イタリア危機が冷めやらぬ中、例によって為替市場における「安全資産としての円」を求める動きは健在である。この論点に関しては賛否からいろいろな議論がありうるが、最も説得的なデータが5月25日、財務省から発表されているので取り上げておきたい。
財務省が明らかにした2017年末の「本邦対外資産負債残高の状況」によれば、日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を引いた対外純資産残高は、前年比マイナス2.3%の328兆4470億円と3年連続で減少したものの、27年連続で世界最大の対外債権国という座を維持している。
海外投資家による対内証券投資が急増したため負債項目が膨らんだことが純資産を押し下げたが、資産側もクロスボーダーM&Aや海外株式投資を中心として対外直接投資や対外証券投資が前年比で大きく増加している。
政府債務が先進国中最悪の状況にあっても「安全資産としての円」の地位が揺らいでいないのはこうした対外債権国としての盤石のステータスが評価されているからにほかならず、まさに本領発揮ともいえる計数である。だが、日本の抱える対外純資産をめぐってはそれを構成する項目と主要国と比較した際の相対的地位に近年大きな動きが見られるので、この点を詳しく議論してみたい。
■変わる対外純資産の構造
項目別に見れば、対外資産残高は前年比プラス2.7%の1012兆4310億円だった。本邦企業によるクロスボーダーM&Aが旺盛な勢いにあるのは周知の通りであり、直接投資は同プラス10.0%の174兆6990億円へと増加した。これに次いで証券投資が同プラス5.0%の463兆4170億円と増加しており、これは特に株式・投資ファンド持分の増加にけん引された動きであった(一方、債券は同マイナス1.1%とむしろ減少しており、これは為替要因、即ち円高に引きずられた模様である)。
後述するように、純資産ベースでは直接投資の存在感が近年増しているが、対外資産残高だけに着目すれば最も大きいのは引き続き証券投資であることには注意されたい。これは単純に為替市場で頻繁に指摘される「本邦勢によるレパトリ(自国内への資金還流)」を念頭に置いた場合、余地が大きいのは依然として直接投資よりも証券投資という事実を示唆している。とはいえ、上述したように2017年は直接投資が証券投資の倍のペースで増加しており、その勢いの差は感じられる。
片や、海外から日本への投資などを示す対外負債残高は同プラス5.2%の683兆9840億円だった。こちらは主に海外投資家による対内証券投資にけん引されたものであり、同プラス16.1%の377兆6870億円と対外負債残高の過半を占めている。
とりわけ債券への投資が膨らんでおり、中長期債を中心として同プラス9.9%の157兆8460億円まで積み上がっている(このほとんどが取引要因であり新規投資がそれだけ増えたものと理解される)。ちなみに直接投資はわずか28兆5550億円であり、残高で見れば証券投資とは比較にならない。海外企業が日系企業に食指を動かすような動きは相変わらず盛り上がっていない。
以上を差し引きした結果である対外純資産残高は直接投資が同プラス11.9%増の146兆1440億円、証券投資が同マイナス26.2%増の85.7兆円であり、ネットで見れば直接投資の存在感が際立っている。
純資産残高に占めるシェアで見れば直接投資の44.5%に対して証券投資は26.1%に止まっており、これで3年連続、直接投資が最大の対外純資産項目という構図になる。また、両者の差がここまで拡大したのも初めてであり、「世界最大の対外債権国」というステータスこそ27年間不変だが、その中身は確実に「証券投資から企業買収へ」という構造変化が起きている。
■証券投資よりも「儲かる」直接投資
こうした構造変化の背景には世界的な低金利傾向を受けて「証券投資に勤しむよりも事業機会を拡げるべく企業買収に注力した方が高い収益率を実現できる」という事実があるのだろう。
実際にそれを裏づけるデータもある。直接投資の収益率に関しては「直接投資収益(受取)÷対外直接投資残高」で、証券投資の収益率に関しては「証券投資収益(受取)÷対外証券投資残高」で試算したものを過去10年間について平均した場合、証券投資の約プラス4.2%に対し直接投資は約プラス6.7%であった。
先進国の潜在成長率がもはや危機前を回復できないと仮定した場合、これと平仄が合う各国の政策金利も恐らく高まらないことが想定され、必然的に両者の収益率格差も埋まるのが難しいと推測される。なお、直接投資の収益率を国・地域別に見ると、やはり中国やASEAN(東南アジア諸国連合)などアジアを対象とした投資の収益率が欧米のそれを凌駕しており、全体平均も上回っている。
一方、証券投資に関して同様の視点で見ると、むしろアジアよりも欧米を対象とした投資の方が高い収益率を稼いでいることがわかる。
また、対外純資産残高に関し主要国比較をすると、日本に次いで大きいのがドイツの261兆円1848億円、中国の204兆8135億円であった。この上位3カ国の顔ぶれは例年通りだが、ドイツと中国の差は2015年にかけてほぼ消滅し、2016年もほぼ同じとなった後、2017年にはかなり開いている。さらに日本との比較で見ても、2014年以降、ドイツの対外純資産残高は日本に徐々に、しかし確実に肉薄していることが分かる。
2014年といえば、ECBがマイナス金利導入に踏み切った年であり、これに応じて一方的なユーロ安が(昨年4月まで)続く端緒となった年だ。そうしてもたらされた「永遠の割安通貨」を背景にドイツの経常黒字は2011年から2014年まで4年連続で世界最大を記録した後、2015年にわずかながら中国を下回り世界2位となったが、2016年から2017年にかけてはやはり2年連続で世界最大を記録している。しかもIMF(国際通貨基金)の予測に従えば、両国の差は徐々に広がっていく見通しだ。
日本と比較した場合はよりドイツの優位が鮮明であり、2011年以降、7年連続でドイツの経常黒字が日本のそれを凌駕しており、しかもその差は常に1000~2000億ドルと大きい。このような経常収支に基づく「フロー」の差は自ずと「ストック」である対外純資産の差へとつながる。実際にドイツの対外純資産残高の増加は著しいものがある。
■為替の調整が働かないドイツの帰結は?
円が安全資産としての需要を引きつける理由が「世界最大の対外純資産国」としてのステータスにあるとすれば、本来、ドイツが保有する通貨も同種の需要を引きつけなければなるまい。今後、そうした文脈に即して「リスク回避のユーロ買い」が出てくることもあるかもしれない。しかし、足元の相場状況からも明らかなように、ユーロがドイツのファンダメンタルズのみを反映して強くなることは今後もあり得ない。対外純資産残高と足元の相場の現状を照らし合わせ浮かび上がってくる事実は「共通通貨ユーロのおかげでドイツは不意の通貨高を食らわないで済んでいる」という特異な立場であろう。
しかし、本来修正されるべき不均衡が一方向に拡大し続けることが果たして可能なのかどうかは大いに議論の余地がある。ドイツの不動産価格は世界的に見ても騰勢が目立つという指摘は多く、例えば2016年から2017年にかけて不動産価格が最も高騰した世界の10都市のうちトップのベルリンを含む4都市(ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、フランクフルト)がドイツの都市だったという 。ECBがこうしたシステミックリスクの芽を如何にして摘んでいくのかは非常に興味深いテーマである。
日本は「世界最大の対外純資産国」というステータスと引き換えに慢性的な通貨高に病むようになり、そのたびに景気が減速した。そのステータスに手がかかりつつあるドイツは為替レートの調整機能が働かない代わりに、どのような展開をたどるのだろうか。不動産価格に象徴される資産価格のブーム&バーストだとしたら、その根は非常に深いものである。この点については別途、機会を設けて論じてみたい。infoseek newsより
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2018年6月4日月曜日
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