姜尚中(カン・サンジュン)(68)にはいろんな「顔」がある。
元東大教授、ベストセラー作家、美術番組司会者、テレビのコメンテーター。そして、とりわけ強いイメージを残したのが、在日韓国人2世として生まれた苦悩を語る発言者としての「顔」であろう。
戦後73年経(た)ったいま、在日コリアンは、3世が中核を担いつつあり、4世も数を増やしている。
彼らの意識や、取り巻く社会環境も大きく変化した。総数は50万人を切り、在日中国人にトップの座を譲ってから久しい。日本への帰化者は毎年5千人前後を数え、日本人配偶者との間に生まれた子供たちの多くは日本国籍を選択する。結婚、進学、就職、スポーツにあった「壁」もどんどん取り払われてゆく。
姜は、こうした現状をどう見ているのか。
「ぼやけてきていると思います」。そう表現した。外国籍を維持しながら日本社会で暮らす『在日』という存在や意味が曖昧になっていると言うのである。
日本統治下の朝鮮半島から、成人として日本へ渡ってきて苦労を重ねた1世は、今やほとんど残っていない。日本生まれの2世も、そろそろ鬼籍に入り始めている。「3世、4世になると、韓国に戸籍の登録もしていないだろうし、日本人との結婚も当たり前になっている。彼らは、なぜ、自分が『在日』でいるのかすら分からない。親が韓国・朝鮮籍だから惰性で外国籍を維持している人が多いと思います」
姜によれば、戦後「在日の物語」を紡いできたのは実は2世なのだという。1世と違い、文字を知り、高等教育を受けた者が多い。過去の記憶をたどり、国もない、よりどころもないアンビバレンツ(二律背反)な苦悩を、さまざまな表現方法で語ることができた。
「2世もあと10年もすれば、かなりいなくなるでしょう。“遠心力”にかけられて、在日という存在はますます焦点がぼやけ、見えにくくなる。もちろん、過去の記憶にアイデンティティーを求め、強い民族意識を持ち続ける人もいるでしょうが、長い目で見れば、日本国籍を取るのが自然の流れでしょうね。ひとつの物語の終焉(しゅうえん)です」
20年前から考えた帰化
姜自身も、もはや「国籍にこだわるつもりはない」と話す。姜以外の家族はすでに日本国籍だ。
「日本で生まれ、住み続け、日本で土に還(かえ)る。私は、日本以外へ出たいと思ったこともない。日本にいる以上、日本の流儀に従うべきでしょう。唯一、こだわりがあるとすれば、『姜尚中』という名前だけですね。それも、私の世代で終わる。後は、活字の中で『そんな名前の人がかつていたんだ』というくらいで残ればいいのです」
姜が日本への帰化を考えたのは20年ほど前からだという。ちょうど、東大教授に就任したころだ。
少年時代、なぜ、在日韓国人に生まれてきたのかと苦悩し、出自を隠して「永野鉄男」を名乗った。やがて、韓国の民主化運動に身を投じ、「姜尚中」として生きてゆくことを決意。初めての訪韓、埼玉県の「指紋押捺(おうなつ)拒否第一号」、そして、さまざまなメディアでスポットライトを浴びた華々しい活躍。
姜は、日本への帰化を「外来種から、本当の在来種への転換。その物語を完結させる儀式」と表現した。「あと10年いや3、4年後には日本国籍を取ることになるでしょう。そして、日本人論を書いて終わりたいと思います」
3世、4世にとって、もはや朝鮮半島は「父祖の土地」という以外の意味はない。日本人と同じような生活をし、民族意識は薄く、言葉もままならない。毎年、減り続けているとはいえ、それでも、いまだ50万人近くが外国籍を維持している『在日』という存在は、アメリカや中国などのコリアン系住民にとっては奇異に映るらしい。
「お前たち(在日)は、言葉もできないくせに、そんなに民族意識が強かったのか? 『シーラカンス』みたいじゃないか、ってね。ただ、彼らは『自分が誰なのか』を知っている。在日はそれがよく分からない。すがるものがないから『国籍』にしがみつく一面もあったのです」
姜は、日本社会がうまく“受け皿”をつくっていれば、同化はもっと早かっただろうと思う。「在日を負の遺産として日本政府は長い間、統制や公安上の対象としてみてきたからです。同化一辺倒ではなく『コリアン・ジャパニーズ』としての個性を重んずる社会を実現すべきでしょう」
もうひとつ、日本への帰化が進まない理由として、姜が挙げたのが、手続きの煩雑さだ。
「私の両親も帰化を考えていましたが、文字もろくに知らず、手続きが大変で、あきらめたのです。昔より簡素化されたとはいえ、まだまだ時間も(司法書士などへ支払う)費用もかかる。それで帰化に踏み切れない人も少なくないと思います」
『在日』の歴史を鏡に
ソフトバンクの創設者、孫正義(そん・まさよし)(61)は姜と同じ九州出身で、在日コリアンの出自を持つ(孫は3世で現在は日本へ帰化)。IT業界の大立者(おおだてもの)になった孫が「経団連会長」になるような日が来るのかもしれない、と姜は思う。
「一代であれだけの企業をつくり、日本の経済発展に多大な貢献をしている人です。『在日』社会は今後、日本国籍を持った人がマジョリティーになってゆくでしょうが、国籍に関係なく、朝鮮半島に縁をもった人たち皆が、違和感なく『コリアン』だ、といえる時代になってほしい」
折しも、外国人労働者へのさらなる門戸開放が議論となっている。
「多くの外国人が日本にやってきて、大きな仕事をする時代が来るでしょう。そんなとき『在日』という存在を歴史的な材料として生かしてほしい。今後の『鏡』にしてほしいのです。東アジア諸国の“橋渡し役”としても『在日』をうまく使えばいい。彼らはきっとブリッジになれますよ」
【プロフィル】姜尚中
カン・サンジュン 政治学者、東大名誉教授、熊本県立劇場館長。昭和25(1950)年熊本県出身、在日韓国人2世。早稲田大大学院政治学研究科博士課程修了。ドイツ留学を経て、国際基督教大学准教授、東大社会情報研究所教授などを歴任。テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。主な著書に『悩む力』『在日』『母-オモニ』など。新刊は『母の教え 10年後の「悩む力」』(集英社新書)infoseek newsより
ぼちぼちと生きているので、焦らず、急がず、迷わず、自分の時計で生きていく、「ぼちぼち、やろか」というタイトルにしました。 記載事項は、個人の出来事や経験、本の感想、個人的に感じたことなど、また、インターネットや新聞等で気になるニュースなどからも引用させていただいています。判断は自己責任でお願いします。
2018年11月24日土曜日
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