2018年11月8日まで約2週間実施された自衛隊と米軍による共同統合演習「キーン・ソード」に、カナダ海軍のフリゲート艦「カルガリー」が初めて参加した。米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に寄港後、佐世保基地(長崎県佐世保市)へ2泊3日で向かった航路に同乗して取材し、艦内の様子や乗組員の生活を探った。
初参加の理由
英語で「鋭い剣」を意味するキーン・ソードは1986年に始まり、艦艇やヘリコプター、戦闘機などを実際に動かす実動演習が近年はおおむね2年に1度実施されている。今年は自衛隊の約4万7千人と米軍の約9500人が参加し、日本が武力攻撃を受けた場合を想定して防衛する訓練などが日本や米領グアム島の周辺などで繰り広げられた。
神奈川県の米海軍横須賀基地に配備されている原子力空母「ロナルド・レーガン」、海自の護衛艦や潜水艦などに加わり、カナダ海軍から参加したのが「カルガリー」と、補給艦「アストリクス」の2隻だ。
中国当局の船が沖縄県の尖閣諸島周辺といった日本の領海への侵入が相次いでいるように、日米はキーン・ソードなどの演習を通じて海洋進出を強める中国をけん制する。そんな舞台にカナダ海軍が参加に踏み切ったのは、カナダが2017年に発表した新たな国防方針に盛り込まれた「アジア太平洋地域の安全保障への関与強化」に基づく。
カルガリーのライアン・サルテル艦長は狙いを「カナダは貿易を含めたアジア太平洋地域を重視しており、日本といった地域のパートナーと連携しながらカナダの存在感を継続的に発揮していきたい」と打ち明ける。
さらに、カナダや日本など計11カ国が合意した環太平洋連携協定(TPP)は18年12月30日の発効を控えているのも契機となる。カナダにとっても域内での貿易量拡大を見込んでいる中で、サルテル氏は「貿易拡大の期待に応えるのには、アジア太平洋の安全保障という国際的な責務を果たすのが必要となる」と強調する。
カルガリーとアストリクスは7月下旬にカナダ西部のエスキモルト基地を出航してオーストラリアやベトナム、韓国を経由し、11月6日にアメリカ海軍横須賀基地に寄港した。途中でキーン・ソードに参加し、カルガリーは国連安保理事会の北朝鮮への制裁に反して、東シナ海で中国の船から石油などの積み荷を北朝鮮の船へ移す「瀬取り」の監視にも加わった。カルガリーのナンバー2であるエグゼクティブ・オフィサーのプレストン・マッキントッシュ氏は「私は艦長と交代で船の艦橋から見張り、船同士の不審な交易を目撃して国連に関連情報を提供できたので、監視の意義を示せました」と胸を張った。
銃を構えた武装乗組員が出迎え
カルガリーは全長が134メートル、幅が16メートルあり、1995年に就役した。カナダの艦艇の多くは国内の都市名をつけており、カルガリーの船名は1988年に冬季五輪が開かれた中西部の大都市カルガリーに由来している。乗船した際の乗組員は約240人おり、うち23人は女性だった。
横須賀基地で乗り込むと、銃を構えて防弾チョッキで身を包んで武装した乗組員が並んでいる姿に一瞬ぎょっとした。戦場に赴く可能性がある艦艇なので不思議はないとはいえ、銃が厳しく規制されている日本で暮らす者としてはなかなか目にしない光景だ。
前方に航空機やミサイルなどを迎撃する直径57ミリの速射砲を一つ備え、側面には24発のミサイルを設けて防御している。また、後方の甲板にはヘリ1機が発着できるヘリポートがあり、「今回の航海では搭載していないけれども、来年の航海ではヘリコプターと乗組員も参加する予定だ」(乗組員のクリスティーン・ハーブさん)という。
甲板に舟が積まれており、救出用のボートかと乗組員に尋ねると「いや、これは射撃訓練用で、舟に向けて撃つんだ」と意外な答えが返ってきた。飛ばした小型無人機ドローンを標的にしてミサイルで攻撃するという訓練もあったという。
船員が行方不明?
首都圏にいながらにして“異国情緒”に包まれていると、出港の時を迎えた。艦橋に入れてもらうと針路確認や操舵などに携わる20人を超える乗組員がおり、左側の先頭でサルテル艦長が指揮を執っていた。
窓外を眺めると、日本政府が最新鋭ステルス戦闘機F35Bを搭載して事実上の空母にすることを目指している海上自衛隊の護衛艦「いずも」が停泊している。カルガリーは太平洋の沖合を通って鹿児島県の沖合まで南下後、九州西側の東シナ海を通って佐世保へ向かう。
横須賀の景色が遠のいてきたと思った次の瞬間、艦内放送で「水兵のウィリアムズがいなくなった」という声が響いた。
「ドジなウィリアムズが寝坊して乗り遅れたのではないか」といぶかしがったが、緊急事態が起きた場合は寝室に戻るように伝えられていたので艦内のはしごを下りて集合場所の寝室へ向かう。艦内には似た船室が並んだ長い廊下が続いているため、階数を数字で、位置をアルファベットで記した組み合わせた廊下の標識が道しるべとなる。
制服を着ていない怪しげな私とすれ違う乗組員は、口々に「君はウィリアムズか?」と確認してくる。「違うよ」と否定したが、乗組員の表情がややにやけているのに気付いた。これは異常時に備えた訓練で、寝室で乗組員の点呼が取られて無事終了した。
まるで寝台電車
私が泊めてもらった寝室は3段ベッドを二つ備えており、20~30歳代の男性船員5人と一緒になった。私は二段目のベッドをあてがわれ、横になると波に揺られての振動に懐かしさを覚えた。
2013年1月に廃止されたJR西日本、東日本が運行していた寝台電車の急行「きたぐに」(大阪―新潟)の三段になったB寝台で真ん中のベッドに泊まった時を思い出したからだ。その際に担当分野の内容を他紙に報道され、夜中の午前2時すぎに携帯電話が鳴って周囲の乗客に申し訳ないことをした。しかし、艦内は携帯電話の電波が通じず、連絡手段は備え付けの衛星電話かパソコンの電子メールだけなので夜中の安眠妨害が起きる恐れは皆無だ。
同じ部屋になった乗組員に海軍を志望した動機を聞くと「軍艦の設計に携わりたいと思った」(ジェフ・ビーさん)、「食料品店で働いていたけれども、外国に出て行きたいと思って転職した」(ネイス・ブレースさん)など様々だ。
すると、同じ部屋の乗組員から「今からまた訓練があるから、見に来なよ」と声を掛けてもらった。その様子は、想像を超える激しさだった。
自衛隊と米軍による共同統合演習「キーン・ソード」に初参加したカナダ海軍のフリゲート艦「カルガリー」で、米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)から佐世保基地(長崎県佐世保市)へ2泊3日で向かった。途中、出港直後に行方不明になった乗組員を探す訓練に続き、その後も厳しい訓練が待ち受けていた。
エンジンが停止?
同じ寝室になった乗組員に「今からまた訓練があるから、見に来なよ」と誘われ、連れてこられたのが船のエンジンや空調などをコンピューターで調整する制御室だった。
室内にはエンジンの稼働状況などを映し出すモニター画面が多く備え付けられており、少なくとも3人程度は室内で監視している。訪問時は10人を超える乗組員が集まっており、訓練を控えて緊張感が漂っていた。
出された課題は、搭載している2基のガスタービンエンジンと1基のディーゼルエンジンのうち「1基のガスタービンエンジンから出火した」という非常事態をどう乗り越えるか。乗組員はコンピューターのキーボードなどを操作して消火作業に当たるとともに、延焼を防ぐために仕切りで閉ざして他の船室から隔離した。
やがて酸素ボンベを背負い、防火服に身を包んだ若手乗組員が制御室に駆け込んできた。エンジンのある部屋の状況を上官に報告し、訓練終了となった。
「何をしているんだ!」と上官の怒声
2日目の午後になると、ライアン・サルテル艦長が「リスクがある訓練だが、乗組員の能力向上に役立つんだ」と強調した航海中の大きなヤマ場見せ場が訪れた。同じ航路をカルガリーより先に進んでいた補給艦「アストリクス」から鹿児島県の東の沖合で、カルガリーのディーゼルエンジンに使う燃料の給油を補給する約40分間の訓練だ。
約40メートル離れた両船が同じ時速約20キロで航行しながら、ホースを渡して給油するという難題だ。初日に手こずった船体の揺れもこの日は既に慣れていたが、アストリクスとホースで接続する時は大きく揺れる可能性がある。このため、カルガリーでナンバー2のエグゼクティブ・オフィサーのプレストン・マッキントッシュ氏に「普通に取材してもらっていいが、最初のホースでつなぐ時は皆と同じように壁にもたれかかって立っているように」と指示された。
われわれは壁にもたれかかり、目の前には海に転落を防ぐための柵もある。しかし、アストリクスからホースを受け取り、給油する作業に携わる乗組員の前には柵がなく、慎重に進める必要がある。
すると次の瞬間、「おい、そんなところで何をしているんだ!」とマッキントッシュ氏の怒声が響いた。作業に当たっていた1人の男性が海側に出過ぎていた際、船体が波で揺れた隙に体がよろめいたのを厳しくとがめたのだ。
男性は慌てて船体の壁側に下がって事なきを得たが、一つ間違えば海に転落して命を落とすことにもなりかねない。一つのミスで命を落としかねない海上の厳しさと、そんなリスクから船員を守る必要がある上官の責務を再認識した。
別の作業員がアステリクスのホースから出てきた軽油を採取した。「あれはエンジンを損傷しないように最初はサンプルを取り出し、品質を確認してから燃料タンクに入れるんだ」と乗組員が教えてくれた。品質を確認後に給油が始まり、軽油を143立方メートルが燃料タンクに注がれた。
給油が終わると、カルガリーの乗組員は感謝の意を込めてアステリクスに向かって整列した。その際に大音響でロック音楽が流れたので、「あれは何という曲なのかな?」と尋ねた。すると、1人の男性乗組員が「『東京からの私の恋人』だよ、ハハハ!」と答え、周囲も「『東京からの私の恋人』、ね」と反復しながら笑った。
しかし、その後インターネットで調べてもそのような曲名は見当たらなかった。あれは日本人向けにあつらえた即興のジョークだったのだろうか!?
楽しみは「家族と過ごすクリスマス」
船員の生活は規則正しく、午前7時には起床。朝食は目玉焼きやベーコンなどを選べた。軍隊用語で、正午からの昼食は「夕食」を意味する「ディナー」と呼び、午後5時からの夕食は「軽食」を指す「サパー」と呼称する。
ただ、乗組員にはハードな作業と訓練が次々と待ち受けているからだけに、サパーといっても鶏肉やステーキなどのボリュームがある料理が用意されていた。。
食事をする場所には大型テレビを備えたリビングを併設しており、夕食後などの休憩時間には乗組員が映画を楽しむ。SF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズを上映している時もあり、主役の俳優マイケル・J・フォックスさんがカナダ出身なのを思い出した。
その脇には電飾で彩った小さなクリスマスツリーが飾られており、アレクサンドラ・ラプラントさんは「カルガリーは12月中旬にはカナダに帰還するので、乗組員はクリスマスを家族と過ごすのを楽しみにしているのよ」と笑みを浮かべた。
そんな気持ちはサルテル艦長も同じ。家族のことを尋ねるとほおを緩め、「私には4歳の娘がおり、ずっと会えずに寂しいよ。再会が楽しみだ」とこの時ばかりは父親の表情になって打ち明けた。
2020年開催時の出動は?
佐世保基地に3日目の午前10時半に予定通り到着し、私の同行取材は幕を閉じた。最初は波で常時揺れている艦内で3日間も過ごせるのか不安だったが、厳しい任務を遂行しながらも、明るく魅力的な人柄の乗組員の皆さんに新設に接していただき、気を使っていただいたおかげで充実した“船上生活”を送ることができた。下船する際は乗組員たちの素敵な笑顔を思い返し、名残惜しい気持ちに包まれた。
カナダ海軍の艦船が今年初めて参加したキーン・ソードは、東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年に次の実動演習が予定されている。
日本に駐在するカナダ海軍のウグ・カヌエル海軍大佐は「キーン・ソードについて判断するのは日本とアメリカだが、カナダは参加の意志がある」と前向きな姿勢を示す。また、来年も海上自衛隊とカナダ海軍の共同演習を予定しており、カヌエル大佐は「有事に備えて協力するためには、平時から緊密に連携するのが重要だ」と強調する。
アジア太平洋地域の安全保障に貢献するため、新たな一歩を踏み出して存在感を発揮したカナダ海軍。有事のために備えた訓練の必要性を理解しつつも、あくまでも平和な状況下で人柄が魅力的な乗組員たちと再会したい。そう強く思った。共同通信社より