2017年8月7日月曜日

中国とインドがかつてない軍事緊張関係に-1

中国、インドとの国境をめぐる対立で「派兵の強化」を示唆
インドの首都ニューデリーで、中印の国境をめぐる対立を受け、中国大使館の前で抗議する活動家ら(2017年7月7日撮影、資料写真)。(c)AFP/Money SHARMA〔AFPBB News
 
「国家は戦争をしない」と考える人は多いのではないだろうか。戦争をしない方が賢く見える要因がたくさんあるからだ。
  
例えば、核兵器を保有する国同士が戦争をすれば、利益に見合わない大きな損害が出る。昨今の経済的な相互依存関係から見ても同じだ。だから損得計算からして戦争に踏み切るような決断はあり得ない。

しかし、このような意見は第2次世界大戦のような大戦争には適用できても、より小規模な戦争にも適用できるのだろうか。また、英国がEUから離脱したような、経済合理性からは説明しにくい事態が起きる可能性はどうだろうか。

より細かな想定をしていくと、国家間で本当に戦争は起きないのか、疑問に思えてくる。

最近、インドと中国の国境地帯(厳密には「実効支配線」)で起きている両軍のにらみ合いも、戦争に至る可能性のある危機なのかもしれない。きっかけは、中国がブータンと領有権争いを行っている地域で、中国軍が道路建設を行ったことだ。

ブータンの安全保障を担うインドが阻止に入り、印中両軍がにらみ合い、次第に兵力を増強しながら、6月半ば以降1か月以上にらみ合っている。

このような国境地帯における侵入事件そのものは小規模なものも含めると年間300件以上あり、ほぼ毎日だ。そのうち、少し規模の大きなにらみ合いが起きるのも、年平均2回程度ある。

しかし、今回は若干、様相が異なる。

中国軍の報道官が「過去の教訓(1962年の戦争でインドが中国に敗北した件)」から学ぶよう言及し、中国政府は、インド軍が撤退しない限り「交渉しない」と言及し、中国メディアも「外交以外の手段(戦争を指す)」を選択すると連日報道している。

中国は「孫子の兵法」の国である。「孫子の兵法」では、戦争をするときは密かに準備し、奇襲を狙う。戦争をすると公言しているときは、戦争しない傾向がある。だから、そこから考えれば、今回、戦争になる確率は低い。

しかし、過去に中国がインドに対して仕かけた軍事行動を分析すると、インドが中国に限定的ではあるが、軍事的な攻撃を仕かけてもおかしくない状況がある。そして中国がインドを攻撃するような事態になれば、日本も立場を決めざるを得なくなるだろう。

そこで、本稿は、印中国境で何が起きているか、過去の事例を含め分析し、本当にインドと中国が交戦状態に入ったとき、日本がどうするべきか考察することにした。

1.国境地帯で何が起きているのか

今、インドと中国の国境地帯で何が起きているのだろうか。ことの発端は、中国がチベット地域で行っている道路建設が、中国とブータンと領有権問題で争っている地域にまで伸びてきたことだ。
  
結果、ブータンの安全保障を担うインドが兵を送り、これを阻止しようと立ちふさがった。

中国側に言わせれば、インドの兵士が「中国の領土」に勝手に「侵入してきた」ことになる。そこでインドが兵を引かない限り、交渉しない、戦争に打って出る可能性もあると強調し始めたのである。

上述の通りこのようなインドと中国の国境警備当局のにらみ合いは頻繁にある。しかし、今回はいくつかの点で以前にはない特徴がある。

まず、中国側が明確に戦争をちらつかせていることだ。最近、中国は尖閣諸島、津軽海峡、鹿児島県沖など日本の領海に軍艦を侵入させているし、南シナ海でも埋め立てて7か所の人工島を造り、その上に武器を配置し、3つの軍用滑走路も建設している。

しかし、これまで中国は、戦争や軍事目的であることを強調しないようにする傾向があった。

ところが、今回のインドに対する事例では、1962年に両国が戦争に至り、中国が勝利したことを中国軍の報道官が明確に引用し、中国メディアも戦争にかかわるメッセージを頻繁に引用して、積極的に戦争をちらつかせている。

実際、今回中国が建設している道路は、重量が40トンの大型車両の走行に耐えるものであるが、これは中国がチベットで実験を繰り返している新型戦車の走行に耐えるもので軍事目的に使用できる道路である。その点がこれまでと大きく違う。

また、今回の地域は、インド側にとって軍事的な重要地域であることも特徴だ。

地図を見ると分かるが、インドは大きく2つの地域、インド「本土」と北東部に分かれていて、その2つの地域は、ネパール、ブータン、バングラデシュに挟まれた鶴の首のような細い領土でつながっている。

この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。東京から横浜でも27キロ程度あるからとても狭い地域だ。この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。

そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。

1971年の第3次印パ戦争で、東パキスタンを攻め、バングラデシュを建国したのも、この安全保障上の弱点を克服することが目的の1つである。1975年にシッキム藩王国の民主化運動を支援し、結局はインドへの併合へと至ったのも、この安全保障の弱点を克服するためであった。

今回、中国はこのようにインドにとって安全保障上重要な地域で、中国の戦車が移動できる道路を建設しているわけだ。そして、インドがこれを阻止しようとすると戦争をちらつかせて脅しをかけていることになる。大変強硬な姿勢だ。


図1:位置関係地図(筆者作成)拡大画像表示
 
2.ミリタリーバランスは中国に有利
 
(1)中国側の動き
 
このように中国がインドに対して脅しをしかける背景には、中国の方が軍事的に有利な現実がある。その根拠は、地形、インフラ、周辺国への影響力の3つである。
  
中国が地形的に有利なのは、標高が高いからである。標高が高いところから低いところに攻めて行くときは、上から下を見るから全体を見渡してどこに向けて大砲を撃つべきか、分かりやすい。
 
坂を駆け下るから攻めやすいこともある。弾薬やその他の補給品、重量物も運びやすい。しかも、もともと標高の高いところの空気に慣れている側は、高山病を克服できる。逆に、低いところから高いところへ攻めて行くインドはすべてで不利なのだ。
 
そして、中国のチベット地域では、インフラ建設によって、さらに中国側に有利な状況を作りつつある。鉄道や道路網、トンネルが建設され、飛行場が増設されつつある。
 
当初これらのプロジェクトは、江沢民が中国の国家主席だった時代の「西部大開発」計画としてスタートし、民生用のプロジェクトであったが、インフラ建設に伴い中国軍の移動も容易になった。その結果、中国軍の展開が活発になり始めたのである。
 
国境地帯における中国側からインド側への侵入事件は、2011年は213件であったが、2012年は426件、2013年は411件、2014年は460件と上昇してきた。
 
2015年10月に南シナ海で航行の自由作戦が始まる時期と同じくして数が減り、2015年は360件になったが、2011年に比べればまだ多い状況が続いている。中国は、戦闘機や弾道ミサイルの配備も積極的に進めている。
 
さらに、中国は印中国境防衛にかかわる周辺国、パキスタン、ネパール、バングラデシュなどでも影響力を拡大させている。周辺国への政策もインフラ建設や軍事力の展開がメインだ。
 
特にパキスタンへは「一帯一路」構想の一部「中国パキスタン経済回廊」構想に基づいて、印パ間で領有権を争っているカシミールで道路建設を行い、パキスタン軍との共同国境パトロールなども実施している。
 
パキスタンへの武器の輸出は顕著で、インドは特に中パ間で共同開発した「JF-17戦闘機」を懸念している。
 
ネパールへも道路を延伸し、武器を密輸している(インドとの協定でネパールはインドの許可を得ない限り武器を輸入できないことになっているから、中国からの輸入は密輸にあたる)。
 
そしてバングラデシュに対しても、港湾建設や武器輸出などを通じて影響力を行使し始めている。
 
武器は高度なのに乱暴に扱うからすぐ壊れ、修理や弾薬・修理部品の供給に依存する。中国製の武器を輸入するということは、中国に依存することを意味する。これら周辺国で中国製の武器が増えていることは、中国の影響力が増していることを示しているのだ。
 
(2)インドの対抗策
 
そこでインド側も対処しようとしてきた。インフラを建設し、軍を再配置し、周辺国対策を進めようとしたのだ。印中国境地帯では、1997年に73本の道路が必要と判断し、そのうち61本の道路を2012年までに造ることにした。鉄道14本も計画した。
 
軍の再配置も進め、戦車部隊、多連装ロケット部隊、巡航ミサイル、「Su-30戦闘機」の配備を進めている。その中で特に目玉となるのは新しい第17軍団の創設だ。
 
この軍団は、中国よりも標高が低いという地形的に不利な状況を克服するために作られた。実はインドは過去、標高の高い所にいる敵と戦ったことがある。1999年の印パ間のカルギル危機だ。
 
この時、インドは山の頂上に陣取る敵に対して攻撃することがとても困難で、敵の9倍の戦力で攻撃しないと勝てないことを知った。また、標高の高い所にいる敵を攻撃するためには、まず敵の補給を断つことが重要なことも再認識した。
 
そこで第17軍団を創設することにしたのだ。第17軍団は空中機動軍団。敵が攻めて来れば、輸送機に乗って敵を飛び越え、敵の後方、より標高の高いチベットへ攻め込む。そして、敵の背後にある補給拠点を攻撃して敵を弱らせる。最後は、他の味方と連携しながら領土を奪回するのである。

図2:インドの陸軍師団配置図(赤い矢印が第17軍団、拙稿『検証 インドの軍事戦略―緊張する周辺国とのパワーバランス』(ミネルヴァ書房、2015年)251ページより更新)拡大画像表示
図3:インド空軍戦闘飛行隊配置図(ミグ21を除く、拙稿『検証 インドの軍事戦略―緊張する周辺国とのパワーバランス』(ミネルヴァ書房、2015年)254㌻より更新)拡大画像表示
 
 
この第17軍団の構想を実現するには、多くの装備が必要だ。そこでインドは米国と協力している。第17軍団関連の装備では、大型輸送機、中型輸送機、大型輸送ヘリ、攻撃ヘリ、空輸可能な超軽量砲など、米国製の比率が非常に高い。
 
さらに、インドは、周辺国対策も進めている。インフラ建設の支援と共に、武器輸入への影響力を狙った構想だ。
 
例えば2017年に、バングラデシュが購入する武器の費用500億円をインドが肩代わりする協定を締結したのは、その一例だ。バングラデシュは、この資金で、中国製の戦闘機ではなくロシア製の戦闘機を購入することを検討している。
 
もしバングラデシュがロシア製の戦闘機を購入すれば、インドもロシア製の戦闘機を使っているから、整備や訓練などの面で、インドがバングラデシュ空軍の維持管理にかかわることが可能で、インドのバングラデシュへの影響力を維持することが可能になる。
 
これらの構想は、みな一定の進展がみられている。しかし、問題はその実現速度だ。例えば、インドの道路建設は、2012年までに73本中61本完成している計画だったはずだった。
 
ところが実際には、2017年3月までに24本しか完成していない。第17軍団はすでに編成され、人員も揃ったのに予算が十分ではなく、規模を縮小するべきかの議論が行われている。
 
周辺国への武器購入資金援助のプログラムはまだ始まったばかりで、どの程度中国の影響力を抑えることができるかまだ分からない。その結果、インドと中国の国境防衛能力には差が出てきた。
 
インド軍と中国軍が国境まで一斉に競走した場合、中国軍は2日で到達し、インド軍は7日かかる見通しだ。中国はこのようなミリタリーバランスの状況を見て、今回のような挑発的な行動に出ているのである。 
 
3.過去の事例からみた中国の真の目的
 
しかし、もし中国が本当にインドを攻撃するとしたら、どのような目的があるのだろうか。領土が欲しいのだろうか。
  
過去の中国の行動にそのヒントが隠されている。過去、中国がインドに対して攻撃的な軍事行動を行ったことは、少なくとも3回ある。1962年の印中戦争、1967年のナトゥラ事件・チョーラ事件、1986~87年に起きた危機である。
 
これらの3つの軍事行動の目的は何だったのだろうか。
 
これらの3つの事件はすべて領土紛争を原因として発生しているのは確かだ。1962年の印中戦争では、西はカシミール、東はアルナチャル・プラデシュ州(中国名:南チベット)まで、インド中国双方が自国領だと主張しているところで戦った。
 
1967年のナトゥラ事件・チョーラ事件においても、印中両国の境界を示す国境フェンスの建設において、わずか30センチの土地がどちらに帰属するかをめぐって5日間にわたり交戦した。
 
1986~87年の危機も発端は、中国軍がインド側のスムドロング・チュ(印中両方が領有権を主張するアルナチャル・プラデシュ州とブータンの接合点)へ侵入したことがきっかけであった。
 
しかし、このような一見して領土紛争に見える3つの戦闘の真の目的は、領土でなかった可能性が高い。
 
1962年の印中戦争においては、中国軍が圧倒的に有利な戦闘を展開していたにもかかわらず、自国領と主張していた領土のかなりの部分から一方的に撤退し、結局ほとんどがインド領になってしまった。
 
1967年のナトゥラ事件・チョーラ事件においても、戦闘は中国側有利だったにもかかわらず、中国軍が一方的に撤退したため、やはりインド領になった。
 
1986年中国軍の侵入については、インド軍が1個旅団派遣するファルコン作戦を実施、さらに全土で対中国演習を行うチェッカーボード演習を計画し、それに驚いた米ソが仲介に乗り出し、中国側は領土を取るどころか、インドとの関係改善を迫られる結果になった。
 つまり、中国側のインドに対する軍事行動は、領土紛争を理由にして起きているものの、実際には、本気で領土を確保しようとしてない。
 
そもそも、中国とインドが争っている領土は、あまり魅力的な領土ではない。
JBpressより

0 件のコメント:

コメントを投稿

日産ケリー前代表取締役の保釈決定 保釈金7000万円 東京地裁

金融商品取引法違反の罪で起訴された日産自動車のグレッグ・ケリー前代表取締役について、東京地方裁判所は保釈を認める決定をしました。検察はこれを不服として準抗告するとみられますが、裁判所が退ければ、ケリー前代表取締役は早ければ25日にもおよそ1か月ぶりに保釈される見通しです。一方、...