2017年8月5日土曜日

人手不足の運送業 “切り札”のはずが

ネット通販の拡大などで爆発的に増える宅配物。昨年度1年間に、国内で配達された宅配便の数はついに40億個を突破し、過去最高になりました。これだけの荷物をどうしたら効率的に運ぶことができるかは、人手不足が深刻な運送業界にとって、まさに死活問題です。そうしたなか、荷物を運ぶための“切り札”が新たな問題になっていることがわかりました。(岡山放送局・周英煥記者/ネットワーク報道部・戸田有紀記者)
きっかけは新人記者の取材から
 
きっかけは、ことし5月、岡山放送局に配属されたばかりの私が初めて労災事故を取材した時のことでした。
「運送業界を中心に『ロールボックスパレット』での事故が増えている」という話を耳にしたのです。

「ロールボックスパレット」とはいったい何なのか。それは私もよく目にしていた台車でした。鉄製のかごがついた大型の台車で、宅配便の集配センターやコンビニエンスストアの商品の運び入れなどで使われています。

幅1メートルほど、高さ2メートル弱で、大きさの違う荷物を一度に運ぶことができ、そのままトラックの荷台にも積み込むことができます。
500キロ近い荷物を積み込んでも1人で簡単に動かせ、経験の浅い作業員でも扱えます。
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このため、台車の製造業者でつくる「日本パレット協会」によりますと、ロールボックスパレットの昨年度の生産台数はおよそ40万台で、15年前と比べて40%余り増加、急速に利用が広がっているといいます。

深刻な人手不足に悩む運送業界では、まさに“切り札”として期待されているのです。
“切り札”によって事故が
本当にロールボックスパレットでの事故は増えているのか。

私たちは、厚生労働省が発表している労災事故のデータをもとに、運送業界の事故を独自に分析してみました。すると、4日以上の休業を伴う労災事故は、全体では年間1万3000件余りと、この10年間、ほぼ横ばいで推移していました。

ところが大型の台車などの「人力運搬機」による事故は去年1年間で986件起きていて、この10年間で1.5倍と急増していることがわかりました。
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ことし3月には東京・千代田区にある大手宅配会社の事業所で、大型の台車が倒れて下敷きになった作業員の男性が死亡する事故も起きていました。
こうした事故の原因となる大型の台車の多くはロールボックスパレットだと専門家は指摘しています。

事故を分析する専門家は
 
私はこの専門家に会いに東京・清瀬市の「労働安全衛生総合研究所」を訪ねました。

主任研究員の大西明宏さんは、以前からロールボックスパレットによる労災事故に注目し、研究を続けています。大西さんによりますと、台車と台車の間に手を挟んだり、倒れてきた台車に足を挟まれたりする事故が起きていて、特に経験の浅い作業員が事故に遭うケースが多いということです。
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またわずかな段差や傾斜でもバランスを崩しやすいため、車輪を固定したり、周囲の状況を確認していなかったりといった基本的な操作の誤りが事故につながっていると指摘しています。
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大西さんの研究所で、実際にロールボックスパレットを動かしてみると、初めて触っても簡単に動かせました。
しかし、傾斜を押す時は男性の私でも台車がふらつきそうになり、もし近くに小さな子どもなどがいて台車が倒れたら、大事故につながりかねないと、その危険性を改めて感じました。

注意呼びかけも
 
人手不足が深刻な運送業界にとっては、効率的に荷物を運ぶことは重要な課題です。
そのため、国土交通省ではトラックに積み込む時にロールボックスパレットを利用できるよう、荷台に取り付ける昇降機の購入に、最大30万円を補助するなど、積極的な活用を促してきました。

その一方、厚生労働省はロールボックスパレットの危険性を把握、おととしには、事故防止のマニュアルを作成して、注意を呼びかけていました。
また運送業者でつくる「陸上貨物運送事業労働災害防止協会」は7月から運送業者を対象にした研修会を全国で実施。
                                       
新たに現場の責任者向けのテキストと、作業員が持ち歩けるよう、ポケットサイズのハンドブックも作成しました。
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黒谷一郎技術管理部長は、「操作は簡単でも、危険を伴う作業であることを現場の責任者や作業員に理解してもらいたい。パンフレットなどを使って、事業者が現場で安全を意識していってほしい」と期待しています。
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従業員の安全守る事業所も
 
独自の安全対策に取り組む運送業者も出てきています。

岡山市の運送会社、岡山スイキュウでは、これまでのところ大きな事故は起きていませんが、ロールボックスパレットの利用で、従業員が危険を感じる場面が増えているといいます。

入社1年目の女性従業員は、「ロールボックスパレットを引っ張っているときに別の従業員が押してきて、接触しそうになった。そのときはすごくヒヤっとしました」と話していました。

この会社では、事故防止に向けた研修を実施。新人や経験の浅い従業員への指導に力を入れ、ベテランの社員が直接、台車の基本的な操作方法や注意点を繰り返し伝えています。
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業務量が増す中で、研修は会社にとって負担となりますが、経験の浅い人が増えている今だからこそ、欠かせない取り組みだといいます。
                                       
岡山スイキュウの片山順二社長は、「作業員の不足は顕著で大きな課題だが、やはり社員の命を守り、危険に遭わないようにすることが大事だと思う」と話していました。
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安全対策の徹底で人材確保へ
 
労働安全衛生総合研究所の大西明宏さんは、安全対策として、作業員がはめる手袋や、足のすねやふくらはぎを保護するプロテクターを開発し、ロールボックスパレットを扱う時には、装着することを呼びかけています。
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大西さんは、慢性的な人手不足の中で、会社や業界の努力に頼るだけではなく、国として対策が必要な時期に来ていると指摘したうえで、「現場での安全対策を徹底することで、むしろ新たな人材確保にもつながっていくのではないか」と話していました。

取材してみて
 
「ロールボックスパレット」と聞いて、すぐにわかる人はほとんどいないと思います。私も初めて聞いたときは、いったいどんな台車なのか、想像もできませんでした。今回、取材した複数の運送業者でも、名前を知らない作業員も少なくありませんでした。

ロールボックスパレットは、正しい使い方さえすれば、とても便利であることは間違いありません。しかし、軽自動車1台分ほどの重さがたった5ミリの段差で倒れることもあります。「一歩間違えれば非常に危険」ということをひとりでも多くの作業員に知ってもらい、安全に使ってほしいと思います。 
NHKニュースより

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