2018年12月19日水曜日

外交文書公開 中曽根・レーガン書簡でINF全廃交渉に日本関与

外務省は19日、昭和30年代前半から60年代にかけての外交文書22冊(約9200ページ)を一般公開した。極秘扱いとなっていた中曽根康弘元首相とレーガン元米大統領の書簡で、1980年代、ソ連と中距離核戦力(INF)全廃条約の締結交渉を進めていた米国が、日本側の提案を受け入れて対ソ交渉方針を修正した過程が明らかになった。
 
米ソが射程500~5500キロの中・短距離核ミサイル全廃を決めたINF全廃条約は1987年12月、当時のレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長がワシントンで署名し、88年6月に発効した。米ソは条約に基づき91年6月1日までに中距離弾道ミサイルなど計2692基を破壊、廃棄を完了した。 

レーガン氏は交渉の進展に向けて、INFを欧州部で全廃、アジア部で半減させる妥結案をつくり、86年2月、ゴルバチョフ氏に提示する前に中曽根氏に親書を送って意見を求めた。

「ソ連が、即時の全廃を拒み続けるため、米ソが欧州で長射程のINFを全廃し、アジアでは(ソ連の中距離弾道ミサイルの)SS20をまず少なくとも50%削減し、その後、最終的にゼロにすることを提案しようと考えている」(86年2月6日付の書簡)

中曽根氏はすぐに返簡を送り、レーガン氏に「欧州ゼロ・アジア50%」提案の問題点を指摘し、再考を促した。

「この考え方はアジアにおける核問題を独立した問題として惹起し、有効に機能して来た米国の核抑止力の信頼性の政治的安定度が損われる可能性が懸念されます」(86年2月10日付返簡)

「米国が最終的に東経80度以東においてソ連に認めようとしているSS20基数Xをグローバル枠としてソ連側に提案し(中略)X基の配置を(ソ連中央部の)ノボシビルスク、バルナウルおよびカンスクの3基地に限定し、これら基地群は『欧州部』『アジア部』の区分けをもって呼ばない」(86年2月10日付「INF交渉訓令」、極秘扱い)

日本の提案に対し、レーガン氏は再び中曽根氏に送った86年2月22日付の親書で「欧州ゼロ・アジア50%」の方針を転換し、欧州とアジアでINFを比例的に削減して89年末までに全廃する案で対ソ交渉に臨む考えを伝えた。その上で「この取り組みにおける、あなたの協力とサポートに心から感謝の気持ちを表したい」と謝意を述べている。
産経ニュースより

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