驚くことに、日本はもはや先進国有数の「貧困大国」なのだ。諸外国に目を向けると、貧困問題を背景とした暴動が多発している。そうであれば、日本でも暴動が起きてもおかしくないはずだが、日本では、暴動らしい暴動は起きていない。
ではいったい、それはなぜなのか。『東京五輪後の日本経済』(小学館)を著したばかりの元日本銀行政策委員会審議委員の白井さゆり氏に、その実情を聞いた。
なぜ日本では暴動が起こらないのか。
ではなぜ、日本では暴動が起こらないのだろうか。
白井氏が言う。「世界で起こった暴動の背景を見ると、そこには人種や宗教による大きな差別問題が存在することが多いのが現状。しかし、日本では、人種や宗教の差別問題が大きくはないため、そもそも暴動を起こしてまで、社会に対する不満を爆発させようという人が、諸外国と比べて多くはないのです」。
それでは安心できるのかといえば、そうではない。人種差別や宗教差別と並んで、暴動の大きな原因となる「貧困問題」については、日本は決して安心できない状況にあるのだ。
一国の中で一定基準以下の収入しか得られていない人の割合を示す「相対的貧困率」を見ると、日本は先進国などから構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟国35カ国の中では第4位、主要先進国の中では、アメリカに次ぐ第2位の「貧困大国」であるというのも、まぎれもない事実。
こうしてみると、日本でもいつ、暴動が起きてもおかしくはないともいえそうだ。暴動が起きないのはなぜか。
日本における「3つの貧困層」
白井氏は、日本の主たる貧困層が諸外国にはない大きな特徴を持っているからだと分析する。
「日本には主に、次の3つの貧困層が存在します。いちばん割合が大きいのは、ひとり暮らしの高齢女性です。昔の女性は専業主婦が多かったため、配偶者が亡くなった後は、国民年金だけで生活している人も少なくありません。わが国では、そうした人たちが貧困に陥るケースが非常に多く、日本の貧困の典型的な形といえます」
「その次に多いのが、若い人たちの中で、自由を求めて定職に就かない人たちが貧困に陥るケースです。フリーターなどを続ける若者などが、その典型です。さらには、数としては少ないものの、シングルマザーによる貧困問題も深刻です。シングルマザーの場合には、子育てと仕事を両立させるために、パートタイマーなどを選ばざるをえないため、貧困に陥る可能性が非常に高くなるという傾向があります。しかし、彼らの性質上、なかなか暴動を起こす存在にはなりにくいといえます」
なるほど、高齢の女性が、生活が苦しいからといって、積極的に暴動を起こす存在になるかといえば、それは考えにくい。自由を求めてあえて定職に就かなかった若者たちは、自分の意思決定の結果として貧困に陥ったともいえるため、社会に対する大きな不満を持ちにくいのも理解できる。3番目の貧困であるシングルマザーの場合、子育てと仕事に追われており、そもそも暴動を起こす余裕などない、ということなのだろう。
しかし、日本銀行がデフレ脱却の目標として掲げた「物価上昇率2%」というインフレが日本でもし本当に実現したとしたら、いったいどうなるのだろうか。白井氏は、賃金が上がらない庶民や貧困層の生活が今よりもさらに苦しいものとなることは確実だという。
「2017年9月時点では、物価上昇率2%というインフレ目標には、ほど遠い状況にあります。ところが、これから本格的なインフレが進行するとすれば、貧困問題は、今よりさらに深刻になる可能性があります。今の状態でギリギリやっていけているという人たちからすると、食料品や家賃が本格的に値上がりをはじめたら、生活はますます苦しいものになっていくからです。貧困層の間からは、それこそ我慢の限界を超えて、悲鳴が上がるかもしれません」
「実際、2015年の半ばに1ドル125円を超える円安が進行した際、あちこちから『生活が苦しい』という声が出ました。ただ、当時はその後に為替が円高方向に反転し、さらに昨年はじめには原油価格や食料価格が大きく下がり、物価が下落に転じたこともあって、大きな社会問題とはなりませんでした」
「つまり、皮肉なことに、日本銀行が望むインフレにはなっていないことが、逆に貧困層の救いになっているのです。しかし、日本で今後、本格的なインフレが進行することになれば、これまで我慢を重ねてきた貧困層も、ついに我慢の限界に達して立ち上がり、日本でもいよいよ暴動が起こるかもしれません。そうした事態を引き起こさないためにも、政府や日本銀行は、単に『物価上昇率2%』目標にこだわるばかりでなく、今からしっかりとした対策を考えておくべきなのです」
このまま無策のまま本格的なインフレが進行してしまえば、日本でも貧困層による暴動が起きるかもしれないのだ。われわれは元日銀審査員の「警告」を真剣に受け止めるべきだろう。 東洋経済ONLINEより
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