2018年10月1日月曜日

「何だこいつは」偶然の発見 好奇心と執念で実用化

ノーベル医学・生理学賞に輝いた京都大特別教授の本庶佑さん(76)。免疫の力を引き出してがんを治療する画期的な新薬は偶然の発見から生まれた。20年に及ぶ研究を支えたのは未知の現象に対する好奇心と実用化への執念だった。
 
きっかけは大学院生の提案だった。本庶研究室に在籍していた石田靖雅さん(57)=現奈良先端科学技術大学院大准教授=が、新たな研究テーマを本庶さんに持ちかけた。

「細胞死に関わる遺伝子を探したい」

細胞死は「アポトーシス」とも呼ばれ、遺伝情報に基づいて細胞が自ら死んでいく不思議な現象で、生命科学の重要分野の一つだった。

石田さんは、免疫細胞の一種であるT細胞が自殺するときに働く遺伝子を見つけようと毎晩、実験を繰り返した。平成3年9月、ある遺伝子を突き止め、その塩基配列を調べて驚いた。

「何だこいつは」

全く新しい配列で正体は見当もつかず、急いで本庶さんに報告した。この遺伝子が作るタンパク質を、細胞死(プログラムド・セル・デス)との関連を期待して「PD-1」と名付けた。

翌年、本庶さんらと共同で論文を発表。だが細胞死とは無関係なことが約2年後に分かり、その機能は謎として残った。

本庶さんは「その構造から、細胞内にシグナルを送る分子らしいことは分かったが、何をしているのか分からなかった」と振り返る。

当初の狙いとは違う物質なので、研究を打ち切って方向転換する選択肢もあったが「割と面白そうなので、続けようと思った」。当時はこれが薬になるとは全く思っていなかった。

PD-1の正体を明らかにするため、まずこの物質を作る遺伝子を欠損させたマウスを作製してみたが、症状は何も出なかった。

「大した役割は担っていない遺伝子なのかもしれない。だけど、この遺伝子はマウスでも人間でも存在する。重要なものは(進化の過程で)よく保存されているので、何かあるんじゃないかと感じた」

読みは的中した。マウスの系統を変えて実験したところ、免疫反応が強まり、人の自己免疫疾患によく似た症状が現れた。この物質を持っていないと免疫が強まるということから、この物質が免疫を抑えるブレーキ役として働いていることを突き止めた。

当時の医学界では、人の免疫力を強めてがんを治療しようと、さまざまな方法が試されていたが、どれも十分な効果が得られていなかった。

「病気に役立つ研究をしたい」。その思いから、がんの新たな治療薬を目指す実験を開始。この遺伝子を欠損させたマウスにがんを移植してみると、ブレーキが外れたことで免疫が強まり、がんの増殖が遅れることが分かった。

増殖の遅れは当初、普通のマウスとわずかな差しかなかったが、「この差には意味がある。効くんじゃないか」と直観した。

PD-1を抑える抗体を投与したところ、予想した通り、がんの増殖が抑えられることが分かり「治療薬になると確信した」。実用化を見越して特許を出願し、14年に論文発表した。

しかし、実用化には厚い壁が立ちはだかった。研究室と以前から交流があった小野薬品工業(大阪)に開発を持ちかけたが、がんの免疫療法は失敗続きだった時代。同社はリスクの大きさに尻込みして、協力できないと返答してきた。国内企業はどこもやりたがらなかった。

だが本庶さんは諦めず、米国のベンチャー企業に開発を打診。すると人の抗体の技術を持つ別のベンチャーが小野薬品に共同開発を持ちかけ、同社が方針を転換。ようやく治験が始まり人でも効果が証明され、26年に小野薬品から「オプジーボ」の商品名で発売された。PD-1の発見から実に20年が過ぎていた。

「ネズミで効いても、人で試したら駄目という例はいくらでもある。でも僕は行けると思っていた。僕は分子生物学の研究から始めて、その後に免疫をやったので、がんは素人。だから先入観がなく、真っすぐ行けた」

本庶さんは「いろいろな偶然があり、非常に運が良かった」と控えめに振り返る。だが生命現象に対する深い洞察、科学者としてのずば抜けたセンス、患者の治療に生かしたいという強い思いがあったからこそ、成功につながった。

「研究の結果、本当に人に役立つ薬ができた。自分の人生として意味があった。非常に満足しています」と穏やかに語った。産経ニュースより

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