が起きた際、欧州では事件をきっかけに「言論の自由」と「テロ反対」を訴える世論が大いに高まったが、中国はこれに異論を呈した。
ウイグル問題を抱える中国も、テロには反対だが「言論の自由」があれば他の宗教を侮辱してよいのか、欧米列強の中東支配がイスラム過激派を生み出す根本原因になったのではないか、と世界のムスリムの言葉を代弁する立場をとった。
これは国内に4000万人のイスラム教徒を抱える中国ならではの視点である。先進国以外の国々の意見や要求を代弁することが中国にはできるのだ。
9月のG20サミット、成功のカギは
中国の外交方針の三つの柱のうち、(1)と(2)は中国の自国の都合が強く押し出されている印象が強い。しかし、(3)についてはそれが他の国々のためであり、中国の影響力獲得という思惑や自国のみの利益を確保するという狙いが排されているのであれば、国際社会はむしろ積極的に中国に期待すべきなのかもしれない。
9月には中国がホスト国となり、杭州でG20サミットが開催される。G20は先進国以外の国々も交えた話し合いの場であり、中国にとってはこれまで重ねてきた外交上の失点を帳消しにする絶好のチャンスでもある。
ただ、このチャンスが生かせるかどうか、各国の「中国離れ」を食い止めることができるかどうかはまだ分からない。中国がG20を成功に導くカギは、自国の都合優先の外交を見直し、国際ルールを尊重して各国の利害に歩み寄れるかどうかにかかっている。問題は中国がそれに気付くかどうか、である。 YOMIURI ONLINEより
0 件のコメント:
コメントを投稿