2011年3月27日日曜日

新自立支援法の施行(具体的内容は先延ばし)

2011年4月「福祉のひろばより)を読んだ感想

厚労省は、2月22日に全国健康福祉関係主幹課長会議を開催、しかし新制度の具体的実施内容等については、「4月に提示」または「検討中」であり、4月~6月あたりまで具体的内容等の発表は先延ばしになっている。会議では、利用者負担の合算については、障害福祉サービスに係わる利用者負担と補装具、介護居宅サービスや障害児通所・入所支援等に係わる利用者負担の合計額が一定の額を超えると場合には、支給(償還)する、としている。また障害児支援の強化について、第2種事業として、社会福祉法人以外でも参入を可能とする。障害者の地域移行を促進するためとしてグループホーム・ケアーホームは月額1万円を支給する(2011年10月1日施行予定)。施設設備整備費ににおけるグループホーム・ケアーホームの改修単価(事業費ベース)を、1000万円(対前年度比+400万円)に引き上げる事としている。2011年度よりグループホーム・ケアーホームについて、独立行政法人福祉医療機構の福祉貸し付けの融資対象法人として、あたらにNPO法人、営利法人を追加することとしている。

個人的な意見
障害者の地域移行を促進するために、NPO法人は別にしても「営利法人」まで追加することについては、少し疑問を感じる。営利法人は収益を上げることが目的になり、本来の福祉とは相容れないのではないかと私は思うのだが。営利が目的になれば、収益が優先されるので、障害者が商品になってしまう恐れがある。安かろう悪かろうという、障害者が人間として普通の生活を送ることは難しくなる(営利法人資質にもよるが)。今でも、グループホーム・ケアーホームの労働者は劣悪な労働条件で働いている。サービス残業も日常化している。そこで支援する人の労働条件も採算ぎりぎりまで切りつめられている。今でも、グループホーム・ケアーホーム等では非常勤の職員が主流になってる。問題点を避けて通っているしか思われない。
そうではなくて、グループホーム・ケアーホームで働く人が、普通に働き、他の産業と比較しても見劣りしないだけの賃金や労働条件を確保するだけの補助金が必要である。

総合福祉部会に対してー厚労省のスタンスは
2月15日、障害者基本法の改正に向け「総合福祉法」の検討が行われいる。「総合福祉法」に対し、厚労省が「第一期作業チーム報告書に対するコメント」を提出。其処では、児童福祉法や高齢者福祉など他の福祉法との整合性の言及、障害者のみ「権利法」とすることの是非について問題提起がされた。財源に制約があるなか、実現可能性や国民的な合意の必要性等を踏まえた検討が必要とし、「地域主権戦略大綱」等で示された地域主権の流れ(補助金の一般財源化)を踏まえた検討をすべきとした。また、障害者分野労働社の労働条件について、障害者に対する給付法としての障害者総合福祉法(仮称)に規定することが適当かどうか、と問題提起した。全体的に現行法の基本的位置づけや財源問題等を意識して、「実現可能性」を強調しながら、消極的なスタンスをとっているのが特徴。

個人的な意見
児童福祉法や高齢者福祉法と比較すること違いが、視点の違いではないかと思う。児童や高齢者は、知的な障害を有していない。また、児童はいつまでも児童でなく、年齢を重ねれば、いずれ成人になり、社会に出て、生産活動を行い生活することはできる。そして、年齢を重ね、高齢化するのである。
障害者の場合は、知的な障害があることにより、児童から成人、高齢者に至るまで知的障害者は死ぬまで治ることはない障害である。支援学校卒業しても一般の会社に就職することは、不可能に近い確率である、一部身体障害者は就職することはできているが、知的障害者は、99%は施設なり、在宅生活を余儀なくされている。厚労省はその辺の違いを無視しているとしかいえない。知的障害者が、この社会で生きていくために法の整備をすべきであるし、特別な事をしてくれと言っているのではない。普通に生きれるようにすべきである。今の日本では知的障害者・児、高齢者の法整備が遅れている状況である。

2011年3月25日金曜日

今日も1日家で過ごす

朝は10時過ぎに起床。それから朝食をいただきパソコンの前に座り、仕事の日報やブログを書いて過ごす。やはり気になるのは東日本大震災の報道である。前にも書いたがZ法人の元施設長さんが、今日から東北(福島・茨城)に支援物資を運搬のボランティアとして出かけている。再度頭が下がる思いである。

今回の地震は広範囲に及んでいるため、復興には時間がかかると思う。被災者は本当に我慢をして毎日の生活を過ごしていることと思う。他の国なら暴動になっているはず。日本人の我慢強さには感心させられる。地震の多いこの国、日本人のDNAには地震に対する対応が出来ているのではないかと思わずにはいられない。

仕事の疲れもあり、毎日1万歩も歩けば疲れも溜まります。金曜日は本当に休息の日になってしまっています。
明日は送迎である、Sさんは朝早く来ているので1分でも早く行ってやりたいと思い、寒さが身にしみるだろうと思う、その為出来るだけ早くTの郷の所に行き、車に乗せ暖房を効かせて乗せるようにしている。冬の間だけでも室内で待つことは出来ないだろうかと思ってしまう。玄関のロビーの中で待つだけで寒さは違うと思うのだが、Tの郷の理事長はその辺のことは、理解していないのではないかと思われる。人間相手の仕事であるから、その辺の心遣いは必要ではないかと私は思うのだが。

管理者の心遣いで施設の職員の質も高まるのではないかと私は思っている。理事長はTの郷もまだゴタゴタしていると言っているが、何度もその言葉を聞けば、理事長としての質も問われかねないのではないかと思う。世の中は1秒たりとも止まってはくれない、それに対応するのが管理者としての仕事でもあるし、処理することが仕事ではないのかと思う。
MつきやDの里の職員をみていると、質が悪いというか能力がないのではないかと思ってしまう時がある。これは言い過ぎかも知れないが、個人的な感想として読んで欲しい。
社会福祉法人は世襲制では駄目である。違う意見なりを入れないと、なぁなぁな運営になりかねない。その点、私が勤めていたZ法人は世襲制ではない。下から積み上げてきた人が管理者なりになっている。それがあるから大きな法人になっているのである。
出来ればそのようなシステムに変えるべきであるし、子ども可愛さに能力のないのに施設長の地位に就かせる世襲制は即刻やめるべきである、と個人的には思っている。

次男が卒業式から帰宅

今日、東大阪短大の卒業式がで行われました。卒業証書と幼稚園2種免許、保育士の資格を取得しました。幼稚園2種は3歳から就学時前までの子どもの教育をすることができる資格で、幼稚園などでは必修の資格になっている。四大卒業生には幼稚園1種と小学校の教諭の資格も取得することができます。私個人的には四大を卒業してほしかったのですが、学校の教師も悪くないのではないかという思いもあり、進めたのですが、こればかりは本人が決めることだし、就職も内定していたので仕方ないことです。今日の夜は卒業生と教授が集いご苦労さん会を京橋で開催するそうです。
時間的余裕ができれば通信大学で四大の資格も取ってもらえればと思います。これで、親の責任は果たしました。後は次男のがんばり次第だと思います。
児童養護施設にも早く慣れてもらい、一人前になってもらいたいと思います。

震災後の円高(投機マネー)

東日本大震災後、大幅な円高が進行しました。一時76円近くまで円が買われました。阪神・淡路大震災の時も同様な円高が進行したことを思い出します。

震災で、各保険会社が海外にある資産を売り、円に替えその資金で保険の支払いに充てるという、投機筋の思惑が働き円が急激に買われた結果だと思います。
投機マネーは、財政、食糧、エネルギーそして自然災害などあると、危機の目を捜しそこに投機マネーを投資し莫大な差益をあげるというハイエナのような存在です。
今回は米国、欧州、日本が同時介入して円売り、ドル買いを行い、円は一時平穏さを取り戻しつつあります。いつ、投機マネーが動き出すか分からない状況です。円高から円安に向かう事を見越しての投機筋の今回の動きです。

このブログでも書いた通り、日本の財政も危機的な状況です。今回の震災で、多額(12兆円~23兆円「原発事故の保障は除く」)の復興資金が必要になります。自民党からは時限立法で災害復興税をもうけて、復興の財源にしようという意見も出ています。仮に其の時限立法が成立するとどこから税金を取るのか、また、たばこからか消費税かどちらにしても国民にその負担がかかってくることになる。
赤字国債の増発をするかもしれない、しかし、特例公債法案が成立のめども立っていない中、赤字国債の増発も難しいところである。仮に赤字国債を発行することになればハイエナマネーは其処をついてくることが予想される。そうなれば赤字国債は売り浴びせられ暴落の危機が発生することになる。日本沈没の始まりである。

今回の震災で法人税が大幅に落ち込むことが予想される。そうなれば12年度の予算も赤字国債を発行しなければならなくなります。赤字がますますふくらみにっちもさっちもいかなくなる可能性が出てきます。私の予想が外れることを祈りつつ。

震災から2週間(震災の被害状況まだ不明)

東日本大震災の発生から2週間の時間が経過しました。復興に向けての動きは、始まっていますが、まだこれからといった状況ではないかと思います。地震・津波・原発災害の三重災害が重なり原発事故が復興に向けての足を引っ張っている感じがします。放射線も東京方面にも影響を与え、水道水が飲めない状況が発生、一時、ペットボトルが店舗から無くなるという事態になったり、原発を早く安全な状態にしないと、その影響は深刻さを増すばかりではないかと思われる。

東京の計画停電も一般家庭や医療機関、介護施設などに影響を与えていますが、産業用の電力は計画停電の対象外にされています。東電の電力の6割が産業用に供給されています。これから、電力事情が回復すれば問題ないのですが、産業用の電力需要にに対しても何らかの電力抑制を実施しないと、いけないのではないかと思います。一般家庭や、医療機関、介護施設、福祉関係の施設など電気が来なければ、命に関わる事態も予想されます。政府や東電は産業界ばかりに顔を向けるのではなく、産業界への電力の抑制を要請すべきであると思います。

ガソリンがこのブログにも書いたとおり、レギュラーガソリンが150円を突破しました。震災の影響や石油施設の被害で品薄になったことと、中東情勢が不安定な政情になっていることが重なり、価格が高騰しているようである。原油そのものは、世界の産油国ではすでにピークアウトしているので、原油価格は高止まり状態で推移するのではないかと思います。石油がなくなる時期がひたひたと近づいてきています。石油に変わる代替エネルギーの開発を石油がある内に確立しないと、今の生活水準は維持できなくなるのではないでしょうか。近い将来レギュラーガソリンが1リットル500円、軽油が470円の価格になるかも知れません。そうなれば、車での物流は採算が合わないか、商品の価格の引き上げをせざるえなくなるでしょう。それどころか私たちそのもの生活が成り立たなくなる可能性もあります。石油は安価で豊富にあることが前提で、今の社会が成り立っていることを忘れてはいけません。

今回の震災を通じて、いかに私たちの生活が石油漬けになっているのかを改めて認識した次第です。石油がなければ何も出来ない、食料生産も企業活動も物流も電気も車も石油がなくなればただの箱でしかありません。
原発も今回の事故で脆弱性が改めて認識されました。今後新規の原発の建設は、難しくなる可能性があります。安全神話が崩壊し、原発建設の地元の人を納得できるだけの安全装置を2重、3重、4重にもバックアップの安全装置がなければ地元の人は納得しなくなるでしょう。それでも、建設は難しくなる可能性は大でしょう。

私が子どもの頃の、暖房用に用いたのは、練炭、豆炭、炭などを使用していたのを思い出します。学校も、石炭ストーブで暖を取っていたものです。それがいつの間にか石油に代わり今に続いています。

2011年3月23日水曜日

知り合いがアルバイトの紹介依頼

知り合いの男性からアルバイトの紹介を依頼されました。この方はこのブログにも書いたとおり、3月末で施設の契約が切れる人で、次の職場はだいたい決まっているようですが、給料が安いので土、日にはアルバイトをしたいようで、私の方にアルバイトがないか依頼がありました。障協就支援センターの送迎のアルバイトをH先生に聞いて可能かどうか聞いてみることにする。今は私が3、4,5の土曜日をしているのを彼にやってもらう事になるかどうかH先生に聞いてみないと分りませんが、可能ならいいのだが。
23日の夜にH先生と連絡がつきました。新規の送迎をする人を迎えるのは今のところ難しい状況だという事みたいです。また、4月からは体制が変わるようで、Dの里の理事長と施設長、H先生、障協就支援センターのKTさんとで話をするようである。その話し合いの結果で体制が決まるのではないかと思われる。

原発の放射線漏れが福島県や周辺の県に農産物の被害が出始めている。すでに、野菜類の出荷停止になっている。東京都では放射線のヨウ素が浄水場から検出され、乳幼児に念のために飲ませないように報道された。これでペットボトル水が店からなくなるのではないかと心配される。(実際、店からペットボトルは品薄になっている)また、海からも放射線が検出されている、水産物にも影響が出るのではないかと懸念される。これからどれだけ被害が広がるかは分らないが、風評被害なども合わせて考えれば被害は相当額になるのではないかと思われる。

2011年3月20日日曜日

東日本大震災の被災者(施設)へ支援物資の搬入

Z法人を退職された、元施設長さんが東日本大震災で被災された老人施設への支援物資の搬入のため、19日(土)~車で支援物資を積んで山形まで緊急支援物資の搬入に出かけています。老人関係の施設で、支援物資がなかなか届いていないようで、急遽、関西の老人関係の連合会が支援物資を集め届けることになり、今、山形に向けて車を走らせています。その方は、今は失業中で3月末には失業保険も切れる状態の中、老人関係の役員を退職後もやられているので、その関係で今回の物資搬入の役割を担うことになったようです。4月からの就職先もまだ決まっていないとのこと、今私に出来ることは、不自由をしている施設入所者の支援をすることが先決だという事で、やられているそうです。

私もその方に、安全運転と身体に気をつけて支援物資を届けて下さいと応援のメールを送りました。本当に頭が下がります。その方も早く、次の就職先が見つかることを願うばかりです。仕事も出来るし管理能力もある人なので、管理職の仕事も見つかるのではないかと思います。

私も障害者・児施設への応援に出かけたいと考えていますが、今の仕事もあるので応援には行けそうもありませんが、仮に要請があれば、障害者・児施設へ支援物資を積んで応援に出かけたい気持ちです。

次男の入寮無事に終了(次男の思い出)

今日の午前中に次男の入寮が終了しました。タンス、クーラー(簡易クーラー)、布団、衣類、こたつ、パソコン等々取りあえず最低生活に必要な物は運び込みました。まだ足らない分は追々買うなり、家から運び込むのではないかと思います。荷物の運び込みは入所者(高校生)が手伝ってくれ助かりました。今日の勤務は遅出、明日は早出という勤務です。明日は家に帰ってきて自動車教習所へ行くのではないかと思います。短大の卒業式も3月25日(金)にあるので、3月中は寮と家との往復の生活になりますが、取りあえず寮生活がスタートしました。
施設の8割は、親からの虐待を受けた子どもたちが大半を占めているとのこと、でも、今日会った子どもたちは礼儀正しく、明るい子どもたちでした。施設から高校に通っているので、卒業後は就職し自立することになります。働きながら専門学校に通う子どもたちもいると思います。私の知り合いの奥さんも次男が就職した児童養護施設に入所していました。今は保育士の資格を取り、妻が勤務している乳児院に勤務しています。子どもも2人いて幸せな生活をしています。親からの虐待を受けた子どもは、親に会いたいが、虐待を受けているので言葉では言い表せない気持ちが交錯しているのではないかと思います。施設の子どもたちが立派に社会人として旅立つように、支援できる保育士になってほしいと願うばかりです。

次男が生まれて20年の歳月が流れました。私は枚方の南海学園に出向中で、妻が産休に入り2日目には、陣痛が起こり、早産で生まれました。超未熟児で救急車で新生児病院に運ばれました。
20年前の新生児病院は東成区にあり、地下の廊下をとおり、ガラス越しに我が子の姿を見に毎日病院に通いました。生まれた当日は、医者から脳に障害が残るかも知れないということを言われ、目の前が真っ暗になったのを今も忘れることは出来ません。

3ヶ月ほど新生児病院に入院し、体力もついたということで家に帰ることが出来ましたが、医者から言われた言葉が頭に残り、どうなるか心配で過ごしたことも忘れることは出来ません。
おかげさまで、特に障害らしい症状も出なく保育所にも通い(他の幼児よりは一回り小さい)ました。保育所の6年間の送迎は長く感じたことを覚えています。

小学校では野球を6年間やり、日曜日には試合を見に学校まで行き、応援をしました。中学生になり、今度はラグビー部に入部、3年間はラグビーの練習や試合などを時間があれば見に出かけました。高校もラグビー部に入部、3年間ラグビーの練習や試合など、時間があれば応援に出かけたものです。3年生になり進路を決めなければならない時、学校の先生は就職をすると思っていたらしく、本人が進学をしたいということを聞いた時は、担任の先生もビックリされていました。
ラグビーを6年間もやっていたので両肩を脱臼し、2回の手術も無事に終わりました。

東大阪短大に進学が決まり、本人は保育科を専攻し、2年間は実習、勉強にそれなりにやっていたようです。保育はピアノが必修になるので、妻の職場の知り合いの家に通いピアノの練習をして、何とかピアノの単位も取ることが出来、成績も上位の成績で卒業することが出来ました。
短大の卒業式は3月25日(金)です。妻が出席するのではないかと思います。本当に御苦労さんでした。
私自身は短大(東大阪は四大もあり)から四大に進級をしたらといったのですが、就職も内定していたので本人は卒業をすることを決めたようです。就職が内定していなければ、四大に行くように言うつもりでした。四大に進めば教師の資格も取ることが出来るので、四大に進むように言うつもりでした。就職が内定したので卒業し仕事の方を選択したようです。まぁ、時間があれば大学3年生から入学することも可能なので、本人が希望すれば行かせてやりたいと考えています。

就職に関しては、神戸のI氏にも御礼を言わなければなりません。児童養護施設の施設長さんとは友人で声をかけていただき、就職が決まったみたいなものです。改めて御礼申し上げます。

次男は子どもの頃から保育士の仕事になることが夢だったと、私に話をしてくれました。その夢が実現し本人も満足ではないかと思います。私自身も振り返ればあっという間の20年間でした。

日本で保育の仕事の経験を積み、出来れば海外で保育の仕事もしたいと、本人が言っています。ベトナムに渡り保育の仕事もしてみたいと言っていたので、それが実現できるように応援をしたいと思います。世界に通用する保育士になりたいみたいです。

親の気持ちとしては少し寂しい気がしますが、いつかは巣立たなければならないので、ホッとしたのが半分と寂しさが半分の気持ちです。これからは、好きな人が出来れば結婚もするだろうと思います。仕事を早く覚え一人前の保育士になってもらえる事が、一番の親孝行だと思っています。

2011年3月18日金曜日

次男が20日に寮へ入寮する

次男が3月20日(日)に職場の寮へ引っ越すことになりました。当初は25日の金曜日の予定でしたが、3月は早出勤務があるので、その時は一時寮で泊まり早出に備えているので、急遽20日に引っ越すことになりました。親としては少し寂しくなりますが、社会人として第1歩をしっかりと歩んでもらいたいと思います。休みの日には自宅には帰ってくると思いますが、変則勤務なので、日曜日とかは祝日も仕事になるので、顔を見ることは月に1回か2回程度になるのではないかと思います。
しっかりと仕事に励んで欲しいと思います。

H先生との話し合いは未定

H先生との話し合いの日程は、まだ連絡がありません。「ぼちぼち やろか」という気持ちで待つしかありません。特に急ぐこともないし、連絡があるまで待つことにします。
話し合いの内容は、障協就支援センターの今後についての話だという事ですが、私は責任者でないので、障協就支援センターの今後についてはKTさんと話をすることが筋だと思うのですが。

H先生が何を考えているのかは分りませんが、私自身、障協就支援センターに残ること事も視野に入れています。移動という事に仮になれば、それはそれで受け入れなければならないと思っていますが。どちらにしても、「ぼちぼち やろか」という態度です。

先日、S協のセンター長のNさんがH先生はどこにいるのかを聞きに来られました。一応、Tの郷の理事長なので、Tの郷に居るのではないかと答えておきました。S協のセンター長がT先生と何を話をするのかは分りませんが、障協就支援センターについての話であることは間違いないと思いますが、話し合いが行われれば、後々、話の中身が分るのではないかと思います。

障害者基本法改正素案が提示
2月14日に開かれた。第30回障害者制度改革推進会議に内閣府から障害者基本法改正素案が提示されました。素案の中身は「権利法としての位置づけが不明確」「従来の通りの障害者の定義」など推進会議の意見が十分反映されていない内容になっています。
内閣府は「素案は政府内部で調整中」として関係省庁と調整して3月中旬の法案提出をする予定です。今後、素案の中身をどの様に変えていくかは、障害者運動がどれだけ盛り上がるかにかかっています。よりよい、障害者基本法を作るためにも、大きな運動を作り上げなければなりません。

障害者自立支援法改正に向けたスケジュール案
平成23年10月施行分
①グループホーム・ケアーホーム利用の際の助成
4月~6月
◎事務処理要領改定案等の提示
7月~9月
◎政省令・公示の公布
10月~12月
◎施行

②同行援護の創設
4月~6月
◎同行援護に係わる基準、報酬等の案の提示
7月~9月
◎政省令・公示の公布
◎事業者の準備指定(地方自治体において実施)
10月~12月
◎施行

平成24年4月施行分
①利用者負担の見直し
1月から3月
◎政省令の公布
◎利用者負担認定の手続き改訂案の提示

②相談支援体制の充実
4月~6月
◎地域相談支援及び計画相談支援に係わる基準、報酬等の基本的な考え方の提示
◎基幹相談支援センターの役割との基本的な考え方の提示
10月~12月
◎地域相談支援に係わる計画、相談支援に係わる基準省令の公布
1月~3月
◎地域相談支援に係わる計画相談支援の係わる報酬告示の公布
◎事業者の準備指定(地方自治体において実施)

③障害児支援の強化
4月~6月
◎施設体系の一元化に係わる基準、報酬等の基本的な考え方の提示
10月12月
◎施設体系の一元化に係わる基準省令の公布
1月~3月
◎施設体系の一元化に係わる報酬告示の公布
◎事業者の準備指定(地方自治体において実施)

④事業者の業務管理体制の整備
4月~6月
◎業務管理体制の整備に係わる基準等の基本的な考え方提示
1月~3月
◎政省令の公布
◎業務管理体制データ管理システム整備(~平成24年9月)
◎確認検査指針との発出

というスケジュールで改正法案が施行、準備される予定です。

ベトナムからS氏が帰国

3月16日、ベトナムに在中のS氏が帰国しました。年に2回は日本に帰国している。今回は日本からベトナムに渡り、剣道の普及をしている人と一緒に日本に帰国されている。ベトナム人の荷物や剣道の武具等が大量なので、関空まで来てくれないかと要請された。神戸のI氏と共にレンタカーを借り関空まで行くことになる。
半年ぶりの再開である。2週間程度は日本に滞在し、ベトナム人をバックアップするとのこと、剣道の段位を取得することが今回の目的で、段位を取得すればベトナムで剣道の普及が広がるので、何としても段位を取得して帰国したい言っていた。
ベトナムから日本に来るのは、大変なようである。ベトナム人の預金額の写しとか、日本での受け入れ先の証明書など色々と書類をそろえないといけないと言っていた。
また、ベトナム人にとって日本に来るには、相当の金額が必要である。飛行機代(往復8万円)ベトナムに人にしてみれば3ヶ月分の給料に相当する。それと滞在費等を含めると、相当な金額になる。
日本に来た人が全員段位を取得することを願うばかりである。

福島第1原発事故(原発の安全神話崩壊)

福島原発は「炉心溶融」や「原子炉格納路の損傷」という、これまで日本で経験したことのない重大な原発事故が進行しています。地震発生時に緊急停止しましたが、炉心の燃料棒からは熱が出し続けているので、冷却をしなければなりません。地震で外部からの電気の供給がストップしたため、非常用の発電機で原子炉内の水の注入を始めたが、津波の影響で発電できなくなり冷却できない状態が続いています。冷却機能が出来なくなったため、炉心内の温度は上がり、水が蒸発し炉内の水位が下がり、燃料棒がむき出しの状態にな燃料棒から水素が発生し、それが酸素と反応し水素爆発が発生し、大量の放射線が出る事態になっています。

福島原発の発電量は6基の合計で910万KWとの発電をすることが出来ます。その6基とも停止し、東京などに電力を送ることが出来なくなり、計画停電をしなければ大規模停電の発生が生じる恐れがあるので、計画停電を実施している。計画停電により、市民や生活や経済活動に大きな影響が生じている。交通機関に大きな影響が出ている。運休や本数の間引きなどで対応している。東京都内のコンビニでも商品の買い占めで品薄状態であるという。一人ひとりが多めに買うことにより、品薄状態の事態を招いているということで、都民の心理的不安が影響していると思われる。
仮に福島原発がチェルノブイリ級の事故が発生すれば、東京方面にも大量の放射性物質が飛来することになる。そうなれば大パニックになる恐れがある。そうならないためにも、懸命の冷却作業が行われている。仮に福島原発の原子炉が破壊されれば想像を絶する被害が出るのは間違いない。その時は、日本の首都も機能を果たさなくなり、日本が破綻することになる。世界にも大きな影響を与えることになる。世界同時、恐慌が起きる可能性も出てくるのではないかと思う。

関西でも福井県に原発が林立している。和歌山(紀伊半島南東沖)にも巨大地震が発生する断層があり、今回の地震で、何らかの影響を受けている恐れがあるかも知れない。その断層が崩壊すれば巨大な地震が発生し、関西圏も甚大な被害を受ける恐れがある。福井県の原発も福島と同じ状態になる恐れがある。早期の安全点検と巨大地震に備えた設備の改善などしなければならないのではないかと思う。

東日本大震災発生から1週間

3月11日に発生した、東日本大震災から1週間が経過しました。巨大な地震と津波、原発災害と3重災害が重なりました。死者・不明者は1万5千人を超えている状況である。避難されている方の燃料、水、食料、日用品が極端に不足している。全国からの救援物資は届いているが、それを各避難所に届ける車のガソリンが不足し届けることが出来ない状況である。(支援物資そのものも不足しているとのこと)

障害者・児はどうしているのだろうか、一般の避難所での生活はパニックを起こし、避難所での生活は無理ではないかと思う。別のところで避難生活を送られているとは思うが、それの情報がマスコミなどでも報道していない。作業所や施設なども壊滅的な損害を受けたと思われる。阪神淡路大震災の時も一般の避難所とは別に障害者用の避難所を立ち上げ、障害者を受け入れて避難生活を送った。障害者・児の避難所の情報もマスコミは発信して欲しいと願う。

東北経済も大打撃を受けた。水産漁獲量は全国のシェア2割りを占めていたが、岩手、宮城、福島の各漁船や港湾施設は壊滅状態で復旧には相当の時間がかかると思う。養殖業も津波により流されてしまい養殖業も壊滅状態である。
農業も津波の影響で農地が塩分を吸い生育環境への影響が大きいようである。
それ以外にも自動車、電気、半導体などの生産する拠点がありますが、それらの工場も地震と津波により操業がストップしたままである。その為、全国的な生産にも影響を与えているようである。

震災後の東京株式市場も暴落している。1時9000円台を割り込み、円高も進んでいる、円は一時76円台まで円高が進んでいる。この背景には震災で多額の保険支払いの必要が生じる保険会社が手元資金を確保するために、海外の金融資産を円に換えるのではないかとの思惑があると指摘されています。実際は保険会社が海外資産を売却して円を買う動きが出ているわけではない。投機的な側面が強いようである。

2011年3月13日日曜日

3月11日14時46分に東北地方太平洋沖地震発生

東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

3月11日(金)14時46分宮城県沖を震源とする巨大地震が発生しました。マグニチュード9.0という大きな地震である。地震に伴って大津波が発生し、太平洋の沿岸部は壊滅状態になっている。死者・不明者は3月13日(日)現在で1800人を大きく超える恐れがあり、時間の経過と共に、死者・不明者が増える恐れがある。

福島県にある東京電力の原発内の冷却水が減少し、「炉心溶融」が起きているようである。1号機で水蒸気から水素が発生し空気中の酸素と反応し爆発が発生し、1015μシーベルトの放射線が確認されたとの報道あり、原子力災害が発生したことになります。原発から避難地域を半径20㎞圏内に拡大しました。アメリカで起きたスリーマイル島原発事故と同じ現象で日本の原発では最悪の原子力災害が発生したことになる。一刻も早く炉心を冷却する措置を取らないとさらに深刻な原発事故になるかも知れない。

ライフラインもズタズタな状態である。電気・水道・ガスなどが東北地方でストップした状態である。携帯電話も不通でつながりにくい状態で身内の安否を確認することが困難な状態である。食料・水情報なども不足しているとのこと、世界や全国から早く被災地へ支援をする必要である。

東京電力は計画停電で停電を実施するとのこと、経済活動や庶民生活にに大きな影響出る。

この震災で、石油製品や魚介類、農産物の値段が確実に上がると思われる。東京の築地市場では高速道路が通行止めになっていることから入荷が激減している。特に三陸方面からの魚介類は大幅に減り、鱈、カレイ、蠣、ウニなどが品薄状態になり、明日以降も入荷の予定も立っていないとのことである。

16年前の阪神淡路大震災のことを思い出す。地震により家やビルなどが倒壊し、ライフラインもズタズタになり、火災も発生し死者は6000名を超えた。私も神戸に支援に入ったが、街は崩壊した状態で、地震の怖さを身をもって感じた。

1日も早い被災者の救済と復興を急がなければならない。

2011年3月11日金曜日

新しい無線ランを購入

パソコンでインターネットを利用しているが、配線が邪魔なので無線ランを新しく購入した。配線がいらないので、家の中であればインターネットが利用できる。
ブログを書くにも前は、配線を伸ばして書いていたが今回からは、その必要がなくなった。テーブルのところで書いたりすることも出来るので場所を選ばない。
パソコンはなくてはならないツールになっている。

先日、施設の職員会議に出た。毎月1回の定例の会議である。今回は主任さんが会議の進行を行っていた。施設長は欠席である。普通、職員会議は大切な会議で施設長が欠席するというあり得ない事であるが、私が所属する施設ではそれがOKみたいである。(施設長が他に大切な会議に出ていたのかも知れないが?)会議の中身はいつもの通り、特に新しいことは何一つない。疲れる疲れる会議である。年度末なので新年度の話とか事業計画や担当業務の変更などするものであるが、それがない。
施設の運営は、素人でも出来るような施設であると思った。これは言い過ぎかも知れないが、本当にそう思った。私が以前勤めていた施設では、対外的な担当になれば、その中身を職員会議で報告しなければならない、資料も添えてコンパクトに報告をしたものである。それに比べれば、職員会議の質が違う。レベルが高い会議であったと思う。
そのような会議でをする事で職員の質の向上が諮られると私は思う。早くM施設もそのような職員会議になるようにして欲しいものである。

3月16日にベトナム人が来日

神戸のI氏よりメールが入り、3月16日にベトナム人(6名)が訪日されるとメールが入る。日本からベトナムに渡り剣道を教えている人が、弟子(ベトナム人)を連れて訪日されるとの事、日本で剣道の段を取得されるために来られと言うことである。関空まで迎えに行くことになる。
昨夜は、その打ち合わせのために居酒屋で話をする。レンタカーを借りて荷物と道具を運ぶ段取りをする事で、終わる。

2011年3月6日日曜日

知り合いがうつ病に

20代の時、一緒に酒を飲んだり遊んだりしていた、知り合いがうつ病にかかり、この半年間満足に仕事に出られない状態になっていると妻から聞いた。彼の紹介で無認可の作業所をえて、S作業所に勤めたりして仕事も同じ法人という事で、一緒に仕事をしたりという関係であったが、彼がZ法人をやめ病院のケアマネージャーのなり、辞めてからはお付き合いはほとんどしなくなった。奥さんも仕事を辞め、非常勤で今勤めている。子どもは3人いる、一番上の子は不登校(私の子どもの次男と同じ年)になり、家に閉じこもった状態である。真ん中の子は中学生、下はまだ小学生なので、これから高校、大学に進めば学費がかかる。うつ病のため仕事に出られないので経済的には大変のようである。妻の非常勤の収入しかない。非常勤なので15万円程度あるかないかの収入である。家のローンや生活費など取りあえずは預貯金を取り崩して生活していると思われる。彼の職場の人間関係が原因でないかと思われる、彼も結構独善的なところがあるので、職場の人と衝突を繰り返していたとは聞いてはいたが、まさかうつ病になるとは思っていなかった。うつ病は、結構ややこしい病気である、社会福祉の仕事をしている人もうつ病になる人は多い。感情の起伏が激しく、時には自殺する人もいる、病気である。早い回復を祈るしかない。

昨夜は送迎をしてくれている、Tさんと飲み会をした。東京の話を色々話してくれた。彼女と一緒に横浜に行ったとか、スカイツリーを見に行ったとか、行列のするラーメン店(味が濃いのであまりうまくないそうだとか)に食べに行ったとか、彼曰く東京は住むところではない、仕事をするところだと言っていた。家賃は高いし駐車代も高い、大阪が一番住みやすいのではないかと言っていた。

特例公債法案が成立の見通したたず

2011年度の予算は衆議院で民主党賛成多数で成立した。参議院では野党が過半数を占めているが、憲法の規定により参議院送付後30日で自然成立することになる。
しかし、予算案は通っても、予算案の過半数を占める特例公債法案が通らなければ、赤字国債を発行する事は出来ない。参議院では野党が特例公債法案に反対の姿勢を崩していない。
歳入92.4兆円のうち40.7兆円の確保が出来なくなり、予算執行に支障が生じることになる。深刻な局面に陥ることが予想される。政府は予算の減額する補正予算案や、3月末で失効する「日切れ法案」を3ヶ月程度延長する「つなぎ法案」の検討に入らざるえない状況になる。
国民生活にも大きな影響が生じるかも知れない。社会保障費、地方交付金、国家・地方公務員の給与の支払い、赤字国債の元本返済と利息の支払いなどが出来なくなる可能性がある。
前にも書いた状況①国債のデフォルト②新紙幣の発行③預金封鎖が発生することになるかも知れない。海外の投資ファンドが日本国債を売り浴びせれば、国債は暴落することになる。

寮生活の準備を

次男は明日から、児童養護施設でアルバイト勤務、社会人になる。3月は何度も書いているように自宅からの通勤になるが、早出などは自宅からは間に合わないので、施設の寮で泊まることになるそうである。本格的に寮生活が始まれば生活に必要な物が出てくる。タンス、布団、等々。今日は取りあえずタンスを買いに出かけた。一人なので大きなタンスは必要ないので、一人用のタンスを買った。パソコンもインターネットに繋がなければ、家にある使っていないパソコンを持って行くように言う。
3月下旬には寮に運ぶことになる。社会人1年生である。
海外に出て保育の仕事もしたいと言っていた。ベトナムの保育所へも日本で経験を積んで行ければ行きたいと言っていた。

2011年3月4日金曜日

次男と2人で墓参り

次男が墓参りに行こうといい、2人で墓参りに行きました。前にも墓参りに行こうと言っていたので、今回は、行くことにしました。ご先祖の前で、社会人になることを報告したのかも知れません。
子どもの時から、保育士になることが夢だったと語ってくれたり、海外に出て、保育の仕事もしてみたいと言ったりしてくれました。平日なので墓園は、私たち2人だけ静かな墓参りをすることが出来ました。
早出の時は施設の寮で泊まらなければ、早出に間に合わないと言うことなので、寮で泊まり早出をするとのこと、地下鉄の始発は5時12分でとうてい間に合いません。それ以外の勤務の時は、自宅から職場に行くことは出来るので、自宅から通勤するとのこと。それも3月だけ、4月からは寮生活に移ります。早く仕事を覚え、一人前の保育士になって欲しいと思います。

昨夜はY氏と「狸ばやし」で飲み会

久しぶりにY氏と「狸ばやし」で飲み会を行いました。生ビール、バーベーキュー、焼きカキ、魚の煮付け、等々を注文しました。店に入った時は、客は4人程、時間が経つにつれて、次々にお客さんが入ってきて満員状態になっていました。話は必然的に仕事の話がメインになる。N氏が大久保さんは元気がない、何か悩んでいるのか、と言った話や、Y氏の家族のことなど話を聞かせていただいた。息子さんも仕事が続いているので、Y氏もホットしているようである。早く正職になれるように願うばかりである。

神戸のI氏からもメールが入る。今、半年契約でAの施設へ勤務している人が、3月末で契約が切れるので次の仕事はないかというメールである。H先生には連絡は入れているが、まだ、返事がない。再度、連絡を入れてみるが、どこか非常勤でもいいので入れるところがあればいいのだが。

今日は、金曜日家には私と犬2匹がいるだけである。仕事の疲れもあって、家で過ごす事が多くなった。また、ブログを金曜日に書くことが多くなる。来週からは、次男が児童養護施設へアルバイト勤務になる。4月からは正職として勤務することになる。左肩の脱臼の手術も経過は順調のようである。補装具もリハビリの先生から外してもいいという許可が出たので、外している。自動車教習所の学科は出ているようで、教習は補装具が外れたので、乗ることも出来るようになった。

このブログへのアクセスする国が増えてきた、日本、アメリカ、シンガポール、中国、ドイツ、ベトナム、オーストラリア、カナダ、韓国、シンガポールという国の人がこのブログを読んでいるようである。嬉しい限りである。個人の思いを日記風にまとめて書いているだけなのに、読んでいただいて感謝、感謝である。

2011年3月1日火曜日

大好きな養老孟司先生の本が届く

日曜日にアマゾンに養老孟司先生の本を2冊(①希望とは自分が変わること、②石油に頼らない)注文し、今日届きました。久しぶりに大好きな養老孟司さんの本を読むことが出来ます。週に2~3回程度のわりで本屋さんに行くのですが、養老孟司さんの新刊本が出ていなく、アマゾンに注文しました。じっくりと読みたいと思います。本の整理もしなければ積み放しで整理もしなければなりません。次男が寮生活をするようになれば、本の整理と共に部屋の片付けをしたいと思います。

経済の本を月曜日に買い今日読み終わりました。このブログにも書いたことが、その本に書いてありました。長くなりますが引用させていただきます。

著者:大前研一、タイトル「お金の流れが変わった」引用ページはP154です。
大前研一のプロフィール1943年福岡県生まれ、㈱大前研一・アンド・アソシエーツ、㈱ビジネスブレークスルー創業者代表兼取締役。早稲田大学理工学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院原子力科博士課程修了、等々(その他は本を参照して下さい)

(政府が国民から資産を巻き上げる)
「日本の国債は誰が買っているかと言えば、銀行や郵貯銀行、生命保険などの金融機関が大半で、個人の保有率はせいぜい5%と言ったところだろう。銀行や郵貯の普通預金と定期貯金、そして生保が平均的な日本人の金融資産の運用先である。ところが銀行や郵貯、生保などの金融機関が預金や保険を何で運用しているかと言えば、日本国債なのだ。とくに郵貯は国債の買い取りの機関そのもの、と言ってもいい。
2009年の秋に、民主党は日本郵政株式会社の社長を西川善文氏から元大蔵事務次官の齋藤次郎氏に交代させ、さらに経営陣や取締役を官僚出身者で固めた。これは明らかに郵政の「再国有化」である。
前社長の西川氏は、集めたお金の2割を社債など国債以外の金融商品の買い取りに回そうとしているようだ。要するに齋藤氏は、当時の藤井財務大臣と亀井郵政改革・金融大臣の2人が書いた、郵貯銀行を完全なる国債の買い取り機関にしようとシナリオを実行するために送り込まれたのである。
ちなみに2割というのはおよそ50兆円。2010年度予算の赤字国債44兆円を引き受けるのにあまりに都合のいいこの金額は、決して偶然ではないのだ。
このように日本の金融機関は、ふたを開ければ国債しか買っていないのである。国民は銀行や郵貯に貯金したと思っているが、、じつは間接的に国債を買っていたたのだ、つまり日本国民の金融資産は大半は日本国債なのである。
皮肉を言えば。小泉改革をさらに進めて郵貯への預け入れ上限を500万円に下げる、などとしたマニフェスト(政権公約)を民主党が変更することは正しい。郵貯を国債の買い取り機関にするしかない。今の日本の危機的な財政を見れば、郵貯を国債買い取り機関にするしかない。それが生命維持装置になっているからである。
しかしながら、それはすなわち、日本国債がデフォルト(債務不履行)したら、国民の金融資産はたちまち消えてなくなることを意味する。
財政が悲惨な状態にあるにも関わらず、日本国債の金利が比較的低くすんでいるのも、また、円高が続いているのも、いざとなったら政府が国債をデフォルト(債務不履行)する事で、国民の個人金融資産と引き替えに債務をチャラすると市場が思っているからに他ならない。例えそうなったとしても、おとなしい日本人は文句を言わずそれを受け入れるだろう、海外のアナリストやトレーダーたちは見ているのだ。
では、具体的に日本政府は、どんな手を使って金融資産を奪おうというのだろうか。その方法は3つある。
1つアルゼンチン方式だ。アルゼンチン政府は2009年になって突然、2001年にデフォルト(債務不履行)した国債を、当時の額面100に対して30の割合で新しい国債と交換すると発表した。これは投資家の資産の7割を国が盗んだのも同然である。同様のことを日本政府がやるケースは十分に考えられる。
2つめは、新紙幣の発行。ある日、旧紙幣は使えなくなるので、いついつまでに近くのATMで新紙幣と交換しろとアナウンスする。ところが旧紙幣の1万円をATMに入れると、新紙幣は8000円しか出てこないようになっているわけだ。
3つめは、預金封鎖が伴うことも十分に考えられる。その場合、日々の生活はどうなるか。まず国民は預けている預金を自由に動かせなくなる。2008年11月からのウクライナの例では、ドル預金していた場合でさえ、1日100ドル以上、銀行から引き出しが不可能になった。2001年にデフォルトしたアルゼンチンでも、シティーバンクなど外銀の支店にドル預金していても封鎖された。
タンス預金で対抗すればよいと思われるかも知れないが、ブラジルや10年前のトルコやスロベニアのように、年間のインフレ率が1000%を超えれば、タンス預金の価値はゼロに等しくなる。
当時、私はマッキンゼーにいたが、ブラジルのマッキンゼーはハイパーインフレーション時、月ごとではなく週単位で給料を支払った。月単位では月末には価値が半分になってしまうからだ。週毎に、といっても月曜日に払えと従業員が要求する。金曜日では目減りしているからである。彼らは給料をもらうとすぐにドルを買いに走る。当時のブラジルのサラリーマンは1日の20%以上を為替に費やしたと言われる程だった。
にわかに信じがたいがかも知れないが、私はこれら全ての国(ロシア、スロベニア、トルコ、アルゼンチン、ブラジル)でその状況を見てきた。日本の国債残高と政府の放漫財政から言えば、これが今日本に起きてもおかしくない現象である。くどいようだが、それが起こっていない唯一の理由は、国民(各種金融機関)がせっせといまだに赤字国債を買っているからである。
そして最悪、このまま際限なく赤字国債の発行を続け、各付会社が日本国債の各付を大きく引き下げるのを待つ。先に述べたように、フィッチ・レーティングスはすでに、44兆円の赤字国債が再度出てくれば各付を落とす可能性がある、と警告している。他の各付機関も同じように考えているはずだ。
もしダブルB以下になれば、それはもうジャンクボンド(信用格付けが低くて利回りが高い債券のこと)だから、海外の投資家がいっせいに売り浴びせに走る。彼らの保有率は6%と低いものの、決して無視できる金額ではない。すぐに日本国債は紙くずになるだろう。

と、大前研一氏は本に書いている。
私もこの間、経済関係の本を20冊以上読んでいるが、どの本にも、赤字国債がこれ以上増えると、デフォルトをしなければ日本は沈没することになると書かれていた。要するにいつ爆発してもおかしくない状態だという事である。2011年度予算案も40.7兆円以上の赤字国債を発行する事を前提に予算案が衆議院で民主党の賛成多数で可決されたのは、つい先日のことである。基本的には赤字国債は発行することは出来ない。しかし特例公債法案を毎年成立させ赤字国債を発行させてきた。
デフォルトになれば私たちの個人資産は消えてなくなり、ハイパーインフレーション、会社の倒産、円安、失業者の増大、等々大混乱に陥ることが予想される。終戦直後の日本の状態になる。
一度、このような事態にならなければ、日本の再生は出来ないのかも知れない。

日産ケリー前代表取締役の保釈決定 保釈金7000万円 東京地裁

金融商品取引法違反の罪で起訴された日産自動車のグレッグ・ケリー前代表取締役について、東京地方裁判所は保釈を認める決定をしました。検察はこれを不服として準抗告するとみられますが、裁判所が退ければ、ケリー前代表取締役は早ければ25日にもおよそ1か月ぶりに保釈される見通しです。一方、...