8,500kgある中国の宇宙ステーション実験機「天宮1号」が、ついに地球に落ちてくる。今から2018年4月までのいつなのかはわからない。大部分は軌道上で燃え尽きるが、かなりの大きさの塊(ある推計によると最大約100kg)が地上に到達する可能性がある。
問題は、どこに落ちるのか、確かなことが誰にもわからないということだ。ただ、専門家たちが心配しているかというと、そういうわけでもない。天宮1号の一部が落ちてきて人の体に危害が及ぶ可能性は低く、1兆分の1というレヴェルだからだ。
こうした可能性を専門家たちがどうやって算出するのか、おそらく聞いたことはないだろう。聞いたことがない人たちのために、「再突入のリスク分析」という最高に魅力的な世界を紹介させてほしい。放棄された宇宙船や使用済みの打ち上げロケットなど、地球を周回している何万というさまざまな巨大な塊から、大気圏を突き抜けてこの地上の人々の脅威になるものを予測する科学の世界だ。
■落下時に部品が生き残る可能性
まず理解しなければならないのは、宇宙船が地球に落下する際に無傷のままではないことである。大気圏再突入による、ものすごい熱と力によって、小さな物体は大半が跡形もなくなる(業界用語では「空力加熱消滅(aero-thermal demise)」と呼ぶ)。
しかし大きな宇宙船だと、熱的特性やエアロダイナミクス、宇宙船内の位置などによって、部品が生き残る可能性がある。そして実際に、そうしたことが起こっている。
「宇宙船自体は主コンテナだと考えてください」と語るのは、エアロスペース・コーポレーションで再突入のリスク評価を監督するマイケル・ウィーヴァーだ。「コンテナの外殻がだめになるまで、中の部品は熱に晒されません。そして、部品の中にある部品の中に、さらに部品がある場合があります」
この「マトリョーシカ効果」が、部品の“生死”に大きく影響することがある。十分に詳細な設計図があれば、研究者はソフトウェアを使って空力加熱による崩壊をモデル化できる。NASAは「Object Reentry Survival Analysis Tool」というプログラムを使っており、エアロスペース・コーポレーションでは、「大気による加熱と崩壊」を頭文字で短縮した「AHAB」を使っている。
融点が高い部品は耐えやすい。具体的には、チタニウム合金やガラスなどの光学素子のほか、耐熱素材で包まれていることが多い燃料タンク、酸素タンク、水タンクのような貯蔵容器などだ。
貯蔵容器はかなり大きいものもある(上の写真は、テキサス州ジョージタウンに落下したボーイングのロケット「デルタ」の推進剤タンク)が、再突入を生き延びるものすべてが脅威になるわけではない。「断熱ブランケットなら、地球に戻ってきたとしても人を損傷することにはならないでしょう」と語るのは、エアロスペース・コーポレーションのシニアプロジェクトエンジニアで、崩壊モデル化が専門のマーロン・ゾルゲだ。
危険だとみなすには、デブリ(宇宙ごみ)が質量・速度ともに十分に大きく、衝突するものに少なくとも15ジュールのエネルギーを与える必要がある。「これは約30cmの高さから落としたボウリングのボールとだいたい同じです」とゾルゲは語る。
■どこに落ちるか誰にもわからない
再突入フットプリントと呼ばれる、デブリが落下する確率が高い地理的区域には、人に被害が出る大きさのデブリがすべて織り込まれる。地上から誘導して宇宙船を下降させる「制御下の再突入」は通常、このフットプリントが小さくなり、人がいるところから遠く離れた場所に落下する。
しかし、天宮1号の再突入は制御下ではないため、どこに落下するのかは誰にもわからない。それに、たとえ再突入フットプリントのサイズを計算する人が出たとしても、サイズがわかることと、落ちる位置を把握することはまったく違う。
リスクアナリストにわかっているのは、中国の天宮1号が現在、42.8度の軌道傾斜で地球を周回しているということだ。これは「北緯42.8度から南緯42.8度の間のどこかに落下する可能性がある」ことを示すが、経度はわからないとウィーヴァーは語る。天宮1号は地球のこの範囲全域の上空を通過しており、「この範囲内の人はすべてリスクがあります」と同氏は語る。
恐ろしそうに聞こえる話だが、実はそれほどでもない。小学校時代を思い出していただきたいのだが、地球は約4分の3が海に覆われている。つまり落ちてきたデブリは、約75パーセントの確率で海洋に落下する。
■専門家は心配していない?
海ならば、人が死んだり傷ついたりする可能性は基本的にゼロだ(シリコンヴァレーの資産家たちが、国際水域に大型の海上住居施設を建設し、永続的な準独立国家を建設しようとする動きもある[日本語版記事]が、まだ実現はしていない)。
地球上の残りの4分の1を占める陸地も、人間が住んでいる場所はまばらで一様ではない。研究者たちは、人間が直面するリスクを算出するため、コロンビア大学による世界人口グリッド(Gridded Population of the World、GPW)シリーズのデータなどを使っている。GPWでは、手近な緯度と経度によるグリッドで地球全体を小分けにして、それぞれの人口と人口密度を推定している。
こうしたグリッドを使うことで、再突入するものが特定の緯度/経度に落下する可能性と、「ぶつかるリスクがある人数」を推定することができる。上のグラフは、NASAの軌道デブリプログラムオフィスの研究者がこの方法で作ったもので、各軌道傾斜の範囲内の平均人口密度がわかる(天宮1号の傾斜である42.8度を赤線で加えた)。
使われているデータセットは、2000年の人口と、2050年の人口予測モデルだ。このグラフによると、天宮1号の軌道下の平均人口密度は、1平方キロメートルあたり25人に満たない。
これは多くはない。それにこれまでの計算はどれも、かなり用心した想定がされている。危険なデブリの閾値が15ジュールだという話を覚えているだろうか。これだけのエネルギーで頭部に垂直に当たると深刻な被害になる恐れがあるが、ほかの部分だったらどうだろうか。おそらくは大丈夫だ。
また、上のNASAのグラフなどでは、上空から落ちてくる宇宙船から、人間が建物や自動車によって守られる可能性が無視されている。「数学的には、該当地域の全員がグリッド内に均等に分布し、屋外に立って見上げていることに相当します」と、エアロスペース・コーポレーションの軌道再突入デブリ研究センター(CORDS)を運営するテッド・ミュエルハウプトは説明する。
こうしたことから、いつどこに落ちるかはわからないが、天宮1号が空から降ってくるのをそこまで心配している専門家はいない。天宮1号は大きいかもしれないが、地球のほうがはるかに大きく、人が住んでいない陸と海はずっと広いのだ。産経ニュースより
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